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呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る

レティシアの結婚

作者: 樹弦

「呪いと祝福の子らは女神の掌で踊る」の番外編となります。

 レティシア・クロフォードは十五歳の誕生日を迎えたその日、国王陛下の五番目の妻となった。レティシアを差し出さねば家門を取り潰し領地を召し上げると脅されたレティシアの父に残された選択肢など他にはなかった。

 戦地に追いやられた兄はいまだ行方不明のままだ。まだ幼い弟は無邪気にレティシアの花嫁姿を美しいと褒め称えたが、この姿を見せたかった兄も兄の隣にいた強く美しかったあの人ももういない。花嫁修業と称して行われた非道の数々に鏡に映る琥珀色の瞳はすでに死人のように光を失っていた。全てが憎かった。クロフォードの家などなくなってしまえばいい。どうせなら反逆者となってでも牙を剥き華々しく散りたかった。

 淡々と挙式を終え床入りを待つだけとなって、途端にレティシアは恐怖に襲われ震え出した。本当に私はこんな結末を望んでいたのだろうかと。



 やがて扉の開く音がして、銀の髪に紫の瞳の美しい顔立ちの男性が入ってきた。これが兄を死地へと追いやり、淡い恋心を抱いていた翡翠色の髪の魔術師までをも刺し殺した男なのかと思った。レティシアよりも十歳上のはずだがもっと歳上に見える威圧感。慌てて目を伏せる。今憎しみを悟られてはまずい。左手首の腕輪を無意識のうちに触っていた。お前は何もするな、ただ待てばいい。父の言葉が甦る。無言のまま隣に座った国王は、レティシアのその手首を徐ろに掴むと強引に引き寄せて囁いた。


「私がそれほどまでに憎いか?」


 ベッドに押し倒されて腕輪を外され破壊される。見破られた。レティシアは唇を噛む。反対の手で放った炎の魔力も安々と消し去られた。圧倒的な魔力で捻じ伏せられる。服従の魔力で縛り付けられた方がまだマシだと思った。それすら使うに値しない己の無力さが、ただただ悔しい。嫁ぐ前に散々精神を傷めつけられ魔石で魔力を吸い取られなければ、今だって自力で傷を付けることくらいは出来たかもしれないのに。臆病者のくせに巧妙で陰湿な父のやり口には反吐が出る。


「兄と同じ目をしている…そう死に急がずとも、いずれ私は殺される。呪いに蝕まれ壊れてゆく私を見ながらそなたは笑うがいい…」


 国王は唇を歪めてそう言うと徐ろに羽織っていたローブを脱ぎ捨てた。両肩から背中にかけて黒く不気味な蔦模様に覆われている。奇しくもレティシアの背中に埋め込まれた魔石も根を張って両肩を翼のように侵食しつつあった。ダメだ。もう魔力がない。力が抜けるのが分かった。


「残念ね…私が死ぬ方が…早いかもしれないわ…」


 レティシアの皮肉めいたつぶやきに、国王はハッとしたように振り返る。降ろした髪を払われ乱暴にローブを剥ぎ取られる。化粧と微細な魔力で隠された皮膚の下に禍々しい赤い石が燃えていた。レティシアの炎の魔力を吸い続け今にも爆発しそうだ。腕輪はダミーだ。父の選択は己の娘を国王暗殺の最終兵器として使うことだった。緻密な時間の計算だけは得意な人だった。


「さようなら。王さま」


 レティシアが覚えていたのはそこまでだった。最後の一滴まで魔力を吸い取られてレティシアの視界は黒く染まった。



***



 レティシアが目を覚ますと、そこは変わらぬ寝室だった。背中に鈍い痛みが走った。けれどもそのことよりも後ろから誰かに抱き締められていることの方に気を取られた。どういう訳か生きている。


「ようやく気がついたか。全く…兄も妹も無茶ばかりやらかすのがクロフォードの血筋なのか?」


 国王のくぐもった声が聞こえる。レティシアの小さな手を包み込んで国王の魔力が流れ込んでいるのが分かった。そこに混じる失ったはずのレティシア自身の炎の魔力も。


「なぜ…?魔石は…?」


「魔石に溜まった力なら…私が吸い取って奪い返した。こんなところであいつの力の使い方が役立つとは思いもしなかったが」


 国王はふと僅かな含み笑いを漏らす。誰か親しい人のことでも思い出したような素振りだった。


「石を無理に破壊したから背中には傷痕が残るやもしれぬ。クロフォードの娘のそなたは今日死んだ。今ここにいるのはただのレティシアだ。傷が癒えた後はどこへなりともゆくがいい」


 思いもしなかった国王の言葉にレティシアは呆然とする。その選択肢は端から存在しなかったはずだ。クロフォードの家から解放される?そんなことが許されるはずもない。たとえ国王が許したとしてもあの一族は地の果てまで追ってきてレティシアを引き裂くだろう。そう思って、やっとのことで言葉を繋ぐ。


「今さら私にどこへゆけと…それに遠くへ行ったら呪いに殺される国王さまを見届けることができないわ」


 レティシアの言葉に国王の含み笑いが聞こえた。


「どこまでもクロフォードの血筋からは逃れ得ぬという訳か。しばらくはそなたのことも隠そう。計画は失敗に終わり、そなたは私の手により葬られた。いずれにしても筋書きは変えさせてもらう」


 ふと背中の痛みが遠のいていることに気付く。国王の魔力によってレティシアを取り巻いていた残酷な世界ごと全てが遮断されるのが分かった。果たしてこの先に待つのはもっと無情な世界なのか。それとも。

 大勢の血で染まっているであろう国王の手はそれでもなお無骨で温かかった。レティシアの枯渇した魔力を補うその手を握り返し十五歳の少女は必死で嗚咽を押し殺した。


「もう少し眠っておけ…そなたの魔力は熱いな…まるで燃え盛る炎だ」


 低い声に促されるままレティシアはそっと涙で濡れた目を閉じる。流れ込む国王の魔力は水だった。荒れ狂う炎を鎮める雄大な流れに身を任せてレティシアは数年振りに深い眠りに落ちていった。



 それが国王オーブリーと第五王妃レティシアの出逢いであることを知る者はいない。後に国王に瓜二つの子どもが生まれることを、このときの二人はまだ知らなかった。金と青の二つの月だけが、やがて訪れるであろう未来への可能性を秘めたまま大地を照らしていた。

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