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(八)シンヴァルトとの逢瀬

ベイハイム家から帰宅したマグレーテは、焦燥感に駆られていた。


「予想以上に時間がかかってしまいましたわ。大急ぎで準備しませんと」


侍女、メイドが総がかりで服を替え、できる限り着飾り化粧をする。


事件の調査のためシンヴァルトを呼び出したところ、「折角の機会なので街にお誘いしたい。人気のカフェテリアの特別室を永年貸し切りにしているのでそちらで話をしよう」との返事だったのだ。


婚約破棄されるまで皇子の婚約者として過ごしたマグレーテは、自分に興味を持たないその相手からは一度もそのような誘いを受けたことがない。


異性に誘われるという事態に免疫がない彼女は、今、すっかり舞い上がってしまっていた。


ただ、忙しく身支度をする傍ら、彼女は仕事のことも忘れない。


「ルル、ルル!これを」


メイドに差し出したのはベイハイム家で発見したあの小瓶と、馬車の中で急いでしたためた手紙である。


ルルは帝国軍の秘密機関である史料編纂室とのやり取りを行う、メッセンジャーとしての役割も担っている。手紙は編纂室所属の魔法薬師宛で、魔法薬の解析を依頼するものだ。


ルルはさりげなく、無言でそれを受け取ると、いつの間にか部屋から姿を消した。



カフェテリア、銘池風味堂。帝都で最も高級な通りに店を構え、そこで男性とお茶を楽しむことは全ての女性の憧れとされている。そこに招かれたマグレーテは柄にもなく緊張していた。


「さ、さすがに雰囲気が違いますわね。わたくし、こういったお店は初めてで……」


「寛いでくれるといい。ここはサービスも一流だ。お茶のお好みは?」


対照的に、シンヴァルトは余裕の表情だ。


「わたくし、お茶にはうるさいですわよ。ティーダル州、ヨーリン産の一番茶を」


「はは、さすが、通好みの逸品だ。……茶はそれを2人分、それと黒スグリのケーキを」


ウェイターが「かしこまりました」と去ると、マグレーテは居住まいを正した。残念ながら、これはただの逢引きではなく事件の調査でもあるのだ。


「さて、シンヴァルト様。取り繕っても仕方のないことですから、単刀直入に伺いますわ。貴方、ベイグリッドが受けていた嫌がらせについて、どの程度ご存知ですの?」


シンヴァルトも表情を真剣なものに変えた。


「大体は把握している。正直なところ、フィセル、シェゾナの2人には女神の罰が降ったのだと思っているよ。こうなれば、次はロクサーヌに何か起きるのかもしれないね」


(ロクサーヌ!確か、日記にその名がありましたのに……どうして今まで忘れていたのかしら!)


