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未来人アリィ 3

「ラドよ。ワシは間違っているんじゃろうか」


 考えれば考えるほど自縄自縛に陥って自責の念に駆られるフェイリア。


「趣味研は続けてって言ってたでしょ。ここで止めたらアリィと関わる機会が減っちゃうし、お互いの関係が消滅しちゃうよ」


 こんな状態では尚のこと、リハビリがてらの歩行なんてさせるわけにはいかない。フェイリアを背負って慰めながら、趣味研の仮部室まで運んだ。


「あらいらっしゃい。わざわざ背負ってきてくれたのですか。フェイもフェイです、歩けるようになったからと無茶しないでくださいな。紅茶をいれましょう」


 仮部室の退去は本当に決まっているらしく、梱包された荷物が積み上がって圧迫感を抱いた。荷造りで忙しくする手を止めてまで気遣ってくれる、こんなにも優しい人物が十年後のエレモア帝国に危機をもたらすなんて想像できない。

 何かの間違いであって欲しいと願うのはフェイリアだって同じはず。


「ふたりとも表情が硬いですわ。どうかしましたの?」


 柔和で天真爛漫な微笑みは慈悲深さすら感じさせる。

 フェイリアはすでに、限界を迎えてしまった。


「アリィ、アリィよ…………あ…………うわああああああああん!!」


「フェイ!?」


 足元がおぼつかないまま近寄った勢いのままアリィの胸に飛び込んだ。一瞬困惑したものの、抱きしめてあやしている。その優しさにボクまで泣きそう。


「ラドまで一体どうしたのです」


 フェイリアはアリィの胸に顔を埋めてわんわん泣いていた。ボクは歯を食いしばって冷静でいられるようにぐっとこらえている。


「よしよし。そんなにも部室の退去が悲しかったのですね」


 違う。

 違うけど理由は明かせない。それに今、何かを喋ろうとしたら泣いてしまいそうだ。


「心配なんてご無用ですのよ。部室なんてなくとも、中庭のベンチでもグラウンドの隅でも、活動なんてどこでもできるでしょう。それはフェイが五十年に渡って証明してきたではありませんか」


 フェイリアは廃坑で生き埋めになって身動きが取れず絶望的な状況に陥りながらも、生きることを諦めなかった。長い期間、魔法の力で延命しながら暗く孤独な場所で勉強と研究に励んでいたんだ。


「毎日わたくしが使う馬車に簡易なテーブルを置くだけでも立派な部室になりましてよ。部員が増えたらその時に考えましょう。場所に縛られる必要はないのです。だからフェイ、もう泣かないで」


 気付けば微かに、上品で優雅な香りが漂ってきた。身動きができないアリィに代わってカイが紅茶を淹れてくれていたんだ。


「エレモアのロイヤルローズティーはリラックス効果が絶大ですから」


 気を紛らわせようと紅茶をひと口、呼吸を深くして香りを楽しむと心が落ち着いてきた気がする。

 フェイリアはアリィの胸から離れない。


「ありがとうカイ、美味しい」


「ラド様、それは何よりです」



──コンコン。



 静寂に包まれる仮部室に来訪者。状況が状況だけに、ここはボクが対応すべきだろう。


「……ここのはず…………失礼しまーす」


 引き戸に手をかけようとしたところで返事を待たずに開けてくるものだから、危うくお互いぶつかりそうになった。相手はミーシャだったけど、背後に誰かいるようだ。


「ああっとゴメン。ちょっといいかな、姉さんが帰る前にアリィの様子を見たいって言ってさ。おそらくここに……って、えええ、抱き合ってる!?」


 人差し指を唇に当てて静かにするよう促すアリィ。泣き疲れたフェイリアは眠ってしまったらしい。


「お取り込み中のところ、不本意ながら紹介するよ……こちらは」


「何が不本意ですか。えーと、ラド君にフェイリアさんに、そちらのメイドは」


「姉さん、カイさんはメイド服だけれどメイドってわけじゃないんだ。というかまだラドとフェイリアさんって紹介してないよね?」


「以前…………そう、以前お話を伺ったではありませんか」


「そうだっけ。実家にお泊まりもしたからね、あはははは」


 Xクラスのみんなでミーシャの家にお邪魔したことはある。両親を交えて明け方まで家族会議に巻き込まれたところまでは覚えているんだけど、記憶が曖昧なんだよね。いつの間にか寝落ちしちゃったし。

