(十五)ルクリスの真実
「……これは、どうなっていますの?」
人だかりをかき分けて辿り着いたマグレーテが見たのは意外な光景だった。イアノーラがルクリスと見られる町娘を拘束、娘は拘束系の魔法で抵抗しているらしく、寝技のかけ合いのようになっている。
「なんじゃお前は!うちの魔法からスルスル抜け出しよって!」
「て、抵抗を止めなさい!殺してしまいたくありません!」
「殺すじゃと!なめんなやワレ!」
「い、いうことを、聞いて~!」
片や、シンヴァルトとビオジェロが互いに剣を抜き、睨み合っている。ビオジェロに斬られたのか、肩口に傷を負ったシンヴァルトの目は憎悪に燃えていた。
他の憲兵たちは遠巻きに武器を向けているが、手を出すことができずにいる。
「イアノーラ!そのまま頑張っていてくださいまし!ルルはイアノーラに加勢を!他の皆様、シンヴァルト様を捕えますわよ!」
マグレーテは叫ぶと同時にシンヴァルトに片手をむけて集中。
「マグレーテ……君までも邪魔をするか!」
彼女が励起したのは泥濘の魔法。シンヴァルトの足元が泥になり、足が取られる。
「良く分からんが、女の子を剣で追い回すようなやつは許さん!」
(良かった、ビオジェロ様はシンヴァルト様が妹の敵とは分かっていらっしゃらないのね……まさか、正義感だけでここまで協力いただけるとは、残念な方ですが……正直、助かりましたわ)
相手の足が動かせなくなっていることが分かっているのかどうなのか、ビオジェロはシンヴァルトに斬りかかった。しかし、踏み込んだ足が見事に泥に嵌り――前のめりに勢いよく倒れ込む。
シンヴァルトは剣を防ごうとしたが思いもよらぬ動きに対応しきれず、鳩尾にビオジェロの頭突きをまともに食らう形となった。そこに憲兵が群がり押さえつける。
「あと、少しだったというのに!下郎ども!放せ!放せ!」
「みっともないですわ!神妙になさってくださいまし!」
マグレーテに怒鳴られると、彼は項垂れて剣を取り落とした。一方、ビオジェロは……顔から泥に突っ込んで目を回している。
さて、次はこちらである。
「ルル、イアノーラ、お疲れ様ですわ」
ルルが加わったことで、大暴れしていた娘はようやく取り押さえられていた。
「な、なんじゃおまえは!うちに何の用じゃ!」
マグレーテは娘にごく浅くカテーシーをし、まずは謝罪した。
「わたくし、マグレーテ・アークネストと申しますわ。このようなことになって申し訳なく思っておりますの。あなたがルクリス様ですのね?今、捕らえられた、あの方に襲われた、ということで間違いございませんか?」
明らかに高位貴族の娘であるマグレーテが丁寧な態度をとったので、娘は虚を突かれたようだった。
「お、おう、確かにうちがルクリスじゃ……です。代官様に宛がわれた部屋におったら、急にあいつが部屋に踏み込んできおって、斬りかかってくるものじゃから窓を破って逃げたんじゃ……逃げたのです」
マグレーテは努めて優しく言った。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですわ。今日は元々、あなたにお話を聞きたくて伺ったのです。さあ、まずは代官様のお屋敷に戻りましょう。ルル、イアノーラ、放して差し上げて」
「よろしいのですか、お嬢様?」
ルルが問い返す。イアノーラは、まだ肩で息をしている。
「ええ。ルクリス様は被害者ですもの。それに、もし逃げ出しても、またあなた方が捕まえてくださるでしょう?」
「逃げん逃げん、あいつがもう襲って来んならのう。それに、こいつらとやり合うのは、もう沢山じゃ」
◆
代官屋敷に戻った一行は、シンヴァルトを憲兵に見張らせ、目を回したビオジェロを介抱し、客間に落ち着くとルクリスへの聴取を始めた。
「先ほどは大変なことになってしまいましたわね。改めて、わたくしマグレーテ・アークネストと申します。ベイグリッド様が亡くなったことについて、お話を聞かせていただきたくて参りましたの」
「ベイギーの……どうしてそれを調べとる、調べているのですか」
ベイグリッドの名を出すと、ルクリスの態度は神妙になった。だが、不信感はあるようだ。マグレーテは広げた扇子の陰から目だけを出しながら説明した。
「彼女が亡くなった後、彼女を苛めていた令嬢が立て続けに惨い亡くなり方を……世間ではベイグリッド様の呪いなどと言われて」
「呪いやて!?あんな優しい子が人を呪うわけが!」
「ええ、私も呪いなど、ないと思いますわ。ですから、これは連続殺人事件ですの。わたくし、皇帝陛下からのご命令で、事件のことを調べているのです」
皇帝の名を出されて、ルクリスはあんぐりと口をあけた。扇子の裏側で、マグレーテはにっこりと笑う。
「ルクリス様、もし偽りを述べれば貴女を罪に問わなければならなくなりますから、正直に答えてくださいまし。まず、ベイグリッド様がエライリー家の養女になる話があったこと、貴女はご存じですね?どなたから聞いたか、覚えていらっしゃる?」
「ベイギーから、です」
「そのことを誰かにお話されたり、知られたりしたことは?」
「ありません。女神に誓います」
女神への誓いを裏切れば、本当に神罰が降る。これは、正直に答えていると見てよいだろう。
「貴女は暴漢に囲まれていたはずのベイグリッド様のご自宅に何度も出入りされていますね?まあ、聞くまでもありませんが、どうやって?」
「さっきの、うちの魔法で」
見かけによらず強者であるイアノーラと渡り合ったのだから、それは可能なのだろう。だが、裏を取りたい。
「暴漢の方にも聞いてみたいですわね。居場所など、ご存じではなくて?」
「うーん、あのあたりに住んでいる連中じゃないとは思いますが」
「……仕方ありませんわね。では最後に、ベイグリッド様とエライリー家との養子縁組のお話、白紙にはなって“いない”ことはご存じ?」
マグレーテは目を細めたが、ルクリスはそのことに気付いた様子もない。
「え?ベイギーは死んじゃったのに?ですか?」
(……全く訳が分からないという顔ですわね。これは、養子縁組が白紙になったという偽の手紙にも関与していないと見るべきですわ)
その後もいくつか質問を繰り返したが、聞けば聞くほど分かったのは、彼女はベイグリッドに関与した貴族たちについて驚くほど無知ということだった。事件と関係している可能性は限りなく低いだろう。
<十五話登場人物>
▼特別調査隊
マグレーテ:主人公、やっぱりビオジェロはナシで
イアノーラ曹長:強い
ルル:たぶん強い
憲兵:今回、何人も参加している
▼エライリー侯爵家
シンヴァルト:下郎ども!放せ!放せ!
▼エイザー伯爵家
†妹:水中で変死(2)、いじめ加害者
ビオジェロ:婚約者候補から脱落、泥んこ
▼ベイグリッドの友人
ルクリス:下町の娘、強い、マグレーテには素直
▼騎士爵家
†ベイグリッド:いじめの果てに水中で変死(0)