ち:ちっぽけなこのプライドを
僕は走っていた。
腕が千切れるくらいに。
肺が破れそう。でも、急がなきゃ間に合わない。
間に合え!! 走れ、僕の足! もっと早く!!
テストの点は大体互角。
普段の成績もほぼ互角。
運動神経の良さもいい勝負。
目立ちどころで上手く目立てる勝負強さも同じ。
授業中の発言率も大体同率。
教師受けの良さもほとんど同じくらい。
バレンタインデーにもらうチョコの数だってほとんどおんなじ。
僕達は、お互いに鼻につくくらいに似た者同士で、ライバルだった。
違うクラスだった頃はそんなに気にならなかったのに、小五で初めて同じクラスになって、お互いを意識し始めた。
「赤坂」と「渡辺」。名前からして、最初から見た方でも最後から見た方でも一番。
僕達は全てにおいて一番を競って、競い合って、気がついたらお互いに県下ナンバーワンの高校受験を目指す年になっていた。
お互いに意識し合って、顔を見合わせたらいつもけんかになってた。大嫌いだ、お互いにそれすらも言い争いの対象にするくらい。
おれの方が死ぬ程お前を嫌いだよ!!
僕の方が殺したいくらいお前を嫌いだね!!
もっとやれー!! とか楽しんでた周りが、でも段々違う風な感じになっていった。
誰かが投票とかしたのが始まりなのかな? 赤坂vs渡辺みたいになって、何だかお互いを強く支持したがる人が増えて。
気が付いたら、「赤坂派」と「渡辺派」みたいにクラスのメンバーが別れてて、僕達それぞれをトップにした変な集団が出来てしまってた。それに伴って、赤坂と僕の戦いは僕達だけのものじゃなくて、何か『威信を賭けた組織的なもの』になってた。
そんな中で、誰かが言い出したんだ。「赤坂、東京に引っ越すらしいよ」って。
同じくらいだったテストの点が、僕が飛び抜けていい点数になっていた。
授業中に、お互いを牽制しながらする発言の為にいつも合っていた目が、ほとんど合わなくなった。
体育の授業中、目立つ位置から引っ込んだ場所に立ちたがった。
――引っ越すって噂は本当なんだ。
僕はがく然とした。
「赤坂!!」
待ち伏せしてた放課後、隠れてた靴箱の陰から出て来た僕に、赤坂は驚いてた。
ここじゃ誰かに見られちゃうかも。僕は事前にそう考えてたから、まだ靴も履き変えてない赤坂の腕を引っ張って教室に入って行った。
離せ、とも何だよ、とも言わない。大体目も合わせない。僕達の関係ってこんなだったっけ、とか僕は何だか寂しく考えてた。
教室に入って、向かい合って立つ。まだ目をよそに向ける赤坂に、僕は大声を出した。
「赤坂ってば!!」
「……んだよ」
迷惑そうに、ほんの少しだけ高い位置から目線を落として、赤坂は答えた。僕は構わず続ける。
「引っ越すって、本当? だから最近やる気ないの?」
また、ぷいっと赤坂は横を向いた。返事もない。何だよ、その態度。僕はカチンときて、赤坂の両肩をがしっと掴んだ。
「おま――」
「ちょうど都合が良かったんじゃねえの!?」
かぶせる様に強い言葉と一緒の強さで、胸を押されて僕は背中から後ろの壁にぶつかった。相手の肩を掴んだ僕の手はその勢いで外れて、主導権が何だか相手に移っていた。
壁に押し付けられて、僕はまだ胸元の服を赤坂に掴まれたままだった。目が合っていたなら、振り払うのは簡単だったと思う。
だけど赤坂はうつむいていて。僕の服を掴んだ握った手も、分からないくらいに小さく震えてて。
「……あか」
「ちょうど良かったんだよ。おかしな事になってただろ、おれ達」
