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あの日、海が見ていた  作者: 北見剛介


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8/9

旅立ちの日

時が流れるのは早いもので、あっという間に4人が島を出る日がやってきた。そんな日でも航の朝の始まりはいつもと何も変わらない。いつも起きる時間にフェリーの音で起こされ、カーテンを開け、水平線を眺める。この景色も今日で見納めだ、明日からはあの水平線の向こうに自分はいる、そう思うと無性にワクワクしてきた。

「わたるぅ、早く起きなさい、美香はもう起きてるわよぉ」

相変わらず耳に響く声で母親が航を呼んだ。いつものように返事して降りようと思ったが、なにかがおかしいことに気づいた。時計を見ると7時半、いつもであれば母親は家を出ている時間だ。

「母さん、今日店休み?」

「当たり前でしょう、子供の見送りいかないわけにはいかないわよ。とにかくさっさと降りてきなさい」

「はいはい、今行きやーす」そう返事して階段を降りると、母親と美香が満面の笑みをして朝食の席についていた。こころなしかテーブルの上にある朝ごはんも品数がいつもより多く見える。

「どうしたんだ二人とも」

「お兄ちゃん今日が出発だから、最後の朝ごはんはちょっと豪華にしてあげようって」

「私と美香が手間暇かけて作ったのよ」

「美香も作ったのか、すげえなあ」

感心したように航は言った。今までは美香が作った料理と母親が作った料理はかろうじて見分けがついたものだが、今日のは見分けがつかなった。いつの間にここまで料理の腕を上げたのか。きっと母親に教わるだけではなく、料理をしているところを見たり、自分一人で練習したのだろう。

「ありがとな、おいしくいただくよ」航は手を合わせた後、いつも以上に朝食を味わいながら食べた。暖かいごはん、ちゃんと出汁まで取ってある味噌汁、ニシンの煮物、どれもいつも以上に美味い、いやいつも朝食をかきこむように食べていたから本来のおいしさに気づけなかっただけかもしれない。

「どう、おいしい?」美香が待ちきれない様子で聞いた。

「ああ、美味いよ。ありがとな、美香、母さん」

「やったあ」

そう言って美香と母親はハイタッチをしてまるで姉妹のようにはしゃぎあっている。航は朝はあまり食べないほうだが、あっという間にいつもより多い量を平らげてしまった。

「あんた、もう食べたの?」

母親もびっくりした様子で航の茶碗の中を覗き込む。そのまま洗おうとすると

「ああ、今日はいいわよ」

「私と母さんで洗うから」

正直出発の日まで家事をしたくはなかったのでありがたかった。

「そっか、ほんじゃ先にフェリー乗り場に行ってる」

「わかった。私たちも後で行くね」

今の時刻は7時半、航たちは8時半のフェリーに乗る予定なのだが、その前に島民たちとのお別れを済ますということで、7時45分にはフェリー乗り場に行くことになっていた。

「ほんじゃ、行ってきます」そう言って家を出て行こうとすると

「ああ、そうだ。大事なこと忘れてた」

母親が手を叩いて言った。

「どうした」

「母からの最後のメッセージってやつ」

そう言って母親はおもむろに立ち上がると「航、ちょっと後ろ向いて」と航を回れ右させた。そうして大きく深呼吸をしたかと思うと

「航、東京に出たらもっとシャキッとしなさいよ!シャキッと!!」

母親が、笑いながら航の背中をバシンと叩いた。何というか、心の一番深いところをゆすってくるような衝撃だった。

「そうだぞ、お兄ちゃんだらしないから!」

そう言って美香まで航の背中を叩いてきた。

「これが最後のメッセージかよ」

航は苦笑する。最後のメッセージというのは普通「頑張れ」とか「体に気を付けるんだよ」とかではないのか、とも思ったが、これはこれでよいのかもしれない。

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい!」母と美香、二人の声が見事にそろった。その声に背中を押され、航は家を出た。


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