(二十)花に因って季を尋ねる
魔道具師キュノフォリアが複雑な文様が刻まれた小箱を差し出したのは、変態薬師の実験が済み、芋虫を片付けて人心地ついたときだった。
「お手を」
マグレーテが箱に触れるとはめ込まれた魔石が淡く発光し、ひとりでに箱が開いた。収められているのは赤い薔薇と蔓の象られた腕輪型の魔道具——因花尋季である。
「わあ、なんて優美な腕輪……マグレーテ様にぴったりですね!」
イアノーラが驚くと、キュノフォリアが胸を張った。
「そうだろう、そうだろう。この因花尋季は外観の美しさにも徹底的にこだわったのだ。これは極めて特殊な魔道具でな、普通、魔道具というのは魔力を魔法に変換するものなのだが、因花尋季は魔法の因果関係を逆転するものなのだ」
「……よくわかりません」
「そうか?例えば発火の魔法というのは対象に火を着けるという結果を生み出す魔法なわけだが、因花尋季を着けて発火の魔法を使うと、対象に火が着くように温度が上がるという魔法に変わる」
「それって、何か違いがあるのです?」
「全然違うぞ。例えば凍てついた枯れ枝に発火の魔法で火を着けることはできないが、因花尋季を使えば氷を溶かし、枝を乾かして火を着けることができるのだ」
「んー、何だかすごいということは分かりますが」
イアノーラにはキュノフォリアの説明は難しいようだ。マグレーテが助け舟を出す。
「イアノーラ、わたくしがこの因花尋季を身に着けて魔法解析をすると、どのような魔法が使われたかを明らかにするのではなくて、特定の魔法を使っているのが誰で、どこにいるのかが分かるのですわ。例えば、この城で変装の魔法を使っているのは誰か、というふうに」
この魔道具は、元々は気配隠しの魔法が得意で度々城を抜け出そうとする女帝を探し出すために作られたものだ。女帝の強権により普段は封印が命じられているそれが、このような形で活躍することになるとは何とも意外なことであった。
◆
エライリー侯爵に対する“偽の”容疑、不遜庭師を使った伯爵令嬢2名、男爵令嬢1名、平民1名に対する殺人とそれに伴った数々の嫌がらせ行為が帝国中に伝達され、侯爵家のタウンハウスを帝国軍1個中隊が包囲したのはその日の午後だった。
町々の広場に掲げられた高札には、帝国が誇る伝達魔法網により伝えられた実行犯、オブロの名前もしっかり記されている。オブロがベイグリッドを殺害したと知ったシンヴァルトはすぐにでも城に侵入するはず、とマグレーテは因花尋季に腕を通し、絶えず魔法解析を続けて警戒した。
そして夕刻。
「――おいでになりましたわ。行きますわよ、イアノーラ」
「はい、隊長」
城の離れ、憲兵隊の隊舎で待ち構えていた彼女らは玄関ホールに向かう。上階から螺旋階段を下りるマグレーテはホールにいた隊員の一人を扇子で指し、怒鳴りつけた。
「そこの憲兵!止まりなさい!」
指された憲兵は答えず、地下に降りる階段に駆け込む。すると
「うわぁ!」
ドンガラガッチャン!
階下から叫び声と激しい物音が響いた。
「どうやらうまく行きましたわね」
マグレーテは余裕の表情で階段を降り、地下に向かう。
地下への階段では、踊り場に藁やクッションがガラクタとともに敷き詰められ、そこに変装の魔法が解けたシンヴァルトが突っ込んでいた。
「一丁上がりや。これで金貨1枚とはボロいのぅ」
その脇には得意顔のルクリス。マグレーテの叫びに反応して駆け込んだ相手を、触手魔法で転ばせて拘束したのだ。
「く……、なぜ、あんなに素早く変装魔法が見破られたんだ……」
「貴方がからくりを知る必要はなくってよ。さあ、観念なさって!」
「あんな発表をしてどうする気なんだ。フィセルもシェゾナもロクサーヌもオブロが殺したのではないだろうに!」
「そうですわね。わたくし、貴方の口から聞きたくてよ。彼女たちは、誰がどうやって殺めたのかしら?」
「……巨大化薬で処理したマガリムシの卵を飲ませた。フィセルには占い師を装って近付き、愛しい人との夢を見られる薬と言って渡した。1本しか渡さなかったのに母親と分け合って飲んだのは予想外だったよ。シェゾナには学院内で会えたので茶に誘い、茶菓子に仕込んだ。ロクサーヌには君の家での舞踏会中、老婆に化けて呪いを解く薬と言って売りつけた。……これでいいか」
「巨大化薬のことは、どうやってお知りになりましたの?」
「研究の一環さ。初めは単に虫が大きくなれば観察が楽になると思って使ってみた。巨大化した生き物は死ぬと知って捨てようと思ったサンプルが、生きていると分かったときには驚いたよ」
「はっきりと確認すると、虚しい気分ですわ。わたくし、貴方との婚約は真剣に考えていましたのに……こんなことになって本当に残念ですこと」
「婚約については、済まなかった。俺も、君に想いを語りたいところだが……悪いが、俺の心はまだベイグリッドと共に」
「知っていますわ。そんな貴方に、特別にオブロの現状をお見せしますわ。復讐する価値があるかどうか、ご覧になってくださいまし。ルクリスさん、イアノーラ、彼を連れてきてくださる?」
◆
散らかった踊り場を憲兵に片付けさせ、地下に降りるとそこは憲兵隊の地下牢である。軍規違反をした兵士を収容するためのそこは、普通の牢よりはいくらかマシな造りであった。
「ひ、ひい、た、たすけて……」
牢に入れらてたオブロは、足音が近付いただけで部屋の隅に縮こまり、ガタガタと震えていた。
「ああーっ、また来る、怖い、たすけて……いえがどごうあsdfヴぁ」
声にならない悲鳴を上げると、今度は膝を抱えてニタニタと笑い出す。
「完全におかしくなってしまったようですわ。どう思われまして?」
「何があったらこうなる。俺が復讐するより酷いのではないか」
オブロの異常な様子に、シンヴァルトは唖然としている。
「さあ、わたくしは知りませんことよ」
――この牢はその後、入っただけで頭がおかしくなると噂になり、帝国軍の規律が引き締まることになったという。ともあれ、シンヴァルトとエライリー侯爵は逮捕され、事件は終息に向かうのだった。
<二十話登場人物>
▼特別調査隊
マグレーテ:主人公、やっとこ事件解決、お疲れ様
イアノーラ曹長:あんまり賢い子ではない
▼史料編纂室
キュノフォリア:魔道具について語らせるとオタクの本性が
▼エライリー侯爵家
シンヴァルト:令嬢連続殺人事件の真犯人、逮捕
▼不良庭師
オブロ:ベイグリッドの殺害犯、廃人化
▼騎士爵家
†ベイグリッド:いじめの果てに水中で変死(0)
▼ベイハイム伯爵家
†フィセル:水中で変死(1)、いじめ加害者
▼エイザー伯爵家
†シェゾナ:水中で変死(2)、いじめ加害者
▼アドベック男爵家
†ロクサーヌ:「水中」で変死(3)、いじめ加害者
▼ベイグリッドの友人
ルクリス:触手魔法の使い手、金貨1枚で協力