赤坂が、ぽつりと口にした。ゆっくり顔を上げながら、僕の服を掴んだ手を離す。
「おれとお前の一騎討ちの戦いの筈が、どっちを応援するかでみんなが仲違いしてるみたいになってただろ。お前は、あれが楽しかったか?」
急な問いの形に、僕は慌てた。でも誤解されたくはなかったから、急いで首を横に振る。
「ううん。嫌だった」
「おれもだ」
ひどく真剣な目の赤坂が、まっすぐに僕を見ていた。
「おれはお前と一対一で言い合ってるのが楽しかった。張り合って、文句言い合って。お前と真剣に言いたい事言い合って」
突然、がやがやと外が騒がしくなった。何人かの足音。はっと顔を向けた僕達の見る先に、教室の入り口が開けられて、見慣れたクラスメイト達が入って来た。
「あっ!! なべっち襲われてる!!」
「野郎ども、リーダーを助けるぞ!!」
「ちょっ……」
止めようとする僕の声は、駆け寄って来た「渡辺派」のメンバーの足音と大声にかき消されてしまった。僕は赤坂から遠ざけられる様にメンバーに確保されて、みんなの後ろに隠された。
盾になる様に自分に向かうメンバー達を睨む様に見てから、赤坂はメンバーに体をぶつけながら教室を出て行ってしまった。
「うっわ、感じワル」
「渡辺、大丈夫か?」
「なんか脅されてたとか?」
僕は全部を否定したくて首を振る。どうして、いつからこんな風に敵対心を向け合う関係になってしまったんだろう僕達は。
楽しかったのに。単純に赤坂と競い合うことが。馬鹿みたいに真剣にぶつかり合って。みんなも僕達どっちに加担するでもなく、ただわいわい盛り上げてくれてたのに。
赤坂が今言いかけたみたいに。赤坂も僕と同じ気持ちだったんだ……。
また話す機会を作らなきゃ。途中で止められてしまった赤坂の言葉の、続きを聞きたい。
赤坂の自宅の場所すら知らないことを、そして僕はいたく後悔するのだった。
「赤坂くん引越すの、今週の日曜日だって」
「ちょっと、聞かれたらどうすんの渡辺派に」
「聞こえたってどうせヤッター、としか思わないよあいつら」
聞こえて欲しくないのか、聞こえて欲しいのか。女の子は恐い。
でも助かった。出ようとしたトイレで、隣でたまたま赤坂派の女子がしゃべっていた。彼女達のこぼしてくれた情報を、僕はありがたく受け止めていた。
……今週の日曜日。思っていたよりすぐ近くの期限に、だけど僕は内心焦っていた。いつ話が出来るだろう? ちゃんと話をしに行かなくちゃ。
放課後僕は、「自称渡辺派の幹部達」にがっしと腕を捕まれてしまっていた。
「やっとカセット買えたんだよ~。リーダーも楽しみにしてたじゃん? あのゲーム。一番に見せたくてさ~」
「ああ、うん。ありがとう……」
「今日はさ、皆でこいつん家泊まっちゃおうぜ! たまにはいいよな、渡辺」
「えっ……」
「おっ、それナイス!! 久しぶりだなっ」
「待って、泊まるのとか急に――」
「急なのが楽しいんじゃん♪ けってーい!! 行こうぜ、なべっち~」
「俺ピザ食いてえ!」
「ピザ~! きたこれ!!」
ぐいぐい引っ張られて、僕は反論を飲み込んだ。……これは、僕が赤坂に会う暇をなくす為の工作行為なんだろうか。
多分そうだろうな、と分かっていたけども、僕はあえて暗くなりそうな顔を隠して、笑ってみせた。
……何て意気地無しに八方美人な僕。
オーマイガット!! 金曜日の朝に頭を抱える僕は、何て馬鹿でバカで莫迦なやつなんだ!!
今日を逃せば、もうほとんど機会はないってのに……!!
