第二章 航の死
《第2章》
その知らせを聞いたとき、一瞬時が止まった。
「悪い、もう1回言ってくれないか」
「航の遺体が・・・・見つかった」
「嘘じゃ・・・ないんだよな」
わかっていた。もう航がこの世にいないことぐらい。10年前、島から忽然と消えた男が生きているわけがない、頭ではそうわかっていても、心の中では認めたくなかった。かすかな希望を抱き続けていた。
「うん」
そこまで言うと美南の言葉が途切れ、ドン、という音が聞こえた後に、わんわん泣く声が聞こえてきた。その声を聞いて翔太の心がだんだんと状況を呑み込み始め、自分の中の論理的思考が戻ってくるのを感じた。
「おい美南、大丈夫か」
翔太は必死に呼びかけるも美南からの返答はない。それどころか美南の泣き声は、勢いを増してきている。どうやらへたり込んだ際に、スマホを耳から話してしまったようだ。
声を聞こうと少しでも静かなところに移動しようとするが、何処に行っても人、人、人だ。現在の時刻は午後8時。この時間の都会に静かな場所などあるはずがなかった。
「美南、今どこにいる、俺もそっちに行くから」
美南は、何とか声を出そうと涙をこらえようとしたようだが、やはりできないようで、しばらくは嗚咽が続いた。しかし少し落ち着いたころに新宿駅東口から、ほど近い場所にある完全個室のバーの名前を告げた。翔太も何度か行ったことのある店だ。
航が今いるのは池袋駅、新宿であればすぐに行ける。
「わかった、すぐにそっちに行く」
そう告げ、電話を切った後、翔太は山手線のホームに向かって走り出した。
ラッシュ真っ盛りということもあり、やはり山手線は混んでいた。参考書を開く高校生、スマホを見ているサラリーマン、おしゃれをしている20代であろう女性、特に違和感のない光景だ。
しかし、今の翔太にはそれらが酷くゆがみ、醜いものに見えた。
なぜ航はあの時消えたのか、そしてなぜ、今になって遺体が出てきたのか
今考えても仕方のないような問いが頭の中に浮かんでは消えていく。考えても仕方のないことはわかっている、しかしどうしても考えずにはいられない。
新宿駅に着くと、人込みを無理やり押しのけながら美南が告げたバーまで向かう。途中誰かに舌打ちをされたような気もするが、今の翔太にとってそんなことは、どうでもいい。一刻も早く美南のもとに向かう、それしか頭になかった。
やっとのことで店につき、店内に入ると、ちょうど美南が、部屋の中に入っていくのが見えた。店員に美南と待ち合わせしていることを告げ、部屋に入ると美南は沈んだ表情を浮かべながらカクテルを飲んでいた。
見るとテーブルの上には所せましと酒が並べられており、ざっと見ただけで数十杯のグラス、10本以上のボトル、そのうちのいくつかはすでに空になっていた。
「美南か?」
向かい側に座り、声をかけた。
「翔太?ごめんね。来てもらっちゃって」
振り返った美南は涙で化粧は落ち、目は真っ赤だったが、やはり成長したことによる大人の色気を感じさせた。顔や髪型は、島にいた高校生の時とあまり変わっていないのだが、まとう雰囲気やしぐさが、あの時とは少し違う。
「久しぶりだな、6年ぶりか?」
「そうだね、島を出てから結局会わなかったもんね」
あの出発の日、航は港に来なかった。もちろん、島の全員が捜索をした。ひょっとしたら山にでも寄ったのか、それとも時間を忘れて秘密基地にこもっているのか、そんな希望を抱いて、翔太も美南も恵も必死になって、航を探した。だがどこにも、航はいなかった。
あの狭い島の中で、文字通り、消えたのだ。
「そういや、恵には連絡したか?」
そう聞くと、美南は気まずそうに目を伏せた後
「ううん、実は恵とは連絡とってなくて・・・」
「どうした、なんかあったのか?」
「ちょっと、うん、色々ね・・・」
そうはぐらかした後美南は黙った。ここから先は聞くな、という美南なりの意思表示だなと翔太は察した。
「わかった、じゃあ恵には後で俺が伝えておく」
「そうしてくれると助かるわ」正直何があったのかは気になるが、今聞くべきことはそれではない。
「本題に入ろう、航に何があったんだ?」
「今朝、島の沖合で漁船が岩場に引っかかった白骨死体を見つけたの。最初はだれかわからなかったらしいんだけど、DNA鑑定したら、それが、それが・・・・・」
「航だったってことか」
ここまで言うと美南はまた泣き出してしまった。無理もないだろう。翔太の主観ではあるが、美南と航、この二人は、お互いに何か特別な感情を抱いていたような気がする。
それは恋愛感情などではなく、もっと重くどろどろしたようなもの、自分や恵が理解できないもの、いや理解してはいけないものというべきなのかもしれない。
「ごめん、ごめんね。そういう現場には慣れてるはずなのに・・・」
この発言で翔太は、美南が東京で警察官になると言って島を出たことを思いだした。
「いや、いくら警察官だからって親しい人が死んでたら少なからずショックは受ける、別に恥ずかしいことじゃない。それに取り乱さずに話せているだけすごいだろ」
そう言うと美南はあっけにとられたような顔をして、こちらを見たかと思うと少しだけ笑い
「なんか、今の言葉、航みたい」
小さな声で、そうつぶやいた。
「そうか?」
「うん、航が今ここにいたなら、そう言ったんだろうなあって」
そう言って美南は笑ったが、無理をして笑ったといった感じであり、語尾も少し涙声だった。




