ハンターギルドの生態調査 4
調査が始まったボクたちが向かうのはルートD。
決められた道をただ歩くだけなら一時間もあれば回れてしまうけど、野生動物の痕跡や鳴き声に気を配りながら暗い夜道を進む必要がある。
「二往復できればってとこかな。途中で休憩を挟むけれど、同じ場所でも日没後と深夜でまったく違う環境になったりしてね。不思議っしょ」
陽が完全に落ちてしまう前にまず、向かう場所がある。
ごく最近、前触れもなく唐突に出現したと話題になっているセノーテだ。
風化や地下水などの条件が重なって地面が崩落、自然に作られたと公表されている。レナがメテオで大穴を開けたという事実は大人の事情で揉み消されていた。
「ふぅん、これはまー…………学園内でも噂になるはずだわ。他の場所でも急に崩落するんじゃないかってビビってる人もいるし」
今は簡易的な柵が設置されていて近くまで行けないようにしてあるけど、縦穴から水面までの距離がかなりあるので足元が崩れたら終わり。ゴツゴツした垂直の壁をよじ上るのは不可能だろう。
「ここは街道から近いし、下手に存在を隠すより絶景スポットにした方が怪しまれないっていうのがエスカレアの判断らしいわ。さ、調査を始めるわよ」
調査といってもボクとレナはジュディアの後ろをついていくだけ。
これはイノシシの足跡だ、イタチの糞だ、食痕だ。シカの鳴き声だ、ムササビの威嚇だ。
夜の森は意外にも騒がしい。
「ねーさまに言われないと全然気付かないよ。まさに調査って感じ」
「慣れっしょ、慣れ。普段見落としてるだけで、痕跡は身近にあるの」
ボクが住んでいる家は適度な山あいで適度な森の中。たまに見かけるタヌキやキツネといった野生動物も、気付いた瞬間に逃げていくから危険を感じることはない。
「一番怖いのは人間だって、向こうもわかっってるから」
夕闇が広がる空にはカラスが群れをなして飛び回り、それをタカが追いかけ回す。
「捕まえて食べようとしてるのかな?」
「あれはカラスのねぐらに偶然タカが近づいたから、ちょっかい出して追い払おうとしたんじゃないかな。それで逆ギレされてると」
別の場所では、見た目には変哲もない木にたくさんの小鳥が吸い込まれている。
「ムクドリよ。こんな場所で珍しいけど」
「木の根元をハンマーで思い切り叩いてみたくなるね」
「やめときなさい。全身フンまみれになるだけだって…………って静かに。フクロウが鳴いてる。距離、二百ってところ」
「ホゥ、ホゥって、言われてみれば確かに。距離までわかるの?」
「これも慣れね。セノーテ爆誕でどうなるかと思ったけれど、以前と変わらないみたい」
ルートDは森の中心部から離れていて街道に近い。街灯が整備されているため、真っ暗な森の中とは少し違った環境になっている。夜でもまれに人の行き来があるためか野生動物を直接目にする機会はないけど、ジュディアの指摘でいくつもの痕跡が発見できた。
「ところで話は変わるんだけれど……」
調査の歩みを進めていたジュディアのペースが少しだけ遅くなる。危険な箇所に差し掛かったのか、もしくは魔獣でも出没したんだろうか。
「そんな大層な話でもなくってー、別に茶化すつもりはないんだけどさー、どうしてあんたたち、腕組んでんのー?」
言葉とは裏腹に瞳は完全に冷やかしている。腕を組むといっても正しくはレナがボクの腕に掴まっている状態であり、これには合理的な理由がある。
「今はレナの探索モードなんだよ。ボクが前方と足元を見て転ばないように支えているんだ。逆にボクがレナに掴まって周囲の危険を察知するのが警戒モード」
「へぇ、一応理由があんのね。息の合ったバディじゃんそれ」
「えへへーん、いいでしょ」
バディって何だと思ったら、相棒とかパートナーって意味なんだね。
探索モードと警戒モードは暗い夜道で有用なんだけど、最も効果が発揮されるのは街中での買い物だったりする。探索モードにしないと、レナが予測不能な動きでふらふらするから周囲に迷惑をかけそうになるんだよね。
