(十四)裏切り
「いやあ、お待たせいたしまして、大変申し訳ございません」
小太りの代官がやってきたのは一行が客間で30分ほど待った頃だった。代官と共に呼び出されたビオジェロは、腕を組み口をへの字に曲げている。
「手間を取らせますわ、代官、そしてビオジェロ様。わたくしどもは一連の変死事件に絡んでベイグリッドの友人だったという娘、ルクリスの調査に参ったのですが、ビオジェロ様が会いたいと仰るオブロなる庭師が気になりまして……その、事件の関係者と睨んで、接触されようとなさっているのでしょう?」
ビオジェロは自分を呼びつけたのがマグレーテだと分かると、少し態度を軟化させた。
「次の客が呼んでいると聞いて不審に思っていたが、マグレーテ嬢だったとは。それにシンヴァルト・エライリー卿まで……
オブロというのは我がエイザー家に出入りしていた庭師で、妹が亡くなる数日前に接触があったらしく、何の用だったのか聞き出そうと思っている。町の牢獄に窃盗の罪でつながれているとのことで、今、きれいにして連れてくるよう依頼したところだ」
町の牢は不衛生極まりないため、「よく洗って」連れてくるのだという。
「わたくしたちも、その機会に同席しても?」
「ああ、構わない。調査は勅命なのだから、どんなことでも協力するのが当然だ。だが、交換条件というわけではないが、そのルクリスという娘のことや、他の情報を、可能な範囲で教えていただけるとありがたい」
事件で妹を喪ったビオジェロが調査の進展に興味を示すのは当然だろう。マグレーテは情報を開示することにした。
「ルクリスというのは亡くなったベイグリッド様の友人で、今日は聴取に伺ったのですわ。……代官、この屋敷で保護中ということで、間違いありませんわね?」
「ええ。ただ、あまり協力的な態度ではなく……魔法を使いますので直接お会いいただくのは少々危険かもしれません」
代官が言うには、屋敷の使用人用の空き部屋に保護しており、一応は大人しくしているが態度は反抗的、強力な魔法使いでもあるのだという。
「では、自分とイアノーラだけで面会し、大丈夫と判断したらここに連れてくるようにいたします」
アノンが提案するが、マグレーテは閉じた扇子を軽く唇に沿え、疑問を口にした。
「……アノン少尉、昨日保護したのですから、既に彼女とは接触しているはずですわよね?なぜ、今さら人品を確認する必要がございますの?」
「昨日は、報酬を与えることでこちらに滞在することを承知させました。取り調べに応じるかどうか、また報酬を示して交渉しようかと」
「事情は何も話していませんの?」
「はい。事情を明かせば、もし、ベイグリッドの苛めに加担していた場合に逃亡を図る危険があります」
何も知らせず保護したことに驚いたマグレーテだったが、聞けばその理由は最もなことだった。しかし……
「良い判断ですわね。ですが、全く事情が分からないことで不信感を募らせ、反抗的な態度に出ているのかもしれませんわ。ここで貴方が再度報酬を差し出して素直に協力していただけるかどうか……ここはわたくしが」
そこにシンヴァルトが割り込んだ。
「君が行くなどとんでもない。私が行こう」
「ですが貴方は調査隊の一員ですらございませんことよ?」
「だからといって、みすみす君を一人で行かせて危険なことが起きたら、私は皇帝陛下に殺されてしまうかもしれないよ」
正論を返すマグレーテに、あざとくウィンクして答えるシンヴァルト。結局、シンヴァルトの護衛としてアノンが付き、面会することとなった。
そして――
ガタン!ドンドン!
さらにもみ合う音と怒声、女性の悲鳴。シンヴァルトとアノンがルクリスの元へ向かった、そのすぐ後に異変が起きた。
「何が起きていますの?……様子を見てきてくださる?」
護衛として入室していた憲兵が2名、様子を見に行き、1名がすぐに引き返してきた。
「廊下の先で、少尉が昏倒させられております!」
「シンヴァルト様は?」
「周囲に姿はありませんでした」
マグレーテは即座に決断した。
「ルクリスがアノンを攻撃して逃走した恐れがありますわ。皆で状況確認に行きましょう」
「き、危険です、隊長!」
イアノーラが反対するが、マグレーテの決意は固かった。
「ルクリスを逃がすわけにはいきませんわ。イアノーラ、貴女と残りの憲兵の皆様だけが頼りなの。それに、指揮官のわたくしだけがここに残るわけにもいきませんわ。
代官、案内よろしくお願いいしますわよ。それとビオジェロ様は残っても、同行いただいても結構ですわ。どうなさいます?」
「俺も行こう」
◆
代官が案内した先は使用人部屋の区画で、その一室のドアが破壊され、窓が外向きに破られていた。
「逃げ出したルクリスをシンヴァルト様が追ったに違いありませんわ。イアノーラ、追うことはできまして?」
「は、はい!1名、隊長の護衛につけ!残りは続け!」
イアノーラの顔つきが変わり、風のように破られた窓から外に飛び出した。
「ま、待て!」
なぜか、ビオジェロもそれに続いた。
そして数分後。荒らされた部屋を検分していた代官とマグレーテの元に、介抱していた憲兵に肩を貸されながらアノンがやってきた。
「マグレーテ様、申し訳ありません。不覚を取りました。早く、シンヴァルト様を追ってください」
「シンヴァルト様を?どういうことですの?」
「私と案内の女中を昏倒させたのはシンヴァルト様です」
マグレーテは驚きのあまり、扇子を取り落とした。
「なぜ——」
疑問の声を口にしたマグレーテだったが、本当は分かっていた。復讐の動機があり、殺害に用いられたマガリムシに詳しい彼こそが、犯人の筆頭候補なのだと。彼女はその考えから無意識に、目を背けていたのだ。
だが今、シンヴァルトはまさに新たな犯罪に手を染めようとしている。
意を決したマグレーテが壊れた窓から外をのぞくと、町の一角で土煙が上がるのが見えた。
「アノン、あなたはまだ休んでいなさい。代官、彼をお願い。あなたは私と来なさい」
アノン、代官、アノンを連れてきた憲兵に指示すると、マグレーテは憲兵を連れて屋敷の外に向かう。そこに客間からルルが飛び出してきた。
「お嬢様、わたしも参ります。最近、編纂室で鍛えているんですよ!」
「頼もしいですわ。一緒においでなさい!」
ルルも加わった3名で、騒ぎになっている一角を目指した。
<十四話登場人物>
▼特別調査隊
マグレーテ:主人公、ストレス蓄積中
アノン少尉:できる男だが、シンヴァルトには及ばず
イアノーラ曹長:スイッチオン!
ルル:史料編纂室で鍛えた結果とは?
憲兵:今回、何人も参加している
▼エライリー侯爵家
シンヴァルト:あざとい裏切者
▼エイザー伯爵家
ビオジェロ:婚約者候補から脱落、なぜか追跡に参加
▼代官屋敷
代官:小太り
女中:巻き添えでシンヴァルトにやられた
▼不良庭師
オブロ:アークネスト家では出禁
▼不良平民?
ルクリス:ベイグリッドの友人、反抗的だが……