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(二十一)婚活令嬢の結末

(暑い、息苦しい……)


公爵家に戻ったマグレーテは、深夜、目を覚ました。いつも快適に整えられているはずの彼女の寝室は、酷くじめじめしているようで気持ちが悪い。彼女は人を呼ぶために枕元のベルを手にしようとしたが、いくら手探りしてもベルは見つからなかった。


「ルル、ルル!部屋が酷く暑くて過ごせませんわ!」


呼んでみるが、誰も部屋に来る様子はない。


「セバズレン!アズロ!誰かいないの!」


(はあ、暑い、水、水が欲しいですわ)


とうとうマグレーテは夜着1枚で立ち上がり、フラフラと部屋を出た。


屋敷の廊下は所々に小さな明かりが灯されているが、薄暗く、誰もおらず不気味だった。公爵家ともなると、いつもならば深夜でも何らかの仕事をしている人が起きていたりするものであるが、この数日大変なことが多かったので、皆、寝静まっているのだ。


(水、そうですわ、お庭にいきましょう……鯉を泳がせている池に入れば、きっと涼しいわ……)


はだしでぺたぺたと廊下を歩く彼女を止める者は誰もいない。どういうわけか廊下も酷く蒸し暑く感じられ、早く外に出たいと思ってしまう。


そして、とうとう中庭に出た彼女は鯉が泳ぐ池、先日、シェゾナが亡くなったあの池へと小走りで駆けていく。もう、水に入りたくて居ても立っても居られないのだ。


明るくあたりを照らしていた月が、雲に隠れる。シン、と静かな闇の中、マグレーテは薄赤い流星を見た、と思った――そして、急に意識がはっきりする。


(胃の当たりが猛烈に熱いですわ。どうなっていますの?体が勝手に走って……嫌!池に入ってはいけないわ!)


彼女の心は恐怖に塗りつぶされた。これは巨大マガリムシによる症状に違いない。事件の調査をする彼女を排除するため、シンヴァルトは自分にまで殺意を向けていたのだ。


とうとう池が視界に入る。


(嫌、嫌、嫌ですわ!どなたか助けて!誰か!――ヒューミリア様!……)


そのとき、マグレーテはまたあの薄赤い光が翻るのを見た。見間違うはずもないその光は、淡紅の魔女という二つ名の由来となった、女帝ヒューミリアの魔力光だ。


(ああ、ヒューミリア様!最期にお会いしたかった……)


ドン


そんなことを思うマグレーテの胸を、衝撃が貫く。


(何!?……ああ、死ぬのね……女神様、今、御許へ……)


ドサリ


彼女は茂みに仰向けに倒れた。



「マグレーテ様、マグレーテ様!」


誰かに抱きしめられているのを感じたマグレーテは薄っすらと目をあけた。


「ヒュー、ミリア、様……どうして……」


「ああ、良かった!マグレーテ様!心配しましたのよ!?ううぅ……」


顔をクシャクシャにして泣きじゃくる女帝はひときわ強くマグレーテを抱きしめ、その体に力が戻ったのを感じると、今度はぺたぺたと顔や体に手を当て無事を確認する。


「一体、どうなっていますの?蟲は?」


女帝は尚も泣きながら話し始めた。


「シンヴァルトがマグレーテ様に蟲を使ったと自供しましたの。それで、紫電遠雷を掴んで飛んできたのですわ」


紫電遠雷――それは、彼女を女帝たらしめている古代魔道具である。多彩な攻撃魔法を放つ紫電遠雷、規格外の脚力を誇る魔道義足、長距離戦での圧倒的な優位をもたらす洗練された遠見の魔法、彼女を恐るべき暗殺者と化す気配隠しの魔法。さらに、それらを存分に振るうに堪える膨大な魔力。


一人で戦場をひっくり返すことができるその力を、彼女は愛する友人のために惜しみなく注いだようだ。


「屋敷の塀を飛び越えながら、池に向かって走るマグレーテ様を見たときには心臓が止まるかと思いましたわ。貴女の危機だと思って遠見の魔法に意識を集中したら、体内の蟲まではっきり見えましたの」


これがヒューミリアという女性の、最も凄いところである。このような土壇場、失敗の許されない瞬間に最高の集中力を発揮する。英雄の器なのだ。


「紫電遠雷の長距離消去魔法で蟲は消滅させましたわ。もう、安心なさって大丈夫ですのよ」


マグレーテの口がへの字に曲がり、目から涙が溢れだした。そして、ヒューミリアに抱き付き返すとわんわんと泣き喚いた。


「ヒュ、ヒューミリア様……怖かった……体が勝手に池に向かって……わたしくもロクサーヌ様のように体を食い破られて死ぬのだと……ありがとうございます、愛しています!」