何度か、頑張ろうとはしたんだ。赤坂派のクラスメイトに理科の実験中に声をかけたり、体育の授業中に近付いてみたり。
結果:無視あるいは拒絶。赤坂に渡してもらおうと思った小さなメモすら、突き返されたり置き去りにされたりで、三度目は渡す勇気が出なかった。
放課後は、決まって拘束されてしまう。みんなを見てて確信したんだけど、渡辺派のみんなは『赤坂が今週の日曜日に引っ越すこと』を知らなかった。
僕を連れ回すのは、ただみんなで楽しみたいから。単純なその理由。
だからかえって、言い出しにくいんだ。「今日は行きたいところがあるから、僕は付き合えないよ」。その一言が。
でも、もう後はない。今日こそ行動を実行に移す為に、その為に必要な動きを僕はとった。
職員室に入る。――勇気を出した戦利品として、僕は赤坂の自宅までの地図の書かれたものを手にしていた。
先生も、僕達を取り巻く行き過ぎた派閥争いのことを気にしてくれていた。今日は必ず、赤坂とちゃんと話をしたいんです。真剣に話を持っていった僕に、先生は後悔しない様にな、と書いた地図の紙を渡して言ってくれた。
胸に響く言葉だった。僕はいつまでも頭を上げられなかった。
「今日は行くところがあるんだ。付き合えないけど、ごめん」
みんなに向かってきりっと言い切って、完璧、と僕は顔を引きしめた。なのに。
「はあ? 明日テストだろ。何余裕かましてんのリーダー?」
「行くとこあるとか言ってさ、まさか隠れて一人で勉強頑張っちゃう気!?」
「えっ、違……」
「水くせえなあ、みんなで一緒にテスト勉強しようぜー!」
肩にがっしと乗り上げられて、腕を引っ張られて。これじゃ昨日までとおんなじだ。僕は焦った。
「離して!! 今日はダメなんだってば、今日行かないと……」
「今日勉強しないと、だろ。一人でするより、皆と一緒の方が気合い入るんだって意外と」
「渡辺頭いいしさ。俺ら教えてもらわなきゃいけないとこ多いんだよ。いつもそうじゃん?」
「……」
どうして、押し切られてしまうんだろう。どうして、ダメだを通せないんだろう。
せっかく手に入れた地図。……明日がある、とか流されてしまう僕は、本当に弱い……。
そして、朝に自己嫌悪。今日こそは、今日こそはって、一週間をムダにしてしまってる……。
みんなと一緒のおかげで、しっかり出来てしまったテスト勉強が憎らしい。ちょっとごめん、そう言って間を抜け出して赤坂の自宅に向かうくらいのこと、どうして出来なかったんだろう……。
考えると反省ばっかりで、さすがに自分が嫌になって、僕は学校に着くや否や、逃げる様にトイレの奧の個室にこもっていた。
なのに、さっきからせかすみたいにドアをたどたどしく弱くノックされてて、個室は隣にもあるのに、と僕はさらにどんよりした気分になってた。
「ああっ、もう!!」
ガラッ、と何かが床に落ちた音と共に、ドアの少し向こうで聞こえたのが女子の声なのに驚いた瞬間、今度はガンガンとドアが激しく叩かれた。
「早く出ろっての、この引きこもりっ!!」
声の近さと余りの迫力に、慌てて僕はドアを開けた。堂々と男子トイレの奥にまで入ってきて、叩き破りそうな勢いでドアを叩いていた女子、鹿島葉子がふん、と仁王立ちになる。
いや、男子トイレで偉そうにされても。――僕はことの経過を考えてみる。
床に落ちてるモップ。入れない男子トイレの遠くから、モップの柄で鹿島はドアをノックしてたらしい。でも多分モップを落として、もどかしさの余り鹿島は直接の怒鳴り込みを選択したらしかった。
よく誰にも見付からなかったもんだ。僕は左右を気にしながら鹿島の手をそっと取って、出口に引っ張って行った。無事にトイレから脱出出来て、僕はさらに誰もいなそうな渡り廊下の向こうまで鹿島を連れて行った。
