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(十六)庭師

マグレーテがルクリスへの聴取を終えた頃、代官屋敷の玄関口が騒がしくなった。召喚していたオブロが連れられてきたのだ。


「あら、オブロが到着したようですわね。ルクリス様、今日はもうお帰りになってよろしくてよ。あなたを襲ったシンヴァルトの沙汰については、後日、お知らせいたしますわ」


「そうや!あいつ、ベイギーのいい人やった、シンヴァルトじゃ!……そうか、うちがベイギーとケンカしたことを知って、うちも苛めた側やと思うたんじゃな……酷い目に遭ったけれども、それを知ったらよう怒らんわ。精々、誤解を解いておいてくれや……ください」


「ええ、察しが良くて助かりますわ。では、お送りしますから……どなたか、彼女をお住まいまでお送りできませんこと?」


部屋にいた憲兵で彼女の家を知る者はいない様子だったので、マグレーテはルクリスを伴って客間を出た。玄関ホールに向かうと、両手を縛られた男が両脇を町の兵士に抱えられている。それを見たルクリスが叫んだ。


「あーっ!あいつ、知っとる!ベイギーん家の周りに来よった連中の中に、あいつもおったぞ!」


「なんですって!?」


マグレーテは男にツカツカと歩み寄ると、男をビシリと扇子で指し、詰問した。


「あなた、ベイグリッドという娘の家に嫌がらせをしていたオブロという方ですわね?」


「な、なんだあんた」


男は突然のことに驚いたようだったが、相手が小娘と分かると馬鹿にしたように言った。


「俺は確かにオブロだが、嫌がらせだなんて、知らねえよ」


するとマグレーテの脇からルクリスが顔を出した。


「うちの顔も知らんと言うか?」


「あっ、てめえ、ニョロニョロ女!」


「誰がニョロニョロや!また締め上げたろうか?」


「分かった、分かった。やったよ、嫌がらせ。これでいいだろう?」


(なるほど、ルクリスが暴漢を締め上げて自由にベイグリッドの家に出入りしていたというのは間違いありませんわね……それにしても、態度の悪い男ですわね!)


腹を立てたマグレーテは、氷のように冷たい視線を向け、更に問い詰めた。


「それを、誰の指示でやったのです?」


「誰でもねえよ。俺がムカついたからやったんだ」


「嘘をつかないでくださいまし!自白魔法を使いますわよ!」


「なっ!」


自白魔法——そのあまりの危険さゆえ、国に厳重に管理されている魔法の一つである。ただ、かけられた者は廃人になる、などと言われているのは、意図的に流された誤情報だ。


要はマグレーテの脅迫はハッタリなのであるが、このいい加減な男の言を翻えさせるには十分だったらしい。


「……お貴族様の女2人組だ。フィゾナとかそんな名前の」


「フィセルとシェゾナでしょう!」


「……ああ、何かそんな感じだっけか?」


そのやり取りに続いて


ガタン


奥の部屋から来た人影が、膝を付く音。それは目を覚ましてきたビオジェロだった。一応拭き取られてはいるが、その髪も服も、まだ泥に塗れている。


「妹を殺した犯人に繋がるかと思って来てみれば、まさか、苛めの共犯者だったとは……もう、帰るとしよう。マグレーテ様、代官に、騒がせて悪かったと伝えておいていただきたい」


そしてがっくりと肩を落とし、フラフラと屋敷を出ていった。


「え、ええ。ご機嫌よう」


(まるで道化ですわね……でも、シンヴァルト様に容疑がかかっていると分からないうちにお帰りいただけて安心しましたわ。それを知られたら厄介なことになる予感しかいたしませんもの)


マグレーテは、改めてオブロに向き直った。


「話をもとに戻しますわ。あなた、ベイグリッドに偽の手紙を届けたことがありまして?」


その問いに、彼は分かりやすく狼狽えた。


「か、勘弁してくれ!それを言ったら殺されちまう!」


(これは、やったと言っているも同然ですわね……もう少し脅してみますわ)


「この調べは勅命、皇帝陛下のご命令なのですよ!素直におなりなさい!」


皇帝の名を出すとオブロはガタガタと震え出した。最近即位した女帝ヒューミリア1世。彼女は救国の英雄であると同時に、たった1人で艦隊を退けた“淡紅の魔女”でもあるのだ。


「ひっ……女帝……淡紅の魔女……!」


手紙を持たせた依頼人と女帝。恐怖の板挟みとなった男は全身びっしょりと汗に濡れ、激しく目を泳がせた。


マグレーテは男に掌を向け、白い魔力光を纏わせた。これは魔法解析——自白魔法に見せかけたハッタリである。


「言いなさい!手紙の差出人はどなた!」


「エ、エライリー……侯爵だ……」


オブロは何とかその一言だけを絞り出すと、白目を剥き、倒れた。


その時、玄関ホールをそっと出て、屋敷の奥へと立ち去る影が一人。そのことに気付いた者はだれもいなかった。



偽手紙がベイグリッドに送られたのはエライリー侯爵の差し金……その情報に接したマグレーテは、困った状況となった。


自白したオブロは、洗いざらい情報を取るまでエライリー侯爵から保護する必要がある。そして捕えたシンヴァルトはエライリー侯爵の企みを知らなかったようだが、その息子だ。この2人を引き離しつつ、皇城かアークネスト邸に収容しなければならない。


この代官屋敷や町の牢獄ではエライリー候からオブロを保護するには隙が多く、侯爵子息であるシンヴァルトを拘束するには”格”が不足している。だが、現状では人員も資材も全く足りないのだ。


(困りましたわね……できればルクリスも保護したいのですが……いえ、彼女は人員に数えられますわ。アノンがしたように報酬を与えて……)


だが、その悩みは思わぬ形で解消する。奥の部屋から、代官が息せき切って玄関ホールに駆け込み、叫んだのだ。


「大変です!シンヴァルト様がどこかへ……いつの間にか、お姿を消されました!」


「何ですって!?」


動揺するマグレーテに喝を入れたのは、何とルクリスだった。


「しゃあないな、このオブロちゅうやつはうちが押さえといたる!嬢さん、あのシンヴァルトって貴族が悪さをしたらベイギーが浮かばれん!逃げ出すっちゅうことは、何ぞ後ろ暗いことがあるはずじゃ。何とか止めてくれ!」


「え、ええ。分かりましたわ。イアノーラ、ルクリス様のサポートを!ルル、着いてきてくださいまし。他の方は屋敷の内外を!」


矢継ぎ早に指示を出しつつ、マグレーテはシンヴァルトを捕らえていた客間に向かった。


出し抜かれた焦りから吹き出た汗で、肌着がびっとりと纏わりつくのを感じた。

<十六話登場人物>

▼特別調査隊

 マグレーテ:主人公、やっぱりビオジェロはナシで

 イアノーラ曹長:強い

 ルル:たぶん強い

 憲兵:今回、何人も参加している

▼不良庭師

 オブロ:嫌がらせ実行犯

▼ベイグリッドの友人

 ルクリス:ニョロニョロ女、強い

▼騎士爵家

 †ベイグリッド:いじめの果てに水中で変死(0)

▼エライリー侯爵家

 侯爵:偽手紙の差出人

 シンヴァルト:逃走中?

▼ベイハイム伯爵家

 †フィセル:水中で変死(1)、いじめ加害者

▼エイザー伯爵家

 †妹:故人、水中で変死(2)、いじめ加害者

 ビオジェロ:道化、失意のうちに帰宅

▼代官屋敷

 代官:走るのが辛いお年頃

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