 ふかふかのベッド、気持ちよかったなぁ。


「改めて紹介するよ。こちらはソニア姉さん、僕の従姉なんだ…………あれ、ラドはともかくフェイリアさんって泊まりのメンバーにいたっけ」


「エレモア帝国第二皇女、ソフィニリアと申します。ソニアとお呼びください」


 ミーシャと横並びだと実の姉弟かと思うほど似ている。


「どうしたんだいラド、黙っちゃってさぁ」


「似てるなって思って。あと美人だなって」


「あらあらお口が上手ですこと。でもそれはアリィに言ってくださいな」


「そうだよ。美人なんてお世辞を言っても何も出ないし、あっはっは……うぶぇっ」


 ミーシャの脇腹に突き刺さる鋭いエルボー。ゼロ距離からでも威力が伝わる身のこなしは、冗談で小突くという範疇を越えている。

 そうか。昔からこうやって鍛えられてきたんだ。


「何をひとりで納得してるんだい……」


 ソニアとアリィ、そして未来人アリィ。

 それぞれ血のつながりがあるとはいえ、確実に違うところがある。

 アリィと未来人アリィは腰まで伸びるウェーブがかった長い髪をしている。対してソニアはショートヘア。

 だからこそ、ミーシャと似ているって感じたんだ。


「用事を済ませて帰るところでしたが、女学院でのアリィの様子を拝見しておこうと思いまして。ミー君に案内してもらったんです」


「ミー君?」


「ミーシャだからミー君、あはは」


 皇族相手に立ち話も失礼だと着席を促したところで、カイが紅茶を振る舞った。アリィは立ったままフェイリアを抱きしめている。


「悲しいことがあったらしく泣き出してしまったので、こうやってあやしていたのです。しばらくこうしていますわ」


「一族で一番の末っ子でワガママで甘えん坊で人見知りで、どうしようもなく手に負えないアリィが…………これほど人と交流して、さらに世話まで焼けるとは驚きです。女学院に通い始めた短期間で成長したのですね」


 従姉妹で身内で年上ってのもあるだろうけど、言葉のチョイスが辛辣じゃない?


「元より何も変わりませんわ。ひとえに、環境が変わったおかげでしょう」


 静かに紅茶を嗜んでいたミーシャが大きく頷いている。少々の時期のズレはあったものの、ミーシャとアリィはエレモア帝国からエスカレア特別区へ、マジェニア学園とエクリル女学院に通い始めたという変化を経験している。


「ところでソニア姉様。趣味研の部員はわたくしとフェイのふたりだけ、そう、ふたりだけですが…………話さなければならないことがあります」


 カイに近くの荷箱を開封するよう指示をすると、文具や雑貨などが見て取れた。立派なケースに収められた万年筆とか、明らかに高級品とわかるものまで。荷物に被せられていたシーツをめくると剣や盾といった武具も出てきた。

 活動に必要なものと言われても無理がある。

 これらはすべて趣味研が開催した迷宮探索ゲームの報奨品。プレイヤー側が誰もクリアできずに全滅したため、迷宮から回収されていた。


「聡明なソニア姉様がこの場に来たことが、何よりの証明でしょう」


「…………立て続けに起きた不備について、薄々勘づいてました」


 証明?

 不備?

 含みを持たせる独特な会話のやりとり、回りくどい表現。

 これはきっと明言をボカして互いの腹を探る帝王学のテクニックなんだ…………って、ミーシャが首を傾げて間抜け面をしている。


「ラドは趣味研なんでしょ。会話の内容、理解してる?」


「よくわからないよ。そもそもボクは趣味研じゃないし」


 アリィとソニアは以前から、このようなじれったい感じの会話のやりとりをすることがあるという。

 そして、必ずしもよい兆しではない。


「悪さをしたのに頑なに認めない時とかいろいろと…………これ以上は怖くて、もう」


 つまりアリィが悪さをしてソニアに怒られて、意固地になって反抗するってことかな?


「これらは報奨品として用意しました。すべて誰の手にも渡ることがなかったという結果も、言い訳になりますが」


「なりますが、ですか。では、今後はどうするつも……」


「関係各所に謝罪したのち、返却します」

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