マグレーテは扇子で顔を隠し、動揺を気取られまいと必死だ。


「ああ、怖い。まさか、貴方もベイグリッドの呪いだと仰りますの?」


動揺を恐怖のせいと誤魔化すために発した言葉であったが、シンヴァルトの反応は思いがけないものだった。


「……彼女は優しい人だった。呪いだなどと言って侮辱することは許さない」


殺気さえ孕んだ、鋭い視線。静かだが地の底から響くような低い声。マグレーテは慌てて取り繕った。


「わたくしは、呪いなど信じませんわ。……それにしても、そんなに怖いお顔をなさって……貴方、ベイグリッド様への想いは本物だったらしいですわね」


ウェイターがそっとポットを置き、湯を注ぐ。ふわり、と芳香が漂った。そのせいか、シンヴァルトは目付きを和らげる。


「彼女に想いを残しながら、君をこんな所に誘って……俺は酷い男だ」


「いいえ。言うまでもなく、貴族の婚姻は政治や家の事情で決まるもの。こうして逢引きしてくださるだけ、貴方は誠実ですわ」


「やれやれ、元、皇子殿下は余程不誠実だったらしい」


マグレーテのいわれのない罪を信じて婚約を破棄し、断罪の果てに幽閉した男。その話題を出すとは何とも無神経といえるだろう。


相手が隙を見せたことに、マグレーテはほくそ笑んだ。


「その話題を持ち出すとは、意趣返しかしら?彼女への愛を貫こうとした貴方にとって、わたくしと殿下の有様は、さぞ滑稽だったでしょうね」


「気を悪くさせてしまったようだ……済まない」


シンヴァルトの失言をフォローするかのように、ウェイターがポットに被せていたコゼーを外し、カップに茶を注ぐ。馥郁たる香りが部屋を満たした。


「よろしくてよ……ところで彼女、生前にエライリー家の養女になる話が撤回されていた、というのは本当ですの?」


その言葉を聞くや、シンヴァルトは無作法にも立ち上がった。


「一体誰がそんなことを!」


「落ち着いてくださいまし。このことは、ベイグリッド……様のお父上から託された、日記にありましたのよ」


「日記……そんなものが……」


(ご存知なかったのね……)


「ええ。涙なしには読めない、悲痛な内容でしたわ……貴方は読まない方がいいかも知れませんわね」


シンヴァルトは目尻をピクピクと痙攣させてマグレーテを見た。刺すような視線に高まる緊張。暫しの沈黙——


「お待たせいたしました。黒スグリのケーキです」


場の緊張感に当てられたのか、やや上擦った声でウェイターがケーキを置いた。


「まぁ、なんて可愛らしいケーキ」


マグレーテは敢えて余裕の表情でケーキを口に運ぶ。


「さすが、洗練された味ですわね。甘すぎず、くどすぎず、絶妙な塩梅……選んでくださいまして、ありがとうございますわ」


唇に着いたクリームをちろり、と舌で舐め取る計算ずくの仕草。シンヴァルトは凶相を収め、毒気を抜かれたように答えた。


「貴女は不思議な人だ……調子が狂う」


マグレーテはフォークを置き、扇子を口元に当てながら続ける。


「日記には、貴方からの手紙で、養女の件が白紙になったことを知ったと」


彼は右手を頭にやり、褐色の髪をぐしゃりと掴んだ。


「そんな手紙のことは知らない。養女のことも、事実ではない」


「でしょうね。養女の件が撤回された事実がないことは、エライリー侯爵家にも確認済みですわ」


「ではなぜそんな手紙が」


マグレーテは一度カップを手にし、茶を一服した。


「悪意を持った誰かが、偽の手紙を送ったとしか考えられませんわね。


フィセル様、シェゾナ様、それと……ロクサーヌ様。あるいは、学院で同じクラスだったというルクリスなる娘——そのいずれかがその送り主ではないかと、わたくしは睨んでおりますの」


カタリ


ティーソーサーに置かれたスプーンが滑り、カップに当たって立てた音がやけに大きく感じられた。

※ルルはかつて、マグレーテの使いとして行動した際には「素人臭い」と評されていましたが、史料編纂室とのやり取りを始めてからは、見違えるほど洗練された動きを見せるようになりました。

もしご興味あれば、拙作「婚約破棄された公爵令嬢の取り巻き(モブ)は凄腕スナイパーになりました」をご覧ください。


<八話登場人物>

▼特別調査隊

 マグレーテ:主人公、婚活脳

▼アークネスト公爵家

 ルル:マグレーテの隠密メイド

 侍女、メイド:皆優秀

▼元皇家

 元皇子:マグレーテの元婚約者、そこに愛はなかった

▼エライリー侯爵家

 シンヴァルト:婚約者候補筆頭、ベイグリッドへの想いは本物

▼銘池風味堂

 ウェイター:そのサービスは一流

▼?

 ロクサーヌ:次の被害者?、いじめ加害者

▼ベイハイム伯爵家

 †フィセル:水中で変死(1)、いじめ加害者

▼エイザー伯爵家

 †シェゾナ:水中で変死(2)、いじめ加害者

▼?

 ルクリス:ベイグリッドの友人、偽手紙の容疑者?

▼騎士爵家

 †ベイグリッド:いじめの果てに水中で変死(0)

 お父上:ベイグリッドの父、帝国軍教官

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