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キスと彼女 2

 午前中の雨がウソのように晴れ上がった昼休み。

 ギルド活動が始まるまでの中庭は、噴水を囲んで談笑する生徒たちで賑わいをみせていた。男子ばかり、女子ばかりのグループもあれば男女混合も。

 でも今日に限っては、意識が自然とカップルに向いてしまう。

 それは同じくミーシャにも当てはまっていたようだ。


「はぁ、彼女が欲しい」


「やっぱり気が狂ったか発情期か脳みそに湧いたウジに全部食われたか」


 恥じらうことなく声が通った唐突な呟きは周囲の人たちの手も足も、口すらも止めた。

 キスといい彼女といい、今日のミーシャはどうかしている。


「こいつがヤベぇのは最近に始まったことじゃねぇだろ」


 辛辣な言葉で一蹴したカイザー、欲望がだだ漏れなミーシャ。温度差が激しいのはひとえに、持つ者と持たざる者の差でもある。


「ラドにはレナちゃんがいるから、やっぱりいいよねぇ」


「だからさ、レナとはまだそういう関係じゃ……」


「まだ、ね、うーん……。ねぇねぇ、カイザーはどう?」


「どう思っても現実は変わらんだろ。己を客観的に知るための質問は悪くねぇが、男に聞いたところで解決するもんじゃねぇし、そんなもんそこらの女にでも聞いとけ」


 自己保身なのか面倒くさくなったのか、難しい言葉を並べて突き放した。要するに自分自身でどうにかしろということだろう。

 カイザーに相談しただけで彼女ができるなら世界はとっくに破滅している。


「女って言っても…………あっ、エレノアさーん!」


 瞬時に渋い顔をしたカイザーに気付くこともなく、ミーシャの呼びかけでエレノア会長が駆け寄ってきた。

 体操服で下はジャージ、腰にはサーベルで両手に書類を抱えている。見るからに忙しさを感じさせていて話しかけにくいオーラを出していた。


「マジかよあいつ、生徒会長に向かって」


「馴れ馴れしく呼びかけて、なんなのかしら」


「お忙しいのに足を止めてくださって、なんて面倒見がいいのでしょう」


 周囲からヒソヒソ話が聞こえてきたけどミーシャの耳には届いていない。それよりも、持つ者であるカイザーにとってはヒヤヒヤものみたいだ。


「はぁ……。彼女を作りたいですって?」


「そうなんだよ。周りにはたくさんカップルがいるんだから、僕にだってさぁ」


 カイザーとエレノア会長が目配せして意思疎通を図っている。適当に話を合わせてやり過ごせといったところだろう。

 これが持つ者の特殊能力、愛の力。


「それは生徒会長である私、つまり生徒会への正式な相談ということかしら」


「そんな大層なものじゃないんだ。女子に聞いたらどうかってカイザーが言うから」


「つまり面倒ごとを押し付けようと」


 冷ややかな視線に思わず目を逸らしたカイザーが気の毒になったので、代わりにボクが首を振って答えてあげた。

 ミーシャがおかしいだけなんだ、と。


「冗談はさておき。まずは立派な男性として、そして恋愛対象として見てもらうところから始めるべきでしょう。友だち止まりじゃダメでしょうね」


「そうかなぁ。友情の先に愛情があるとばかり」


「人それぞれでしょう。こればかりは彼氏がいない女子に聞いてみないことには、わからないんじゃないかしら」


「じゃあ聞くんだけれど、エレノアさんは僕の……」


「それは他の、彼氏がいない女子に聞きなさい」


 含みのある言い回しで会話を打ち切ると、カイザーを一瞥して足早に去っていく。気を許せる仲間の絆があるからこその対応だ。

 あとはやっぱり愛の力。ね、カイザー?


「ボケが。わざとらしく俺様を見るんじゃねぇ」


 それでも周囲の捉え方は違うらしく、嫌味と悪意が込められて冷たく突き放されたと感じたみたいだった。


「あの人、生徒会長に告白して速攻振られたんだけど」


「当たってくだけろの高嶺の花だからって、安直すぎる」


「後先考えないおバカさんかしらね」


 ミーシャに告白するつもりがなかったのは今までの流れで知っている。しかし結果的に振られたみたいになったのでこっちまで恥ずかしくなってきた。

 そう、共感性羞恥ってやつ。


「あ、レティシアさーん! ちょうどいいところに。少し聞きたいんだけれど」


「む。なんだろうか。ちなみに私のことはシアでいいぞ」


「じゃあシア。僕のことを男としてどう思う? 恋愛対象として見られる?」


「なっ、と、突然何を言い出すのだ!?」


「真面目に聞きたいんだ」


「そ、それはだな…………ま、まぁ、ミーシャは身体つきもしっかりしているし、容姿だって悪くない。剣術を嗜んでもらえればこの上ないのだが……それは高望みというものだろうな。しかし、その、私のような者でいいのだろうか」


「全然構わないよ。ありがとう!」


 レティシアの頬は紅潮している。

 玉砕したばかりの男子が間髪入れずに別の女子に切り替えて告白する奇行を目の当たりにしただけでも衝撃なのに、まさかの成功で周囲を含めておかしな空気になってきた。


「なぜあれで成功するんだ」


「節操なさ過ぎじゃない?」


「女なら誰でもよかったのかよ」


「応える方も応える方ですわ」


 侮蔑まみれの冷ややかな視線がミーシャに突き刺さり、カイザーは他人事のように笑っている。今のうちに少しでも距離を取りたい気分だけど、ここで動いたら悪目立ちしそう。

 でも告白って。異性と付き合うって。こんなにも簡単にできるものなの?


