(五)ベイグリッドの日記
※ひとりの少女が精神的に追い詰められていく過程が描かれます。苛めや孤立に関する描写が続きますので、心理的にご負担となる方は読まずに次話にお進みください。
帰宅したマグレーテは、ベイグリッドの養子縁組の件について、エライリー侯爵家への事実確認をアノンとイアノーラに命じた。
そして、自らは預かった日記を開いた。
日記にはシンヴァルトへの想いや幸せな交流、楽しい学校生活や穏やかな家庭生活がしばらく記された後、エライリー家とのやり取りについても書かれている。
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12月11日
今日、エライリー侯爵にお会いした。
ものすごく緊張したけれども優しい方で、ああ、シンヴァルト様のお父様なのだ、と思った。
私たちの結婚を認めるのにはまだ早いと仰ったけれども、その準備のために養女にしてくれるって。
嬉しい。
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12月17日
私、ルクリスにしか養女のことは話していないのに。
どうしてシェゾナ様のような伯爵家のお嬢様が、平民クラスに来て養女は諦めろなんて言うんだろう。
ルクリスは誰にも話していないって言うけれど。
ルクリスのことを信じたい。
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12月18日
今日はフィセル様まで教室にいらっしゃった。
私のことをゴミ、うすのろ、と言って突き飛ばしてきた。
シンヴァルト様と会うのをやめろと言われて、涙が止まらなかった。
後でルクリスがなぐさめてくれたけど、とてもつらい。
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平民クラスというのは国立魔法学院のことだろう。魔法が励起できる国民は貴賤を問わず入学が義務付けられている魔法学院。マグレーテは先日までそこの生徒会長を務めていた。
伯爵令嬢であるフィセル、シェゾナの名前は知っていたが、平民とは校舎も離れており、ベイグリッド、ルクリスの名は記憶になかった。
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1月10日
最近、教室でものがよくなくなる。
誰か知らないか、聞いてみてもクスクス笑うだけで誰も教えてくれない。
つらい。
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1月12日
エバをルクリスが拘束魔法で締め上げて泣かせた。
ルクリスは先生にすごく叱られていた。ルクリスごめんね。
エバは泣きながら、シェゾナ様に言われて私のものを盗ったって。
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1月15日
ルクリスもエバも、学校に来ていない。謹慎なんだって。
盗られたものは少し戻って来たけれど、クラスの誰も、わたしと話をしてくれなくなった。
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1月15日
久しぶりにシンヴァルト様とお出かけ。
カフェでお茶を飲んで、寒いだろうって、手袋を買ってくれた。
嬉しい。
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1月16日
シェゾナ様とロクサーヌ様が待ち伏せをしていた。
顔のまわりに水の玉を作られて、苦しかった。
ロクサーヌ様の魔法なんだって。
先生が来たから2人ともいなくなったけど、先生は、何もなかったことにしなさいって。
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(魔法で私闘をすれば校則で厳罰になるはずですのに……貴族相手だからとこのような対応、許されることではございませんわ!)
マグレーテは怒り、急いで学院への抗議文をしたためた。少々頭に血が上った彼女は、そのうち“ロクサーヌ”の名が書かれていたことをつい、失念してしまう。この日記にその名が書かれているのはただ、この1か所だったのに。
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1月30日
どこでお貴族様に痛い目にあわされるか分からないし、みんなに無視されるし、学院が辛い。
朝起きると、お腹が痛くなる。
今日は休んだ。
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2月10日
最近、教練所にお父さんに会いに行くほかは、外出していないなあ。
家に来るのもルクリスだけだ。
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2月14日
シンヴァルト様がお迎えにいらっしゃったのに、家から出られなかった。
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2月20日
家に怖い人が来て、扉や壁をドンドン叩いてきた。
恐ろしくて外に出られない。
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2月27日
昨日、毎日来る怖い人のことをお父さんに相談した。
お父さんは1日仕事を休んでくれて、今日は外を見張ってくれたから安心。
でも、毎日お休みはできないし、もう、怖い人が来ても相談できないね。
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3月4日
ルクリスとケンカした。
毎日怖い人が外にいるのに、ルクリスが来るときだけいなくなるなんて変だもん。
怖い人を呼んでいるのがルクリスだからに決まっている。
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3月8日
シンヴァルト様が来る日ではなかったはずなのだけれど。
外ですごい物音と、叫び声がして。
シンヴァルト様の声がしたから恐々玄関を開けたら、どうして黙っていたんだって叱られた。
外にいた怖い人たちは、シンヴァルト様の護衛の人がやっつけたんだって。
お父さんにもお話がいったから、もう怖い人は来ていないってウソを言ったのがバレてしまった。
お父さん、ごめんね。
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3月12日
シンヴァルト様からの手紙。
怖い人たちはフィセル様とその仲間の人に雇われていたんだって。
シンヴァルト様が抗議してくれたからもう大丈夫って書いてあったけれど、まだ、外はちょっと怖い。
ルクリスと怖い人たちとの関係は、よく分からない。
まだ、疑ってしまうけれど、本当は違っているとしたら。
酷いことを言ってしまった自分が嫌になる。
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3月22日
もう死にたい。
シンヴァルト様からの手紙に、養女の話はなくなったって。
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彼女が亡くなったという日の、およそ1月半ほど前で日記は途切れていた。マグレーテは、涙が止まらず嗚咽を漏らした。そして、シンヴァルトと、日記に登場したルクリスという同級生に事情を聞かなければと決意した。
(ルクリス……友人のようですけれども、フィセル、シェゾナの手先のようにも読めますわ。教室でエバという子を締め上げたというのも、自分を信用させるための演技だったのかもしれませんし……今はまだ、何とも言えませんわね)
<五話登場人物>
▼特別調査隊
マグレーテ:主人公、婚活中、涙腺崩壊
アノン少尉:エライリー侯爵家にお使い中
イアノーラ曹長:同上
▼ベイハイム伯爵家
†フィセル:水中で変死(1)、いじめ加害者
▼エイザー伯爵家
†シェゾナ:水中で変死(2)、いじめ加害者
▼エライリー侯爵家
シンヴァルト:婚約者候補筆頭、ベイグリッドの元恋人
侯爵:ベイグリッドの養子縁組を認める
▼騎士爵家
†ベイグリッド:いじめの果てに水中で変死(0)
お父さん(ヴィンロー):ベイグリッドの父、帝国軍教官
▼日記に記載の人物
ルクリス:友人だが疑惑も
エバ:クラスメート、泥棒、いじめ加害者
ロクサーヌ:水魔法遣い、いじめ加害者
先生:教師失格