「あー、でも確かに便利そう。今度ジュディス相手に試してみよっと」
「ねぇねぇところでさ、ねーさまは植物の調査はやらないの?」
「植物の専門家じゃないからなー。レナは興味あるの?」
「魔術で使ったりするから、少しずつ覚えていこうかなって」
「いい心がけじゃない。でも植物って難しくってさー、種類が多くてね、三千種とかざらなのよ。葉先がトゲトゲか真っすぐかで違うとか、花弁の数が微妙に違う、って感じでね」
「三千って、そんなに?」
「このエリアだけでだよ? 藻類やコケ類なんて専門家がいるくらいだし、でもマイナージャンルすぎて色んな意味で日が当たらないって」
「ウィザードギルドからアルケミストギルドに上がる人もいるって聞いたけど、それだけ大変なジャンルなんだぁ」
「魔術か科学かの違いだけで、専門知識が必要ってのは同じってこと」
さらに昆虫類は上位互換のようなもので、どの花にどの虫が寄ってくるかを判断するための植物知識が必要前提になるという。すべてを覚えるのは困難なため、蝶や蛾、バッタやカブトムシなどひとつに特化して専門家になることが多いという。
「子供って虫が好きっしょ。幼少期に興味を持って熱中したまま大人になったらエキスパートになってたって話、多いのよ。だから大人になってから仕事にしようと思っても、到達なんて不可能な世界なんだって」
「ねーさまは専門ってあるの?」
「わたしは……強いて言えば鳥類かな。エスカレア周辺に限れば二百種くらい覚えれば済むし。多くて四百も覚えれば仕事をするにもなんとかなるし」
ジュディア自身は昔から鳥に興味があったわけではない。
ハンターギルドで調査補助をしたのが鳥類だったというきっかけで、少しずつ身につけていったそうだ。魚類や哺乳類の知識も調査に加わりながら自然と覚えていったという。
「もしかしてねーさま、将来の夢は鳥類の専門家?」
「本物の専門家には敵わないし、なるとすればコミュニケーターかなって思ってる」
「コミュニケーター?」
「調査が必要って人の話を聞いて専門家を紹介する、仲介や営業みたいな役割かな。あとは講演とかイベントで解説員をやったり」
「すごーい。先生みたい」
「教師とか研究職って道もあるね。その場合は専門外を広く覚えなきゃだから、それはそれで難しいかも。どうだろうねー」
普段のジュディアはボクたちと一緒に遊んだりヤンチャしている傍らで、ハンターギルドで得た知見から将来の展望をしっかり見据えている。
「どしたのラド。顔が固まってるよ」
「ねーさまって……夢に向かってしっかり努力してるんだ、尊敬する」
「努力って大げさな。わたしはほら、寮住まいじゃないしさー。家賃やらジュディスの分を含めた生活費を稼がないといけないし。夢はイケメン富豪の玉の輿だもの」
夢という漠然とした未来の話はさておいても、目標を定めて邁進するジュディアが遠く眩しい存在に見えてくる。
レナもまた、魔法を極めようとする明確な目標を持ち続けて知識を吸収している。
それに比べてボクはどうだろう?
夢や目標なんて考えたことはなかった。冒険者として旅を続けていた時からエスカレア特別区での今の生活に変わっても、将来を意識することなく漫然と生きている。
何も変わらず、ずっと続くものだと錯覚しているんだ。
「そんな悲しい顔をしなくても」
「別に悲しいわけじゃないんだけど…………ちょっと置いてけぼりっていうか」
「学園の生徒なんてみんなラドと変わらないってば。まだ十一歳っしょ、具体的な目標がある方が珍しいんだし、今は基礎的な学力を積み重ねておけばいいと思う。それが将来、応用ができるってわけだし」
「ラドくん心配しないで。あたしが魔法の専門家になったら生活も困らないから。ね?」
「それってボク、何にもなれなくて養われるのが前提ってことじゃ……」
「おやおやおやー? それはもしかして結婚ってやつですかぁー?」
「いや、そのっ、そういう意味じゃなくって。ほら、あの……あたしたち、姉弟だから?」




