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(十八)濡れ衣

シンヴァルトを取り逃がしたマグレーテはその日のうちにオブロを皇城に移送した。


そして、憲兵管轄の牢にオブロを繋ぎ、同行させたルクリスを城内にあるアークネスト公爵家の専用区画に保護、自らもそこに泊した。


主に城で深夜まで仕事をした際に使われる寝室は、本来は令嬢が使うことを想定したものではない。そんなことも気にならないほど、とにかく疲れていたのだ。


翌朝。


「お目覚めでございますか、お嬢様。よく休まれましたでしょうか?」


アークネスト家のメイドが起床の手伝いをする。ルルではない。負傷した彼女はルクリスと同じ部屋で休ませている。


城詰めのアークネスト家使用人もいるのだが、令嬢の世話には慣れていないので屋敷からセバズレンを始めとした人員が派遣されていた。


「ええ、お陰様で……でも色々あったから胃が荒れているようですわ。朝食は軽いものにしてくださいまし」



朝食後、案の定やって来たのはこの人物である。


「ごきげんよう、マグレーテ様。昨日は大変でしたわね」


「ええ、ごきげんよう、陛下。わざわざお見舞い頂いて恐縮ですわ」


少し弱っていたマグレーテには、この、かけがえのない友人の訪問が正直な所ありがたかった。


「事件の真相には、かなり近付けましたわ。シンヴァルト様がルクリスを殺めそうとされたことを考えると、あの方はベイグリッドの死に関係しそうな人物全てに復讐しようとされているのかと」


「そうですわね。ならば、逃げたというかの人は、必ずこの城にやってきますわ。あのオブロという方、大変素直にお話くださいましたもの。——エライリー侯爵の依頼で、ベイグリッドさんを自死に見せかけて水に沈めた、と」


なぜか少し気まずそうに語られた真実に、マグレーテは絶句した。


(他殺だったですって?散々嫌がらせを受けて、偽の手紙で心を折られ、挙句殺されるなんて……)


思わず涙ぐむマグレーテに女帝ヒューミリアが言うには、オブロはエライリー侯爵の依頼でフィセル、シェゾナに養子縁組の情報を流し、学院での苛め行為を煽り、ベイグリッドの家に破落戸を送り込んだのだという。


要するにエライリー侯爵は息子と平民の娘との仲を引き裂くべく、終始嫌がらせから殺害までを主導していたのだ。


「陛下、わたくし、シンヴァルト様を止めるべきか分からなくなりましたわ。


オブロはどうせ縛り首でしょうから、シンヴァルト様に処断されても結果は変わりませんもの。


エライリー侯爵のなさったことには怒りが湧きますが、平民相手にしたこととあっては大した罪には問えませんから、いっそシンヴァルト様に……」


オブロは縛り首、という段でビクリと肩を跳ねさせた女帝は、少し慌てた調子でマグレーテの言を遮った。


「そ、それではマグレーテ様が困りますわ。お父上と事件を解決するとお約束なさったのでしょう?私も、事件の調査の勅命は今さら引っ込められませんことよ?」


「では一体どうしたら……」


「オブロがフィセル様たちに直接手をかけたことにして、大々的に発表してしまうのがよろしくてよ。それでしたら、指示役のエライリー侯爵も逮捕できますわ」


女帝の大胆な案にマグレーテは慌てた。


「その推測は普通といえば普通ですが、無茶ですわ。被害者たちは、変装の魔法で姿を変えたシンヴァルト様からマガリムシ入りの飲み物を渡された、というのがおそらく真実なのですもの」


「ええそうですわね。でも、エライリー侯爵がオブロにベイグリッド苛めや殺害の指示をしていた事実がある以上、オブロが令嬢たちを殺めたならそれも侯爵の指示だろう、と普通はなりますわね……これは濡れ衣ではありますけれども、侯爵に、なさったことに相応しい報いを受けていただくためには必要なことですの」


「しかし、侯爵にはフィセル様たちを害する動機がありませんわ」


女帝は扇子で口元を隠し妖艶に微笑んだ。そして、芝居がかった口調で答えた。


「あらあ、人殺しの考えることなんて、私よく分かりませんわ。大方、汚い苛めをさせたのがご自分だとシンヴァルト様に知られたくなくて、苛めの実行犯を始末されたかったのではございませんこと?……と世間の皆様はお考えになるでしょうね」


「……しかし、民に真実を偽るなど……わたくし、抵抗がありますの」


マグレーテは納得できなかった。しかし、シンヴァルトの手を汚さずにエライリー侯爵に鉄槌を下すにはそうするしかないかも知れないと頭では分かっているのだ。女帝は目を細めて続けた。


「ふふ、正義感の強いマグレーテ様らしいですわね。私、そんな貴女が大好きですわ。……でも、この事件、マガリムシを使った殺害のからくりは、元より公表できないことですの。あまりに凄惨で嫌悪感を覚える内容ですので、世間を恐慌に陥れかねませんわ」


「……分かりましたわ。では、陛下は事件についてご発表を。わたくしはシンヴァルト様の侵入に備えますので……因花尋季の使用を許可頂きたいですわ」


因花尋季――それはシンヴァルトの変装魔法に対抗する切り札になり得る魔道具であるが、些細な理由から普段は史料編纂室の魔道具師キュノフォリアにより封印・管理されているのだ。


「ええ、すぐに用意させますわ。そうそう、セリネが約束通り、検出薬を完成させたそうですの。因花尋季のお受け取りと同時に検証できますから、後で史料編纂室に寄ってくださいまし」


セリネの名を聞いたマグレーテは顔をしかめた。


「あらあらマグレーテ様、そんなお顔をなさってはいけませんわ」


女帝はひらひらと手を振りさっさと退室した。事件について、一刻も早く“事実”を発表しようということだろう。

<十八話登場人物>

▼特別調査隊

 マグレーテ:主人公、疲労困憊で胃も痛い

 ルル:負傷のため休憩中

▼皇家

 ヒューミリア:女帝、ちゃんと政治家している

▼史料編纂室

 セリネ:変態薬師

 キュノフォリア:魔道具師

▼アークネスト公爵家

 メイド:皇城詰めのメイド、使用人が何人もいる

 セバズレン:執事の1人(事実上、マグレーテ専属)

▼エライリー侯爵家

 シンヴァルト:復讐鬼、逃走中

 侯爵:ベイグリッド殺害の教唆犯、濡れ衣を着せられることに

▼代官屋敷

 代官:キモい、婚約者候補としては問題外

▼不良庭師

 オブロ:ベイグリッドの殺害犯、大変素直に自供した

▼騎士爵家

 †ベイグリッド:いじめの果てに水中で変死(0)

▼ベイハイム伯爵家

 †フィセル:水中で変死(1)、いじめ加害者

▼エイザー伯爵家

 †シェゾナ:水中で変死(2)、いじめ加害者

▼ベイグリッドの友人

 ルクリス:ルルと同じ部屋で休憩中

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