「…………やっぱり顔かぁ。いいなぁミーシャ」


「何を言ってるんだよラド…………ってねぇねぇ、いいところに、こっちこっち、ちょっといいかい!? ねぇジュディア!」


 周囲の不穏な空気を察してこっそり通り抜けようとしたジュディアだったけど、名指しで呼ばれたからには仕方ないといった表情で言葉に従う。


「カップル成立したばかりで早くも女友達に報告か」


「どれだけ浮かれているんだこの男は」


「まさか過去に告って振られたひとりだったりして」


 これだけ張りつめた空間の中心に身を置いてもなお、嫉妬と呆れが渦巻く空気に気付かないミーシャが不憫に思えてきた。

 ジュディアは無関係だといいたいかのように、抑揚もなく淡々と言い放つ。


「これからギル活だけれど、何よ」


「ジュディアは僕のことを男としてどう思う? 恋愛対象として見てくれる?」


「はぁ!? いきなり告白って罰ゲーム? 公開処刑っしょ!?」


「冷たいことを言わないでさぁ。彼氏になれるか聞きたいんだ」


 昼休みも終わりに近づき、ギルド活動に向かおうとしていた野次馬たちが一斉に足を止めた。

 ジュディアは即座に状況を察知して天を仰いだ。この公衆の面前で、同じ質問をレティシアにもしたのだろうと。


「キープしておいて本命はあの子?」


「下衆にもほどがある」


「清々しいほどのクズっぷり」


 無神経でモラルのない公開処刑は巻き込まれた側も恥をかくから気をつけなさいと、真っ当な指摘をするジュディア。ボクとカイザーには他意はなく、罰ゲームでけしかけたワケではないということは理解してくれていた。


「キスしたいとか発情してたもんね、あんた」


 ここでネタバラし。そういうことかと笑い話で済むならどれほどよかったか。


「待ってもらおうミーシャよ。たった今、私に告げた言葉は偽りか。不埒な行い、返答次第では断じて許すわけにはいかぬ!!」


「ちょ、ちょっとシア、敷地内で抜刀は御法度だって! もしかして本気で告ったの!?」


「私を天秤にかけたのだ。契りを交わした直後にジュディアにも甘い言葉でそそのかすとは女神が許しても私が許さぬ!」


「甘い言葉とかうっわマジ最悪サイテー。許されるわけないっしょ、抜刀許可ぁあっ!!」


 野次馬は潮が引くようにいなくなっていた。昼休みが終わったからでもあるだろうが、血で血を洗う痴情のもつれなんて目撃者としても関わりたくないからだ。


「なぁよく見ろよラド。ふたりがかりでも意外に防御がうめぇな」


「でも防戦一方だから、反撃材料がないとボロ雑巾になるだけじゃない?」


 これは色恋沙汰ではなく内輪のじゃれ合い、男女が仲良くぶつかり合うイチャイチャを見せつけられている。


「いや、こんなのイチャイチャじゃないよ!?」


「私の純情を弄んだ罪を受け入れるんだな。奥義っ!!」


「ってまぁ、これぐらいにしてあげましょ」


 トドメの一撃を食らわそうとしたところでジュディアが終戦を告げた。


「うむ、すまない。熱くなってしまったな。なんというかその、攻撃しやすいというか」


「わっかるー。殴りがいがあるよねミーシャって」


 今回に限れば自業自得、散々な言われようだけど同情はできない。


「それでミーシャ。本当は何を知りたかったの。どうせキスがしたくて、モテるにはどうしたらいいかって話でしょうけれど」


「わかってるなら、暴力は……暴力や止めて欲しかったよ……」


「シアもさぁ、もうちょっと焦らずっていうか、冷静になって男を見る目を養ったほうがいいと思うの。美人さんなんだし、こっちが心配になるじゃない」


「そ、そうか、その通りだな。その、だな……最近やたら男女の契りを交わした者たちが目についてしまって、舞い上がってしまった」


「その表現ってちょっと生々しくない!? 他で使っちゃダメだからね?」


 最近って目に余るほどカップルが多いの?

 他のクラスやギルドだとカップルは当たり前なの?



 ……………………あ。



「ん、んん…………おいミーシャ、だったらお前にお似合いの淑女を紹介してやる。その人はお前に身も心もすべて捧げたいって思ってるぜ」


「なんだよ本当かい!? 淑女なんて最高じゃないか。最初から言ってくれればよかったのに、どうして隠していたんだよカイザー!!」


「エクリル女学院でなぁ。容姿端麗で頭脳明晰、家柄も申し分なく、ブロンドの髪が美しいってな」


「僕に愛情を注いでくれるなんて夢のような話じゃないか。どこの誰なんだい!?」


「大切なものほど意外と近くにあるっていう話だ。後ろを振り返ってみるといい」


「はぇ?」


「わたくしですわ、お兄様あぁぁあああーっ!!!」


「妹じゃないか!!!」



 夕食はいつものアクアパッツァ。

 レティシアはウィザードギルド所属だから報告も上がっていたんだろう。その場にいてなぜ止めなかったんだと、クリス先生にしこたま怒られた。

 でも、別の話も耳にしていたみたい。

 何のことだろう、少しずつ大きくなりなさいとボクは優しく諭された。

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