沈黙が語るもの
3月になり、二人の受験の合否も発表された。二人とも無事第1志望の大学に合格した。先生からは二人ともわが校の誇りだと今まで見たことのないような笑顔で言われ、島でも島の歴史史上、最高の天才と称されるようになった。
大半の島民から島の誇りと言われ、航の父を批判していた島民でさえ「息子をよくあそこまで立派に育てた」と手のひらを返したように称賛した。中には「それだけ頭が良いなら、島に残ってその頭脳を生かすべきだ」という声もあったが、大半はお祝いムードにあふれていた。今日も島民に声をかけられながら、島を散歩していると翔太に出会った。
「よう」
「翔太か、久しぶりな気がすんな」
「実際そうだぞ、二人とも大学の手続きとかアパートの契約とかいろいろやらなきゃいけなかったからな」
あの図書館の出来事以来、二人の間には妙な緊張感が流れていた。はた目から見るといつも通りなのだが、どこか腹を割って話せないような、そんな感じだ。恵や美南とは話してすらいない。見かけることすらないので、むこうがこちらに気づくと身を隠しているのだなと航は想像していた。
「翔太、俺一つ提案があるんだけどさ」
「恵、美南と話したいんだろ。俺も同じだ」
やはりそうだった。翔太も同じ思いを抱えていたのだ。このまま島を出るわけにはいかないと。4人で思いをぶちまける場が必要だと。
「図書館の出来事以来、二人とは話せてないからな」
「今夜二人であいつらの家に行って、連れ出そうと思うんだけどどうだ」
昼間だと出かけている可能性があるが、夜ならば確実にいると踏んだのだ。たとえ本土に出かけていたとしても、島に帰ってくる船の最終便は午後5時30分。それならば5時45分ごろに家に行けば、二人とも家にいるはずだ。
「賛成」翔太の口元がわずかに緩んだ。しかしその目は誰よりもまっすぐだった。
「じゃあ、5時30分に公民館前の公園で」
「わかった」
冷静な口調だったが、力強い声だった。
「なら、おばさんたちに話通しておかなきゃな。いきなり夜ご飯の時間に家に行ったんじゃ驚かれちまう」
航は笑いながら言った。
「そうだな、俺は恵のほうに行くよ、家隣だし、さっき商店街に入っていくのみたから捕まえられると思う」
「じゃあ俺は美南か」
「ああ、頼んだぞ」
「まかせとけ」
その短い言葉に込められた強さを航は感じ取った。
そうして二人は別々の方向に歩き出した。
すっかり日も落ちた夜の5時15分、航が公園につくとすでに翔太がいて、ブランコの席に座っていた。久しぶりに美南たちと話すと思うと落ち着けずに、家を飛び出してきたのだが翔太のほうが早いとは思わなかった。
「早かったな」
「お前が言うかよ、俺より早く来ておいて」
「なんか落ち着けなくてさ」
「俺もだ」
こうした会話も久しぶりだ。いや、翔太とは今まで軽口をたたきあったことなどなかったかもしれない。航のお目つけ役でいつも航に対して注意してきた翔太に対し苦手意識のようなものを心の中に抱いていたのかもしれない。美南や恵に対してできる物言いが翔太にはできなかったところもあった。翔太のことは尊敬できる島の仲間という印象を抱いていた航だが、受験や美南、恵との人間関係などの共通の苦難を通して、初めて翔太のことを親友と胸を張って言えるようになった気がした。
公園の前にある坂を上り、上った先にある信号を左に曲がったところに恵の家はある。庭には大きなミカンの木があり、島の人たちは恵の家に勝手に入って、ミカンを持っていくこともある。恵の家は、恵が生まれて間もないころに島に引っ越してきたらしく、島の人たちにはよそ者として見られていた時に真っ先に仲良くなったのが隣の翔太の家だったそうだ。今でも二人が楽しそうに話しているのを「風」で見かけることが多い。
「めぐみぃ、いるかあ」
思い切り声を張り上げて叫んだ。正直玄関の鍵もかかってないし、恵の親にも話してあるので勝手に入ってもよいのだが、翔太が
「玄関で声を張り上げろ」
とにやりと笑いながら言ってきた。「なんで」と聞いても「いいから」としか答えない。疑問に思っていたが中から、どしんばたんと誰かが取っ組み合ってるような音が聞こえてきた。
「ああ、そういうことね」
航も翔太がなぜそうしろと言ったのかがわかった。しばらくするとおばさんに引きずられながら髪がぐしゃぐしゃになった恵が出てきた。ばつの悪そうな顔で二人を見つめたと思うと、おばさんのほうを向き、胸をぽかぽかと叩いている。
「ありがとねえ、二人とも。最近恵元気なさそうだったから心配してたのよ。でもこれで安心だわ。じゃあ、あとはごゆっくり」
そう言って、恵のほうを向き、にやりと笑った後に家の中に引っ込んでいった。
恵はおばさんに向かって頬を膨らませた後、下を向き、どこかもじもじした様子だった。
「えと、あの・・・」
「とりあえず、行くか」
翔太も頷き、3人で歩く。
「どこ行くの?」
まだ状況を呑み込めていない恵が聞いた。
「美南の家だ」
「もうすぐ、みんな島を出て行くだろ。その前に4人で話しておこうと思ってな」
翔太がそう言い、航も頷く。
「あの、ほんとにごめん」
恵がそう言って、しおらしそうに謝ったのを見た時に翔太も航も少し吹き出してしまった。
「なによ、何がおかしいの」
頬を膨らませ、恵がむくれた。
「いや、ごめんごめん」
航が笑いながら、口を開いた。
「ただ、恵らしいなと思ってな」
見ると翔太も笑い交じりだ。
「とりあえず、美南の家まで行こうぜ。話はそっからだ」
そう言って3人で美南の家まで歩きだした。島には街灯がほとんどないため、家から漏れ出ている明かりと土地勘を頼りに進んでいく。歩いている間3人は一言も話さなかった。いつもだったら、航や恵のどちらかが無理やりにでも話題を作るものだが、今日はそうしなくてもいいと思った。むしろ沈黙によって3人が同じ思いを共有できる、なぜかそう感じた。