さっきまでの激しさはどこ行ったんだろう? 黙ってついて来る、むすっと不機嫌な顔の鹿島に向き直った途端。
「どんだけ馬鹿なのよ!! あんたね、騙されてんのよ!? あいつが引っ越すのは今日、明日じゃないんだよ!! ばあか、疑う位しなさいよねっ!!」
一気に叫ばれた。ぽかんと僕は鹿島を見つめていた。
「……え?」
「なあに、聞こえなかった!? も一度言ったげようか、この引きこもりっ!」
……うん、それは二度も言わなくていいと僕は思う。大体引きこもりじゃないし。
そう考える間に、頭の整理が出来た。僕は小さく繰り返していた。
「赤坂が引っ越すの、明日じゃなくて今日……?」
「そうだってば! 見事にあいつらの策に乗せられちゃったんだよあんた……もう、見てらんないよ」
声が小さくなって、鹿島は下を向いた。赤坂の幼馴染みという立場上自然に赤坂派に属していただけで、鹿島も赤坂や僕と同じに現状を憂いて、どうにかしなきゃと考えている――何だか、それが瞬時に理解出来た。
……でも。
「でも、そんな急に言われても」
「はあぁ!? あんたねっ……」
咄嗟に殴られるのかと、女子相手にびくっとする僕を見つめて、やがて鹿島は失望したみたいな顔で僕から目を反らした。
「……もういいや。あたしは言いたい事全部言った。判断材料、全部あんたにあげた。後はあんたのご自由に」
くるっと、言うだけ言って鹿島は背中を向けて、ものすごい早さで走り去って行った。待って、言おうとする僕の言葉をわざと耳に入れない様に。
頭の中を、鹿島の言葉がぐるぐる回っている。教室に入った僕は、話しかけられた言葉を何一つ理解せず、ただ馬鹿みたいに愛想笑いを浮かべていた。
テストが始まった。僕は試験用紙なんか見ちゃいなかった。
――地図を書いてくれた先生。
――本当のことを教えてくれた鹿島。
〝後悔しない様にな〝
〝あんたね、騙されてんのよ!? もう見てらんないよ……〝
――〝おれは、一対ーでお前と言い合ってんのが楽しかった〝
赤坂の言葉が、脳を圧迫する様に響いた。
〝お前は、あれが楽しかったか……?〝
――ううん、全然。僕だって同じだよ。赤坂と口げんかみたいにわめき合って、ライバルとして張り合って。そんなのが最高に楽しかった。
毎日、毎日。赤坂がいる毎日が、楽しかった。赤坂と過ごす毎日だから、楽しかったんだ。こんな風に、話も出来ないまんま離れてしまうなんて。
――嫌だ。冗談じゃない!!
涙が出そうになって、僕は顔を上げた。嫌だ、いやだ!! 赤坂に言わなくちゃ。赤坂に会わなくちゃ……!!
言い訳ばっかり、僕はつまらないプライドで、大事なことを先伸ばしにしてしまっていた。心配してくれてる人達の恩も知らずに。ちっぽけな僕、下らない僕!!
顔を上げた僕の目に、地図をくれた先生の背中が大きく見えた。〝後悔しない様にな〝 ……先生、僕……
もうこれ以上、後悔したくないっ!!
僕はガタン、と椅子を鳴らして立ち上がっていた。集まるみんなの視線なんか見えなかった、僕を見つめる先生と鹿島の二人の顔しか、僕には。
……笑ってた。二人が、それぞれに優しくいたずらっぽい顔で。
だから、僕も笑った。笑って、僕は先生に手を上げた。
「先生!! やり残したことやってきてもいいですか!?」
「あー、なんてぇ? 腹が痛いからトイレ行っていいか、だと? さっさと行けー」
「ありがとうございますっ」
僕は目一杯頭を下げて、唖然とするクラスメイトの間を駆けて教室を飛び出した。長い廊下を走り始めた時に、後ろから声がした。
「渡辺ぇっ!!」
僕は走る速度を落として振り向いた。廊下に出た鹿島が声を振り絞って叫んでた。
「あいつに会ったら伝えて!! ずっと好きだったってー!!」
うわあお!! すっごい告白! 僕は聞こえないだろう返事代わりに右手をガッツポーズの形に上げてみせて、走りを全速力に切り変えた。
