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(六)ベイハイム家の異変

調査隊がシェゾナの兄、ビオジェロの手引きでフィセル・ベイハイムの家族に面会したのは3日後であった。勅命を振りかざせばもっと早く調査することもできたが、穏便に徹した方が協力的な態度を引き出せるだろうという判断である。


訪れたベイハイム伯爵家は、長女を失った悲しみに暮れている……だけでは説明のつかない、奇妙な緊張感に包まれていた。屋敷の中は妙に埃っぽく、使用人の数が少ないように見える。カーテンが引かれている窓が多い一方で、照明はまばら。薄暗く不気味さを覚えた。


当主である伯爵は病で臥せっているとのことで、応接間で対応するのはフィセルの弟、まだ14歳のシルヴィスである。


「当家長男、シルヴィス・ベイハイムです。このたびは御家で起きた事件について調査されているとのこと、まことにお疲れさまでございます。事件は当家で姉、フィセルに起きたものとよく似ていると聞きました。当家として、捜査に全面的に協力するよう、父より仰せつかっております」


(しっかりした弟君ですわね。もう少し年上ならわたくしの……いけませんわ。そのような目的で来たのではございませんことよ)


つい、婚活脳に引きずられそうになったマグレーテは気を引き締め直した。


「勅命でシェゾナ・エイザー様の事件について調査をしております、マグレーテ・アークネストでございます。


状況から、シェゾナ様とフィセル様に起きた事件の犯人は同一人物と考えるのが自然ですの。確認いたしますが、御家で起きた事件後、侵入者などの痕跡は新たに見つかってございますか?」


「いえ、何も」


「では、御家での事件以来、今回亡くなったシェゾナ様が“ベイグリッドの呪い”に怯えていらしたことはご存じ?」


シルヴィスは目を伏せ黙り込んだ。傍らの執事が「坊ちゃま」と窘めると、おずおずと口を開く。


「……姉が、ベイグリッドという娘に何をしたのか、どこまで把握されているのですか?」


「申し上げられませんわ。私たちが何をどこまで知っているかと、御家が何をご存じなのかは、関係のないことではございませんこと?」


「道理でございます……姉の、恥を晒すのは心苦しいのですが……姉がシェゾナさんたちと一緒に、その娘に多くの嫌がらせをしてきたことは知っています。


何でも魔法学院にいられなくなるよう仕向け、自宅に籠っているところを更に人を使って脅迫したとか……平民相手にしたこととはいえ、決して褒められたことではありません。


結果、その娘が亡くなり、姉も変死したので、シェゾナさんは娘の呪いのせいだ、と姉の葬儀でも騒いでおられました」


どうやら、ベイグリッドの日記に書かれていたことは概ね本当だったようだ。


「嫌がらせの目的はご存じかしら?」


「その娘とエライリー家のシンヴァルト様との恋路を邪魔するためと。姉のやり方は問題でしたが、侯爵家のご令息が平民の娘を正妻に迎えようとするほうが、どうかしています」


(養女の件も把握しているということですわね)


「嫌がらせがエスカレートしたのはベイグリッド嬢がエライリー侯爵の養女になる話が持ち上がった頃からですわ。この養女の件、おおっぴらにするようなことではございませんが、フィセル様はどのようにしてお知りに?」


「それは……フス、分かるか?」


シルヴィスに問われ、執事が代わりに答える。


「当家はエライリー侯爵家の寄り家でございます。旦那様やシェゾナ様が、直接侯爵家からそれを聞く機会があっても、おかしくはございません。


……少し、失礼いたします」


そのとき、にわかに室外が騒がしくなった。フスと呼ばれた執事は様子を見ようと扉に近付いたが、扉は部屋の外から開けられ、半狂乱の女性が入って来る。


「ああ、水、水!水の中にフィセルがいるのよ。皆には呼んでいるのが聞こえないのかしら!


あら、お客様ね。娘をご紹介しましょう。庭の噴水までご案内しましょうね」


女性には使用人が何人も取り付き動きを止めようとしているが、凄まじい力でそれが振りほどかれそうになっている。その目は虚ろで、肌は荒れ、髪を振り乱す姿は地獄の亡者を思わせた。


「母上、どうして!……お前たち、一体何をしている!早く寝室に押し戻せ!」


シルヴィスが血相を変えて立ち上がると、女性の腰にしがみついている中年の男が叫んだ。


「さっきから激しく暴れ出したのだ!フスカープ、お前も手伝え!」


よく見ればそれは、臥せっているはずのベイハイム伯爵だ。


護衛を兼ねるアノンとイアノーラがマグレーテの前に立ち、剣に手をかけ警戒した。だが、よく見ればイアノーラのその手は震えている。


「……なんですか、あれ。怖すぎなんですけど……」


なおも伯爵夫人は暴れ、激しく奇声を上げている。


「と、とにかくお手伝いしましょう。アノン、よろしく」


マグレーテの命令を、アノンは拒否した。


「いけません。自分はお嬢様の護衛に専念します。イアノーラ、お前が行け」


「えええ、わたしですか!?……はい……分かりました……」


イアノーラは嫌がったが、アノンがジロリと目を向けると渋々命令に従い夫人を押さえ付ける側に回った。執事とイアノーラの加勢を受けて、夫人は「水、水!」と叫びながら室外に押し戻されていく。


「驚きましたわ。一体何が起きていますの?」


マグレーテの問いに、一人残されたシルヴィスは口を引き結び、何も答えようとしなかった。

<六話登場人物>

▼特別調査隊

 マグレーテ:主人公、婚活脳

 アノン少尉:護衛に専念

 イアノーラ曹長:ビビり

▼ベイハイム伯爵家

 †フィセル:水中で変死(1)、いじめ加害者

 伯爵:仮病を使い、夫人を取り押さえていた

 シルヴィス:14歳だがしっかりもの、婚約者候補?

 フスカープ(フス):執事

 夫人:ヤバい状態

▼エイザー伯爵家

 †シェゾナ:水中で変死(2)、いじめ加害者

▼エライリー侯爵家

 シンヴァルト:婚約者候補筆頭、ベイグリッドの元恋人

▼騎士爵家

 †ベイグリッド:いじめの果てに水中で変死(0)

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