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ダムと魔脈と巨大魔獣 2

 ボクたちを運ぶ御料車は一路、エレモア帝国の首都ヘリグスラルに向かう。

 左右に向かい合ったベンチシートはクッションもなく、振動に備える手すりもない。


「あと、あとどれほど……なのじゃ…………」


「まだ国境を越えたばかりです。二時間は見てくださいまし」


「馬車なんぞ……何十年振りか…………わからぬ」


 最近少しずつ筋力と体力が戻ってきて、ようやく歩けるようになってきたフェイリアにとっては拷問でしかないようだ。


「ワシは……しばらく……休む……………………」


 ボクたちの足元、つまり床に寝そべったフェイリアは眉間にしわを寄せて苦しそうにしている。嵐が過ぎ去るのをじっと耐えているようで痛々しい。

 他のみんなも最初こそ口数は多かった。

 学園生活や趣味研の展望についてとか、エレモア城を訪れた時の思い出を語ったりしていたけど、次第に無口になっていく。

 そしてどれほどの時が流れたのだろう、みんなの瞳から光が失われて久しくなった頃。


「皆さんお疲れさまでした。わたくしはフェイを休ませた後、ソニア姉様に話を通しておきます。それまでの間、ご自由にしてください」


 ボクたちを信頼しているからだろうけど、休日で誰もいないロビーのソファで休むのは気が引ける。かといって勝手にエレモア城を徘徊するのも悪いだろう。


「せっかくだから外の空気でも吸いにいかない?」


 窓の外に広がる景色を見たジュディアの提案を受けるのも悪くない。城の正面側にはキレイなバラ園が広がっているけど、一般公開されていない裏庭に行きたいという。


「裏庭は希少種とか群生してるみたいだし、バラとかの園芸種って詳しくないんだよね」


 小さな池や森林が再現されている広大な裏庭は、手入れが行き届いて自然に近い環境が保たれている。ところどころに点在する平屋は皇族の住居で、その中にはミーシャの実家もある。


「家の周辺は家庭菜園してたりとか、意外と庶民的な感じ」


「ほらここ。キツネの足跡よ」


 裏庭の植生は見たこともない希少種や外国の植物が多く、ジュディアですら半分以上わからないという。この場所は国立公園の保護区のような役割も担っているのではと推測していた。


「それでも半分はわかるんだから、やっぱりねーさまってすごいね」


「だから褒めても何も出ないって。わたしもまだまだ勉強不足…………って、あれ」


 ジュディアの目線の先には二階建ての兵舎。堅牢な造りだが周囲にロープが張られていて、現在は使われていない。

 年季が入っているのとは別の理由で、屋根や壁、階段の一部が崩れているからだ。


「ここは、ねぇ……レナ」


「あたしがメテオで壊しちゃったとこだ、えへへ」


「改めて見ると派手にやりましたなー。アッハ」


 こんな惨状になったのはアリィが深く関係している。

 出会いは最悪だった。勘違いやら何やらでこの兵舎に幽閉されたボクとレナは、平和的解決を望んで大人しくしていたんだけど…………やむを得ない理由でメテオをぶっ放して脱出を試みたんだ。


「あの時は…………ね。それが今じゃレナとアリィが大の仲良しになるんだから、不思議だなって思う」


「うん。アリィちゃんは大の親友だもん」


「くぅー、青春してるなー」


 魔法が好きで研究熱心、女子同士ってのもあるけど親友ってちょっと妬ける。


「でもさ。兵舎ってこうやって見ると歴史的な価値がありそうだし、こんなに壊れちゃって……あたし、悪いことしちゃったかなぁ」


「いえいえ。お気になさらないでください」


「うひゃあっ」


 急に声をかけられたレナが小さく悲鳴を上げた。背後から気配も足音もなく静かに近づいてきた人物の服装を見る限り、紛れ込んだ一般市民と錯覚してもおかしくない。


「えっと、どちら様?」


 上から下まで服装を確認したジュディアの表情が曇っていく。勘違いして失礼を働かないように、ボクが間に立つべきだろう。


「この人が第二皇女のソニアさんだよ。こんにちは」


「ええっ!? あの第二皇女殿下!?」


「はい、そのソニアです」


 学院外のアリィはドレスを着こなしていかにも皇女殿下だとわかる。

 それに対してソニアは、色味も質素で飾り気のないアウトドアな装いだ。


「あぁ…………だからその服装、なるほど」


 ボクには価値が理解できないだけで、ソニアがあまりにも高額な装備で固めていることにジュディアは驚いていただけだった。上から下までエレモア帝国製の高級アウトドアブランドだといい、機能と耐久性はハンターギルドでも評判だという。