見るだけは見続けたから、地図は頭に入ってた。僕は生きてきた今までで一番に必死に走ってた。
もし、もういなかったらどうしよう。そんな恐い仮定に突き動かされて。
走って、走って。
足がもつれそうなくらいに走って。
たどり着いた赤坂の家。止まってるトラックの向こうに、段ボールを抱えた赤坂がいた。
僕は走る足を緩めた。赤坂、声をかけたいのに、ぜえぜえ鳴る喉からはまともにまともな声が出るとは思えなかった。
赤坂が顔を動かして、僕に気付いた。気付いてくれた。僕は減速しながら、ようやく赤坂の前にたどり着いて止まった。
抱えた段ボールを床に置いて、赤坂が驚いた顔で僕を見ていた。まだ上がった息を押さえるのに必死で、僕は赤坂に話をするどころじゃない。
引っ越し業者の人達の邪魔になるからだろう、赤坂が僕の腕を取って向こうに声をかけた。
「親父! 友達来てくれたから少し抜けるな」
友達。僕をそう呼んでくれた赤坂は、 僕を近くの空き地に引っ張って行った。
「今日テストだろ? 抜けて良かったのかよ」
まだしゃべれない僕は、大きく頷いた。
「よく知ってたな、今日だっての。担任に聞いた?」
僕は首を横に振った。
「……しまに」
「……あいつか」
かすれた僕のそれだけの言葉を、赤坂は正しく理解出来たらしい。そこから、赤坂は黙ってた。
一言しゃべれて、僕はさらに深呼吸を繰り返した。
もう大丈夫。赤坂に聞かれる前に、自分から自分の思いを口にしなくちゃ。ちゃんとした行動を起こせなかった、それだけは僕の義務。
僕は向かい合った赤坂に、言いたかった言葉を口にしていた。
「僕は赤坂と過ごせた四年と少しを誇りに思ってる」
赤坂の真剣な目が、強く僕を見ていた。僕は続けた。
「赤坂がいたから、毎日楽しかった。赤坂がいたから、負けるもんかって色んなことを頑張れた。赤坂がいたから、僕はクラスのみんなとも友達になれたんだ」
赤坂は、何も返さなかった。
「赤坂と競い合って、いつでも本音でぶつかって、嫌いだとか言い合えるくらい、僕は赤坂とのけんかが好きだった。僕は」
「おれのセリフ取るんじゃねー」
ぽつりと、言葉を遮られた。
「おれの方が、お前といて楽しかったよ。お前より、おれの方がさ」
何だか流れが変わったことよりも、相手の言葉に突発的にむっとして、僕は言い返してた。
「僕の方が、お前より楽しかったよ」
「いーや。おれのが確実に楽しかったね」
「なにおう!! 僕の方が」
言い募ろうとしたところで、げらげらと赤坂が笑い出した。
「懐かしいな、この感じ!」
プッ、と僕も吹き出して。うん、懐かしいし居心地がいい。これが僕達だ。最高に楽しくてしっくりくる、赤坂と僕の在り方だ……。
笑いながら、何だか涙が出た。せっかく前みたいに戻れたのに、現実はもうお別れなのだ。
頑張って笑おうとするのに、まだ言わなきゃいけないことも残ってるのに、悲しさが勝ってしまった。僕はぼろぼろ流れる涙が恥ずかしくて、そんな姿を見られたくなくて、赤坂に背中を向けた。
どん、と体がぶつけられた。背中合わせになる様に、ぶっきらぼうな感じに僕にもたれる様にして、赤坂が低く言った。
「ばーか。二度と会えない訳でもないのに。なにお前、これで一生おれとお別れとか思ってんの?」
「……え」
振り返ろうとしたのに、同じ分だけ赤坂も僕と一緒に動いた。噛みつくみたいに、赤坂は続けた。
「もう一生会う事ないやザマーミロ、とか思ってんのお前? おれと競い合って頑張れたんだろ、今まで。じゃあこれからどうすんの? 何にも頑張らねえの?」
「違うっ」
僕は慌てて言葉を挟んだ。一番に言いたいことは、まだ言ってない。危うく相手に言われそうになって、僕は焦った。
