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あの日、海が見ていた  作者: 北見剛介


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7/9

美南の出自

「そう、私は母親が不倫相手との間に作った子供、そのせいで島の人たちからは随分陰口をたたかれるし、父親には冷たくされるし」

しかも、自分の場合は父親が村長の息子だというのがまずかった。買い物をしようと思っても「あんたに売ってやるもんはない」と売ってくれなかったり、家の前に落書きをされたりもした。そのような目に会うたびに母親は「ごめんね、ごめんね」と言いながら泣き、父親はさも当然といったように美南と母親を見下ろしていた。

「そりゃあ、どっちが悪いのかって言ったら不倫した母親だよ、それは分かってる。でも、私を必死に育ててくれたのも母親。父親はお金は出してくれたけど、愛情はくれなかった。それどころか不倫相手の子供だからって、高校は行くな、中学卒業したら水商売やれとか、俺の夜の相手しろとか」

美南は、震えながら必死に言葉を紡いでいた。時々恵が口を挟もうとしたが、その度に航が止めてくれた。その気持ちが美南には嬉しかった。一度話し出せば、最後まで吐き出してしまいたいという気持ちが勝った。

「そんなことも知らないで島の人たちは父親には優しかった。妻が不倫して、子供まで生んだにも関わらず、家を追い出すこともせずに一緒に暮らしている優しい人として見られてた。そんな光景を見るたびに吐き気がしたよ、家では最低なのにって」

1度だけ母親が父親に離婚してくださいと頭を下げたことがあった。その時父親は、「そんなこと許さない」、「一生俺に仕えるんだ」などと言いながら家の中で暴れまくり、母親を殴り、美南を蹴った。その時浮かんだ感情は、怖いや恐ろしいではなく諦めだった。この人には何を言っても無駄だ、もう仕方がない、これが運命だと自分に言い聞かせた。

「でも、みんなは違った。私のことを不倫した女の娘じゃなくて、今川美南っていう一人の人間として見てくれた。それが本当に嬉しかったし、私の支えになってくれた」

「そりゃあどんな経緯で生まれたかなんて関係ないしな、美南は美南だろ」

航がさも当然という風につぶやく。

「全員が全員そう考えるわけじゃないってことだ」翔太が腕を組み、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。

「だから島を出るのがずっと楽しみだったの。やっと胸張って今川美南っていう一人の人間として生きていけるって思った。でも、みんながいなくなったら私はどうなっちゃうんだろ、どうやって生きて行けばいいんだろって思ったら無性に怖くなっちゃって。だからせめて島を出る前にみんなと離れる練習をしておかなきゃと思って・・・」

「だから俺たちを遠ざけたのか」翔太が納得したように言った。その声には怒りやあきれといった感情が感じられない、それが嬉しかった。

「ほんとにごめん。でもそれしか思いつかなくて・・・」

「大丈夫だよ、美南なら」航の確信めいた言い方に美南は首を傾げた。どうして、そんな保証ができるというのだろう、しかし航の言葉には有無を言わさぬ力があった。

「多分だけど、美南は自分が不倫の末にできた子だっていうのを恥じる気持ちが自分のどこかにあるんじゃないか?だから周りに対して潜在的な劣等感があるんだと思う。そういう気持ちが積み重なって、今の自分があるのは俺たちのおかげだと感じてるんだろ」

ああ、そうだったのか。そう考えると今の自分の気持ちに簡単に説明がつく。こんなことならもっと早く打ち明けてみるべきだった。一人で抱え込んで、悩みまくって挙句の果てにみんなに当たり散らして、自分のやっていたことがひどく馬鹿らしく思えた。

「今美南は悩んだ時間は無駄だったとか思ってるかもしれないけど、別にそんなことはないと思うぞ。悩みに向き合って自分なりに悩んで、答えを出した。そういうのって人生において大事な気がすんな」

「なんであんた私の考えてることがわかるのよ」

「お、当たってたかあ」そう言って航は、嬉しそうにげらげらと笑った。自分の本当の気持ちは見せないくせに、人の気持ちは簡単に理解し、その時自分が欲しい言葉をまっすぐに届けてくれる。しかも、自分でさえ気づかなかった心の奥底の気持ちに気づかせてくれた。

「とにかく、その劣等感を感じる必要はない。今の美南があるのは俺たちがいたからじゃない、親に何を言われようと、島の人たちに何を言われようと決して折れなかったお前の心のおかげだ。だからもっと自信を持て」

その言葉を聞いた瞬間、美南は足から力が抜け、立っていられなくなった。そうだ、自分はこれまでずっと頑張ってきた。父親からの暴力に耐え、島の人に理不尽に蔑まれても歯を食いしばって耐えてきた。こんな状況で生きているだけ自分は偉い、偉いんだ。そう思うと急に気持ちが楽になり、今までこらえてきた涙が一気にあふれてきた。航は何も言わず、ただ自分の背中をさすってくれている。

「ありがとう、本当にありがとう・・・・」

「いいって、これですっきりしたか?」

「うん、なんか話したらもう島を出ても大丈夫だって思えた」

「美南も怖かったんだな、島出るの」翔太が安堵した表情で美南を見つめている。その表情は一気に緊張から解き放たれたようでもあり、同時に覚悟を決めた顔をしていた。

「俺も怖かったんだ、島を出るの」翔太が切り出した。先ほど自分が経験したからわかる、翔太も勇気をもって自分と向き合う覚悟を決めたのだ。

「航、俺はずっとお前の背中を追ってきた。俺がどんなに努力しても、お前は簡単に俺を超えちまう。正直不公平だと思った。こんだけ努力してんのになんで航に勝てないんだと、何回そう思ったかわからない。正直航が消えてくれさえすればと思ったこともある。でも、友達にそんな黒い感情を抱いてしまう自分が嫌で嫌で仕方がなかったんだ。そういう時に美南や恵との何気ない会話が俺を救ってくれた。みんなで話すたびに俺はまだここにいていいんだと思えたんだ。ただ島を出る日が迫ってくるごとにだんだん怖くなっていった。島を出たら俺は誰を目標にすればいいのか、何をよりどころにすればいいのかがわからなくなっていった」

話し終えると翔太は全身を震わせ、うつむき、身を縮めていた。その姿はまるで幼い子供が叱られるのにおびえているようだった。

「なんかほっとしたなあ、翔太の話聞いて」恵がふんわりした調子でつぶやいた。

「翔太もそういうこと考えることあるんだなあって、逆に安心したよ」

「どういう、ことだ?」

「だって、自分より優れている人のことを憎いって思うのはだれしもあることだと思うしさ、そういう気持ちが負けたくない、もっと頑張ろうっていう思いにもなるんじゃない?それに目標やよりどころだってきっと見つけられるよ。東京に出て大学に行けばいろんな人がいるんだからさ」

恵はそう言って、にこっと笑い、翔太の手を取って立たせ、深く深く抱きしめた。

「大丈夫、きっと翔太なら大丈夫」

「ありがとう、ありがとう、恵・・・・」

そして翔太も恵のことを抱きしめ返す。その光景を見て美南は、この二人はこの瞬間抱きしめあうために生まれてきたのかもしれない、そう思った。なぜなのかはわからなかったが。



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