「ええ、恐ろしかったですわね……マグレーテ様、ずっと私が一緒ですわ。どんな怖いものからも、守って差し上げます!」


「えええん、ヒューミリア様!もう、婚約するのはヒューミリア様がいいですわ……犯罪者に泥まみれに変態にちんちくりんの子供に……全然まともな男がいないのですもの」


「マグレーテ様と……結婚?」


ヒューミリアは虚を突かれ、じっとマグレーテの顔を見た。しばし、見つめ合う二人……やがて、どちらともなく噴き出し、互いに笑いあった。



翌日、女帝はベイハイム家を訪れ、夫人の体内の蟲も消滅させた。夫人は衰弱しているが、療養を続けて何とか回復して欲しいところである。


エライリー侯爵は逮捕された容疑のほか、屋敷を捜索したところ国税に関して不正な会計を行ったいたことも明らかになった。エライリー侯爵家は取り潰し、侯爵自身は殺人に加え、領民を裏切った罪により斬首刑となった。


シンヴァルトは自白をした夜、女帝に激しく殴打されて大けがを負った。頭を打った彼は、意識を取り戻すとすっかり記憶を失っていたという。


「ミリア、シンヴァルトはやはり、ベイグリッドと会う以前の記憶しか、思い出せないようです……ようだよ。そろそろ、彼の処遇を決めてはどうかな?」


ヒューミリアに報告するのはウェーブのかかった金の髪に甘いピンクゴールドの瞳、少し女性的だがはっきりとした顔立ちの、白い騎士服に身を包んだ“男性”だ。


「グレ、私自身はまだ、彼を許せずにおりますわ。仮にも私の一番大切な人を傷付けたのですもの。例え記憶がなくても、罪は償っていただかなければならないのではなくて?」


男性はヒューミリアに、額同士がくっつかんばかりに顔を近付けた。


「ミリア、何度も確認したでしょう。彼の罪は公式には全てエライリー侯爵がしたことになったのですから、罰する理由がありませんよ。……それに、ある意味では彼は私たちの縁を結んだとも言えます……言えるのだから、それも差し引いて考えたらどうですか?」


そう、この若干話し方が不安定な男性は、マグレストと名を変えたマグレーテである。女帝の命で天才薬師セリネが女性を男性にしてしまう魔法薬を作り上げ、それを躊躇なく飲んだ結果がこれだ。


「貴方が仰るなら仕方ありませんわね、グレ。何か案でも?」


「ベイグリッドの父上、軍教官ヴィンローの養子にしてはどうでしょう?既に打診してみましたが、その記憶がもう無くても娘が愛した人なら、と色よい返事をいただいていますわ……いるよ」


「それは良いですわね。彼についてはグレにお任せしますわ。……それにしても、そんなに無理に言葉を直さなくてもよろしくてよ」


「ミリアはもう少し、皇帝らしい言葉遣いを練習された方がよろしいですわ!」


「グレも口調が令嬢に戻っていますわよ」


「もう!ミリアときたら……」


こうして帝国貴族を恐怖に陥れた呪い、凄惨な事件は幕を閉じた。薄幸な公爵令嬢マグレーテの婚活も、思わぬ形で成就したのである。


帝都は夏の終わり。救国の英雄、女帝ヒューミリアと長らく行方不明だったというアークネスト公爵家令息マグレストとの婚礼に全国民が沸く、およそ1年前であった。


<完>

完結です。ここまでお読みいただきありがとうございました。

おまけ1話あります。


<二十一話登場人物>

▼アークネスト公爵家

 マグレスト/マグレーテ:主人公、TSして婚活完了

 ルル:専属メイド

 セバズレン:執事の1人

 アズロ:従僕、セバズレンのパシリ

▼皇家

 ヒューミリア:女帝、その能力はチート

▼史料編纂室

 セリネ:何とTSする薬を作り上げる、材料が貴重すぎて2度と作れないとか

▼エライリー侯爵家

 †侯爵:悪いことのし過ぎで斬首刑

 シンヴァルト:記憶喪失エンド、ヴィンロー家に養子入り

▼騎士爵家

 †ベイグリッド:いじめの果てに水中で変死(0)

 ヴィンロー:ベイグリッドの父、帝国軍教官

▼ベイハイム伯爵家

 夫人:腹に飼っていた蟲は消滅、回復後、離婚して尼になった

▼エイザー伯爵家

 †シェゾナ:水中で変死(2)、いじめ加害者

▼アドベック男爵家

 †ロクサーヌ:水中で変死(3)、いじめ加害者

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