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第三章 青龍の章――朧月に歌う恋桜

春爛漫、桜の宴でついに再会り

けれど、平安宮中を襲う、花吹雪に紛れて…

恋とバトルの春の夜をご堪能ください。

  春の夜は、花そのものが発光しているみたいだった。

 桜は九分咲き。ひらひらと舞う花片が篝火の赤を透かし、朧な月に淡く照らされて、庭の空気は甘く湿っている。琴と笛の音が水のように流れ、笑い声は御簾の向こうで柔く揺れた。


 今宵は内裏の花宴。

 御簾の陰に座す私は、両脇の桐子と梅枝に挟まれ、場違い感で胸がぎゅっと詰まっていた。


「姫様、御簾の端にお出になってはなりませぬ」桐子が袖をそっと引く。

「そうですそうです! 今宵はやんごとなき御方も、お姿をお見せになるやもしれませんから」梅枝は目をきらりとさせて囁く。


(はいはい、“やんごとなき”ね。現代の私、二十六はゴールデンタイムって信じてたんだけど、ここじゃ“行き遅れ”ステッカー貼られてるのほんと解せない)


 今夜の装いは、浅紫の唐衣に、裳の端へ桜色を一滴だけ差した重ね。藤の刺繍が袖でほの光り、揺れるたびに月明かりを拾って浮かび上がる。女房たちが小声で褒めてくれ、頬が少し熱くなる。

(“#藤色コーデ #平安映え”を付けて流したい衝動……いや、流せないけど!)


 ふと、篝火の脇で囁きが弾けた。


「ご覧あれ……あちらにおわすは太政大臣家のニノ姫、朱理姫様」

 朱の直衣が炎に映え、椿の花みたいに艶やかな若さが匂い立つ。


「第二皇子様に深く愛され、今や御懐妊の噂も」

「されば、いずれは……第二皇子様を東宮に、となさる声も」

「しっ、軽々しき! 帝も東宮様も病の身と囁かれておるのだ。口にすれば不敬ぞ」

「しかし——もしも東宮様が長らえぬなら……朱理姫様こそ、未来の東宮妃にふさわしい」


 さざ波のような囁きが、私の耳まで刺してくる。

(え、つまり“今の東宮様が消えたら第二皇子を東宮へ”ってこと? 政治フラグの色が濃すぎるんですけど)


 胸の奥が、ちりちりと痛んだ。

 私は御簾の前へ促される。女房が扇で合図し、琴の音がすっと細くなる。


「紫乃様、次はあなたにございます」


 喉がからりと鳴る。けれど、月が花を透かして私を照らすと、言葉は勝手にこぼれ出た。


「——照もせず 曇りもはてぬ 春の夜の

   朧なるかな 花の下かげ」


 しん、と空気が澄む。すぐに「澄みおはす」「響きが深い」と感嘆のささやき。

(いや私、文芸少女キャラじゃなかったはずなんだけど!?)


 その時——風の相がひと息で変わった。

 桜吹雪が逆巻き、篝火がしゅんと痩せ、闇の奥から、不気味な羽音が押し寄せる。


「退け!」

 黒衣の陰陽師——朝嵐が袖から符を散らし、地に白い線を走らせる。紅の結界がぱっと燃え立った。

 闇から現れたのは、鳥の群れのような黒い影。嘴は闇そのものを喰い、羽音は鉄を削る。


「姫様、危のうございます!」

 桐子が袖を掴み、梅枝が前に出た。


 ……なのに、私の足は一歩、勝手に前へ出ていた。

(みんなを襲うなら、止めないと——!)

 迫る黒い塊へ、反射的に手を伸ばす。


「紫乃様、なりませぬ!」


 ——ばさり。御簾が揺れた。

 強い腕が私を掬い取る。


 紫の直衣、禁色のほのかな光沢。長く流れる黒髪。ふっと薫る、深くて甘い、高貴な香。

(この香り——冬の白霞神社、月の下で会ったあの人……!)