「例え今から離れた場所にいたって、僕は赤坂にだけは負けたくない。いつだって赤坂と勝負していたい。その為には、どんな時でも赤坂の色々を知ってなきゃ始まんない。……だから、僕はこれからも赤坂とつながっていたいんだけど!!」
「……渡辺」
恥ずかしいけど、頑張って言い切った。恥ずかしくて、なかなか言い出せなかったけど。
恥ずかしくて、何だかやたらもたれられてる背中が熱くて、僕はドキドキしてた。僕の一世一代の言葉を、赤坂がもしも「しょーもな」とか笑ったり、「キモッ」とか引いたりしたらどうしよう、とかおびえながら。
突然、探る様に触れてきた赤坂の手が、僕の手の平の中にぐいっと何かを押し込んできた。
「……お別れのプレゼントもないしさ……」
そうして、暖かかった背中が離れていった。
「こんなギリギリだしさ。もし会えなかったら、どうするつもりだったんだよお前」
僕から目を反らした赤坂を見て――今度は相手が泣いてるのに、僕は、自分の思いがまっすぐ相手に届いたのを知った。ぐいっと乱暴に目元を拭って、僕の永遠のライバルは笑った。
「だから、お前なんか嫌いなんだよ」
「……僕の方が、もっと嫌いだよ」
僕も笑って応えた。もう泣かない、これはお別れじゃないんだから。
くるっと背中を向けた赤坂に、僕は慌てた。もう一つ、言わなきゃいけないことがあるんだった。僕の言葉なんかより大事な告白。
「待って、赤坂! 鹿島から伝言があるんだ」
赤坂が振り向いた。人の言葉だとしても、口にするのはちょっとためらわれる。もじもじしながら、僕は小さく口にした。
「えっとね、鹿島が……ずっと好きだった、って」
赤坂が固まって止まった。でも一気に耳が、顔が赤くなった。
……何だ、良かったね鹿島。僕は嬉しくて、多分相当にやけた顔になっちゃってたんだろうと思う。はっとした様に赤坂が僕の方に戻って来て、いきなり赤坂は僕の左ほおにパンチを浴びせてきた。
「んな伝言、簡単に受けてんな馬鹿!!」
うわあ、完全なとばっちりの八つ当たりなんですけど。それでも僕は笑ってしまってた。
今度こそ背を向けて、赤坂は歩き出した。僕はその背中に言葉をぶつけた。
「鹿島に、何て返せばいい?」
しばらくして振り返って、赤坂は叫んだ。
「なにも返すな!! あー、………いや、おれは嫌いだって言ってたって言っとけ!!」
「了解!」
真面目に返してから、僕はまた言葉を投げた。
「赤坂っ!!」
「んだよっ」
「これからも、よろしくねっ」
照れたみたいに片手を上げて。もう、赤坂は振り向かなかった。
学校に戻る道中ずっと、僕は赤坂が僕に渡してくれたメモを眺めてた。書かれてる、新しい住所と携帯番号とメルアドと。
最後にメッセージ。〝おれは東大を目指す。お前には負けない。東大の入り口で再会しよう〝
……最高のライバルだ。最高の友達。僕は緩んでしまう顔をどうにも戻せない。
校門に、鹿島が立っていた。
「あんたのお陰で、あたしまで教室追い出されたんだよ。明日テスト受けに来いだって。日曜なのに。や・す・み・な・の・に!!」
一気に言って、ふと僕の左ほおに顔を近付けて、鹿島はにっと笑った。
「まあいいや。名誉の負傷に免じて、許してあげる」
「あの、ありがとう鹿島。鹿島のお陰で僕」
「あいつが気にしてたの。あんたと話したいって。良かったじゃん最後に会えて」
「うん……」
にこっと笑う鹿島に、僕もにこっと返した。鹿島はあえて自分の伝言に対する赤坂の返事を聞かない様にしてる様に思えた。だから僕は自分からそれを言い出すことはしなかった。
機会はたっぷりある。きっとこれから、僕はこのオトコマエでその実繊細な鹿島と一番の仲良しになるだろう。共通の人を思い、その人のことを語り合う一番の同士として。
……良かったね、鹿島。嫌いだって、赤坂。照れ隠しなのが丸分かりなあまのじゃくの言葉。だってさ、大体。
赤坂にとって、「嫌い」の本当の意味は「好き」なんだから。