「わたし、見習い調査員で。うわー、でもすぐわかりましたよ」


「気付いてもらえて嬉しいわ。現場調査を生業にすると、すべてが消耗品なんですよね」


 ジュディアにこっそり尋ねてみると、すべて揃えるには生態調査を十回以上はくだらないそうだ。


「そして貴方がレナちゃんですか。話はよく聞いております。すごく仲良くしていただいていると」


「はーい大好きです! あのう、アリィちゃんから聞いてましたけど、本当に姉妹みたいにそっくりなんですね」


「そうでしょう。私は髪を短くしていますが、ロングに……ウィッグをつけたらアリィと瓜二つになるかも……うふふ、というのは止めておきましょうか」


 口ではレナに答えながらも、目線はしっかりボクに向いている。茶目っ気たっぷりに笑うイタズラ気質は間違いなくアリィと同じ血の源流を感じさせた。


「アリィは末っ子でワガママに育ってしまいまして。今日だって急に……」


「いえいえ。すごく優しくて面倒見がよくて、知識も豊富な素敵なお姉さんですよぉ」


「あらあら、お姉さんだなんて。そう言ってもらえると恐縮です。それだけでも女学院に通わせた甲斐があったというものでしょう。これからもよろしくお願いしますね」


 レナはアリィを持ち上げ過ぎかもしれない。でも初対面での印象が拭えた今だったらボクも共感できるし、しっかり者になったのはミーシャも認めている。


「よろしければ裏庭を案内しましょうか。植物は三千種ほどありますから、すべては不可能ですが」


 この裏庭はもちろん、前庭のバラ園の手入れも業務のひとつなのでキレイな花から雑草まですべての品種を理解しているそうだ。

 ひとくくりに雑草って言うと怒られそうだけど。


「首都ヘリグスラルではどの家庭でもガーデニングが一般的ですが、市民の皆さんの興味はバラなんですよ。美しい花を好むのはよいんですけれど」


 バラだけでなく、多種多様な植物を知ることでお互いが生かされていく。

 自然界のバランスを保つことが国民の健全な生活と幸福に寄与するという話に、ジュディアは強く賛同していた。


「あとは実験的なものといいますか品種改良といいますか、こちらをご覧ください」


 案内された物置小屋の内部には床がなく、直接地面になっていた。中央には小川が流れてジメジメしており、光すら射し込まない暗い室内は洞窟を再現しているという。


「青色の花…………これってもしかして、すごく貴重な」


「はい。貴重すぎて名前すらついていないんです。見つかった土地にちなんで命名されたりしますが、便宜上エレモアの花と呼んでいます」


 扉から漏れるわずかな光を反射して、暗闇で薄らと輝くエレモアの花。病気や疾患の万能薬になると言われていているが、発生や生育の条件が謎に包まれている。

 ソニアは、水や土、光の加減など環境のすべてが関係していると予想しながら試行錯誤の研究を続けているという。


「解明できれば医学に多大な寄与ができるのですが、皇族とはいえ無尽蔵に資金があるわけではありません。だから趣味でやっているんですよ」


「趣味で!? あの、凄すぎて言葉が出ないんですけど」


 そんな貴重なエレモアの花を一輪引き抜いて、ジュディアに差し出した。


「花を咲かせた後は枯れてしまうんです。種子があるわけでもないのに、いつの間にか再び生えてくる。土壌の成分なのか栄養状態なのか……こちら、お近づきの印にどうぞ」


「キレイな青…………ありがとうございます!」


 エレモアの花を手にしたジュディアは大喜びで、目の中に入れるんじゃないかってくらいに近づいて凝視して、香りを確認している。


「ラドも見てみる?」


 貴重だというから、丁寧に優しく扱おうと両手を受け皿にして待ち構えた。


「仄かに輝く青色、すごいね…………って、えええええええ!?」


 エレモアの花が手に触れた先から崩壊していく。掌には花粉よりも小さいんじゃないかと思われる青色の粒子だけが残った。


「これは、これはなんてことでしょう!?」


 驚いて顔を近づけたソニアは粒子を少し吸い込んでしまったのか、ボクに向けて大きなくしゃみ放ってしまった。宙に舞った粒子を全身に浴びて、今のボクはキラキラと輝いているだろう。


「し、失礼しました。それにしても不思議な現象です。一体、何が起きたのか」


 貴重なエレモアの花を台無しになった件について怒ることもなく、掌に残ったわずかな粒子を小瓶に詰めてまじまじと見つめていた。

 この症状、この状況、この理由。心当たりがあり過ぎる。


「ラド、アレって説明できる?」



──リフレクト。

 ボクの特技というか体質というか資質というか。

 魔法を受け付けずに跳ね返すし、魔力が物質に宿っていると無効化する。

 魔物に触れれば霧散するし、魔獣だったら本来の獣に戻る。

 マッドゴーレムは砂粒になってしまう。

 ではマジェクタルのような導魔器は?

 マジックアイテムと呼ばれる武器や道具は?

 ジェムストーンのように魔力を宿した鉱物は?

 それらの多くは何も起きない。それはボクの意思で何かをしているわけでもない。

 だから答えは『わからない』──。



 搔い摘んで説明したところでどれだけ伝わったのかはわからない。でも現実を突きつけられたわけだし、受け入れてもらえたようだ。


「つまり花の組成が魔力由来ってことなのかなぁ?」


「研究の余地が出てきました、これは大発見ですよ。昔からエレモアの地には魔力が宿っていると言われていますが、満更迷信ではないのかもしれません」


 たった一輪とはいえリフレクトで台無しにした後ろめたさがあったけど、それ以上の収穫があったと感謝されて喜んでいいのか反応に困った。


「そろそろいい頃合いです。城内に戻りましょうか」

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