「無茶をするな」

 低く澄んだ声。あの夜の声、そのままだ。


 抱きとめられた距離が近すぎて、睫毛の影まで数えられそうだ。心臓が暴れ、桜吹雪と一緒に弾けそう。

(ちょっと、近い、ずるい、反則!)


「東は春の気。青き道——青龍よ、昇れ」


 朝嵐の声が夜を裂いた。

 月光と桜吹雪が渦を巻く。花びらが鱗へと変じ、水の竜が天へ立ちのぼる。

 瞳は若葉色、鰭は薄氷。桜をまとって空を翔ける青龍は、美しすぎて言葉を奪った。


 黒影が結界に食らいつく。胸の奥が熱くなり、喉から言葉があふれる。


「——花の枝に 風の声して 夜は更けぬ

   君待つ空に 月ぞさやけき」


 青龍が応えた。鱗がさざめき、花と風が輪を描いて闇を裂く。


 最後の一羽が私に向かって突っ込んでくる——。

 抱く腕が、さらに強く私を庇った。


「……ご無事で」

 耳もとで囁く声。真っ直ぐで、やさしくて、少しだけ翳っている。


 私は見上げる。月光に照らされた横顔は整いすぎていて、眩しくて、どこか儚い。

 そして——確信した。

 この人は、冬の月夜に現れた“月の人”。

 名を呼ぶ資格は、まだないけれど。


 青龍が大きく旋回し、闇の群れをまとめて喰らい尽くす。

 篝火がふっと立ち上がり、ざわめきが戻ってくる。灰と桜片が降りそそぎ、庭は夢のような淡色に染まった。


「見たか……陰陽師だ」「結界だ」「龍が……」


 噂の波がいちど膨らみ——ふ、と風が変わった。

 雲が月を呑む。光が落ち、庭の陰影が深くなる。


 腕の温度が、するりと消えた。


「……え?」


 そこにいたはずの人影が、淡く、ほどけるように薄れて——見えなくなった。

 香りさえ、風にさらわれていく。


(待って、どこへ——?)

 私は思わず一歩踏み出す。けれど、その手は空を掴むだけ。


 すぐそばで、朝嵐が私の動きを止めるように立った。紅の結界は静かに収まり、彼だけが月の行方を見上げている。


「……耳を澄ませ、紫乃」

 氷の声が、私だけに届くほどの小ささで落ちた。

「帝も、あの御方も、“病”などではない」


 胸がぎゅっと縮む。

 朝嵐の銀の睫毛が、月の名残の光を掬った。


「これは——誰かがかけた呪だ。月が照らすときのみ、枷はゆるむ」

「枷……」


「お前の言の葉に、月は応える。青龍が示したろう」

 彼は私の掌へ視線を落とす。


 手の中に、ひとひらの鱗があった。桜の薄紅を孕んだ、ぬくもりのある青。

 いつ落ちたのかも分からないのに、不思議と冷たくない。


「——紫乃様!」

 駆け寄る足音。桐子と梅枝が、顔色をなくして私の袖に取りすがる。


「いまの黒き影……怖うございました……!」

「姫様こそご無事で……! 朱理姫様はお顔色ひとつ変えられず、さすがでございますと皆が——」


(いや、そこ褒めるとこ違うでしょ……って言いたいけど言えない!)


 私は鱗を袖に忍ばせ、ふっと息を吐いた。

 月はまだ雲の向こう。戻ってこない光の気配が、胸にわずかな痛みを残す。けれど——


(もう、飾りの言葉じゃない。私は“届く言葉”を紡ぐ)

(だって——あの人は、月が隠れれば消えてしまう。なら、私が呼ぶ。言霊で、月を、彼を)


 桜の枝越し、雲の輪郭の向こうから、気のせいみたいな白さが差した。

 ほんの一瞬、月が笑った気がして、私は小さく笑い返した。

青龍、ついに登場でした!

恋とバトルの春の夜は、ますます盛り上がっていきます。

次章では呪詛と縁談の噂がさらに動き出し、東宮様・紫乃・朝嵐の三角関係も加速!

次回もぜひお楽しみに

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