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(七)魔法薬

発狂したとしか思えないベイハイム夫人、それが寝室に戻されてしばらく後。マグレーテは応接間で、すっかり憔悴した伯爵と対面していた。夫人は、イアノーラがうまくベッドに“寝かしつけた”という。


「伯爵、ご病気なのはご自分ではなく奥様でしたのね。どうして本当のことを仰らなかったのです?」


「……マグレーテ様には、あれが病気に見えますか?妻は娘が亡くなってから食も細くなり塞ぎ込んでいたのですが、つい昨日からあの有様で……シェゾナ嬢の言う通り、やはりこれは呪いなのでは、と我が家の不名誉になることを恐れたのです」


「このようなことはあまり申し上げたくありませんが、わたくしは陛下の勅命で動いておりますのよ?嘘や隠し事は、御家のためになりませんのでご注意あそばせ。……ところで奥様はしきりに水、と叫ばれていましたが、どのようなご様子なのです?」


伯爵は身を縮こまらせた。


「はい、平にご容赦を……妻は、昨夜、シルヴィスが湯浴みしているところに入り込もうとしまして。もう母親が入浴の面倒を見るような年の子ではないと言って聞かせたときにはまだ大人しかったのですが、しばらくすると今度は浴室に娘がいると言い出しまして……


これは普通ではないと寝室に閉じ込めて使用人に見張らせたのですが、次第に水、水、と水に執着を見せるようになり、浴槽はもう空だと告げれば今度は噴水に行くと」


マグレーテは違和感を覚えた。娘が変死した噴水、それをなぜ、そのままにしているのか。


「それは、フィセル様が亡くなっていた噴水ですわね?もう水を止めてしまった方が、よろしいのではなくて?」


「それが、契約している庭師が来なくなっておりまして、誰も止め方が分からんのです。マガリムシもわいていますので、潰してしまいたいのですが」


「父上、だからあのような庭師は止めた方がよいと申し上げたのです。あのオブロという男、評判が悪いと聞きます」


シルヴィスが口を挟むと伯爵は窘めた。


「これ、シルヴィス。庭師のことはこの話には関係ないだろう」


そして伯爵は続けた。


「その噴水に妻が執拗に行きたがるものですから、それはもうゾッとしまして。だんだん酷く暴れるようになったので、私も一緒になって押さえ付けていたのでございます。先ほどはお助けいただいて本当にありがとうございました」


ここでアノンが口を挟んだ。


「よろしいですが、隊長」


「ええ、何か気になることでも?」


「はい。2つの事件では、いずれも侵入者の形跡はないのに被害者は水に落ちて発見されております。先ほどの夫人のように、水に執着して自分から飛び込んだのでは、と」


(なるほど、それは検討する価値のある仮説ですわね)


「奥様はだんだんと水への執着を強めていると仰いましたわね。もし、最初に浴室に入ろうとしたときに誰も気付かず止めなければ、水に入ったと思われます?」


伯爵は青ざめて答えた。


「ええ、きっとそうに違いありません!ああ、何ということだ、妻まで水の底で死体になろうとしているなんて……呪い、そうだ、やはり呪いに違いありません!どうかお助けを!」


「落ち着いてくださいまし!とにかく、奥様を調べてみましょう。寝室にご案内いただけますこと?」



寝室で、夫人はシーツでうまく包まれ、動けないよう拘束されていた。もっとも、暴れ疲れたのか今は脱力し、眠っているようだ。


「フィセル様のご遺体と同じように、まず、魔法の影響を調べます」


マグレーテは手をかざし集中。薄暗い寝室でその手が淡く白い輝きを放った。


「……魔法の痕跡を感じますわ!これは、魔法薬。お腹の中、かなり狭い範囲に集まっておりますわね」


「魔法薬ですと?一体どんな?」


伯爵が驚く。


「そこまでは分かりかねますわ。正確に言えば、私の魔法解析というのは魔法薬を作る魔法が使われた、ということが分かる感じですの。魔法薬の種類は、どんなに魔法の精度を上げても分からないと思いますわ」


「誰かが魔法薬を盛った……ということです?」


念のためにとシーツを押さえながら、イアノーラが疑問を口にする。


「どうにかして夫人に魔法薬を飲ませたとして、それがこのように1つの場所に集まるのは不自然ですわ。ですが、お腹を裂いて見るわけにもいきませんし、今日はこれ以上のことは分かりそうにありませんわね」


そして、飲まされた魔法薬に関する手掛かりはないかと寝室を捜索したところ、鏡台の引き出しから怪しい小瓶が見付かった。“愛しい人との夢を見られる薬”と書かれたその瓶の底にはわずかな液体が残っている。再び魔法解析を試みると、瓶には確かに魔法薬の反応があった。


「証拠はありませんが、これを奥様が飲まれた、という可能性が高いですわね。まずは調べてみましょう」


「何の魔法薬だかすぐに分からないのではどうにもならないではありませんか!妻はこのままだと……ああ、どうしてこんなことに……」


伯爵は膝をつき、力なく項垂れた。


とにかく、この状態の夫人を水に接触させるのは絶対に避けなければならない。原因と解決策がはっきりするまで、ベッドに縛り付けて動けないようにするしかないだろう。


<七話登場人物>

▼特別調査隊

 マグレーテ:主人公、婚活中

 アノン少尉:閃きを発揮

 イアノーラ曹長:ビビりだが有能

▼ベイハイム伯爵家

 †フィセル:水中で変死(1)、いじめ加害者

 伯爵:世間体が大事

 シルヴィス:14歳だがしっかりもの、婚約者候補?

 夫人:体内に魔法薬反応あり

 オブロ:庭師、もう来なくなった

▼エイザー伯爵家

 †シェゾナ:水中で変死(2)、いじめ加害者

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