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(二)水底の令嬢

「娘が見付からない」


そう申し出たのはエイザー伯爵夫妻であった。セバズレンによると、遺体の特徴はその娘、シェゾナに一致しているという。


「これからお話しいたしますことを、お覚悟を持ってお聞きくださいまし。実は本日、急遽皆様にお帰りいただいたのは……」


両親が帰宅する招待客への対応に追われているので、応接室で伯爵夫妻に事情を説明するのはマグレーテの役割である。


「……中庭で遺体が発見されたからですわ。今、現場を封鎖して警備の兵に調べ……」


「ああ、何ということだ!シェゾナ!シェゾナ!」


マグレーテが言い終わらないうちに伯爵は頭を抱え、夫人はフラリと倒れた。


セバズレンは従僕のアズロに命じて人を集め、夫人を別室に運び介抱させる。マグレーテはしくしくと涙を流す伯爵に告げた。


「まだ、そのご遺体がシェゾナ様と決まったわけではございませんわ。警備の者が安全を確保しましたら、ご検分いただきたく」


伯爵は泣きじゃくりながら何度も首を縦に振った。


「ああ、早く会わせて欲しい……うううぅ……」



安全確保が終わった中庭、そこにセバズレンに先導されたマグレーテと伯爵が着くと、警備の兵と若い男が押し問答していた。


「いつまで待たせるつもりだ!この奥に妹がいるのだろう?早く会わせろ!」


「自分にはお通しする権限がございません。何卒、ご容赦を」


「ええい、何度同じ問答をすればよいのだ!せめて、妹がどうなっているのか教えてくれ!」


焦燥もあらわに警備の兵に詰め寄るのはエイザー伯爵家長男のビオジェロである。マグレーテは努めて冷静に話しかけた。


「ビオジェロ様、落ち着いてくださいまし。今、伯爵に検分をお願いするところですわ。貴方もご一緒いただけるかしら?」


「ああ、マグレーテ様ですか。みっともない所をお見せしました……。ところで検分とは?」


「ええ、この先で遺体が発見されましたわ。それがシェゾナ様かどうか、確かめなければなりません」


ビオジェロは言葉を無くしたが、やがてポツリと言った。


「……同行……させていただきます」


「ではこちらへ」


セバズレンの案内でその奥に進むと、池の畔の石畳に敷かれた厚い高級な敷物の上に清潔な布が被せられ、それが人型に盛り上がっていた。


この池には痒みを催す虫がいるので、遺体は風や火の魔法で乾かされ、布には水の染み一つなかった。


駆け寄った伯爵とビオジェロはひと目見るなり口々にシェゾナの名を呼び涙した。


マグレーテはさすがに直視できず目を背けていたが、いつまでもそうしてはいられない。心を鬼にして促した。


「伯爵、お顔を」


伯爵が遺体に近付き、ガタガタ震える手で頭側から布をめくり下ろす。そしてその体を抱き起こし、嗚咽を漏らしながらそれが娘と認めた。


ビオジェロは地に両手両膝を着いて吠えた。


「なぜ!なぜ信じてやれなかったんだ!ベイグリッドの呪いなど、あるはずもないと……俺は!」


(呪い?一体どういうことでしょう?)


マグレーテは気になったがこの場は死者のために祈ることと、魔法の解析が先決である。彼女は手を組み、腰を屈めて天に祈りを捧げた。


「シェゾナ様に女神の導きがございますように」


そして、祈りを解くと伯爵に向き直った。血の気がすっかり抜けた令嬢の顔は水を拭き取られていたが、それは兵士の武骨な手によるもの。化粧が流れ、酷い有様である。


——それが、無性に悲しいことに思われて彼女の頬を一筋の涙が流れた。そして、涙声で告げた。


「伯爵、お気持ち、お察しいたしますが……一度シェゾナ様から離れて下さいまし。わたくしには、誰がこのような酷いことをしたか明らかにするために、彼女になさねばならないことがあるのです」


伯爵はセバズレンに促され立ち上がる。遺体には、兵によって再び丁寧に布をかけられた。


「……マ、マグレーテ様、一体何を?」


「魔法をもって彼女を害した者がいた疑いがございますわ。わたくしの解析魔法で、その痕跡がないかを調べるのです」


そしてシェゾナの遺体の傍らに立つと、右手を下に向けて集中する。やがてその手が白い魔力光に淡く包まれた。


「シェゾナ様は癒し手でいらっしゃったのですわね。ご自分の脇腹の傷に、治癒の魔法を試みた形跡がございますわ。しかし、その他には魔法の痕跡はございません……池にもその周りにも、何もございませんわね」


伯爵は泣き崩れた。


(フィセル様の時と違い、事件直後に解析していますのに……彼女たちは魔法によって害されたのではないのでしょうね……侵入者も確認できないとなると、いったいどうやって……)


「畜生!畜生!誰だ!誰の仕業だ!必ず見つけ出して復讐してやる!必ずだああーっ!」


ビオジェロの叫びが夜空に木霊した。


セバズレンも、兵士も、その場の誰もがその有様に貰い泣きしていた。


マグレーテはこうして関わることになった一連の事件が、自身にとんでもない影響を及ぼすことになることを、まだ、知らなかった。

<ニ話登場人物>

▼アークネスト公爵家

 マグレーテ:主人公、婚活中

 セバズレン:執事の1人(事実上、マグレーテ専属)

 アズロ:従僕、セバズレンのパシリ

 兵たち:皆、任務に忠実

▼エイザー伯爵家

 †シェゾナ:舞踏会中、水中で変死

 伯爵:典型的な貴族

 夫人:娘の死の可能性に、失神

 ビオジェロ:長男、激情型、婚約者候補

▼呪い?

 ベイグリッド

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