(十二)巨大化薬
女帝ヒューミリアの怒りにより話の腰が折られてしまったが、今、問題になっているのは、瓶から取り出した液体には魔法薬の反応はなく、瓶にはその反応がある、という不可解な状況である。
試行錯誤の末、その謎は明らかになった。瓶を割り、破片に魔法解析をすることにより特定された1つの欠片、それにセリネが拡大視の魔法を使ったところ、ごく小さい粒状のものが見つかったのだ。
「その粒が魔法薬ということですの?」
マグレーテが問うと、セリネは小馬鹿にした態度で言った。
「魔法薬ってのはぁ、こういう固まりにはならねぇんだなぁ。液体じゃないとぉ、製薬魔法が効かねえんだぁ。常識だぞぉ?
だからよぉ、これに魔法薬の反応があるって言うんならぁ、これに魔法薬を使ったってことに決まってんだろぉ。ちょっと考えたら分かる……分かる……分からない?……普通は分からないのかよぉ?」
そのセリフにまた女帝の目が吊り上がる。
「やっぱり不敬……」
「ちょっと陛下は静かになさってくださいまし」
正直マグレーテも気分が悪かったが、いちいち怒っていては話が進まない。女帝は口をとがらせ、ぷいと顔を背けた。
(ヒューミリア様、意外と大人げない側面もお持ちですのね。少し、可愛らしいですわ……と、こんなことを考えている場合ではなくってよ。粒状のものが原因でマガリムシが巣食ったというなら、それは卵ということでしょうけれど、その蟲が巨大ということは……)
「その、魔法薬で処理した粒が原因だとすれば……それはマガリムシの卵で、巨大になる魔法薬が使われた……ということでしょうか」
セリネは一瞬動きを止め、やがてゆっくりとマグレーテに顔を向けた。首が、ギギギギ、と音を立てるような動きだ。
「巨大化薬かぁ。こんな使い途があったとはなぁ……そっかぁ……」
「ご存知ですの?その薬」
「昔から研究されている薬だぁ。作物や家畜を巨大化させたらってなぁ。単純に生き物を大きくしてもうまく生きられねぇから、使い物には……へへへ、なんねえんだけどよぉ。こういぅ、小さくて単純な生き物ならぁ、案外成長するものなんだなぁ」
「それが本当にマガリムシの卵かどうかはシンヴァルト様に確認していただけそうですわね。卵に巨大化薬が使われているかどうかは、確かめられますの?」
「検出薬を作ってやるぜぇ。巨大化薬自体は使えねぇというだけで目新しいもんじゃねぇから、何とかなるだろぉ……ケケケ……ヒャッハー!製薬だあ!」
そう言うと小躍りしてさっさと出て行ってしまった。マグレーテはがっくりと肩を落とした。
「何なのですの、あの方……お話していて、酷く疲れましたわ……心なしか、胃がシクシクするような……」
「セリネ様は、腕は確かなのですけれども……常識は通じませんし人の名前は間違えますし気味は悪いですしいつも独り言を言っていて気味が悪いですし」
「陛下、気味が悪いと2度も仰らなくても……それは良いとして、事件の真相にかなり迫って来たようですわ。現状、推測ですけれども。
今回亡くなった皆様、それにベイハイム伯爵夫人は巨大化薬で処理されたマガリムシの卵を飲まされ、体内から食い破られたということですわね」
「被害者が水に執着するのはなぜかしら?」
女帝が問うと、瓶の欠片を片付けていたルルが、おずおずと言い出した。
「お恐れながら、陛下、発言してよろしいでしょうか」
(ルルはセリネ様と違って常識人ですわね……何だか安心しますわ)
「よろしくてよ」
「マガリムシにやられると、動物でも子供でも水に入りたがります。あの虫には人や動物を水に向かわせる何かがあるのではないでしょうか」
「……なるほど、虫が巨大化すればそのはたらきが強くなって水への執着になる、と。素晴らしい思い付きですわ、ルル。褒美をとらせましょう」
「は、はい、恐縮です……陛下」
そしてセリネから分けてもらったという小さな瓶に、慎重な手つきで割れた瓶の欠片の1つを入れながらマグレーテに言った。
「先ほどの卵付きの欠片は、乾いてしまわないように新しい小瓶に入れました。シンヴァルト様にお見せしますのでアドベック邸に行って參ります」
「ええ、お願いするわ。わたくしは帰りますから、向こうにいるイアノーラと一緒におまえも帰って来るのですよ」
(誰がどうやって、被害者に巨大化卵を飲ませたのか……そもそもどうやってそんなものを用意したのか……まだまだ考えることは多いですわね)
アークネスト家からの迎えの馬車を待って帰宅したマグレーテは、ヒューミリアがそれまでずっと自分に付き合って四方山話をしたので、女帝というのは実は暇なのではあるまいかと思った。
<十二話登場人物>
▼特別調査隊
マグレーテ:主人公、ストレス蓄積中
イアノーラ曹長:事後処理中
▼アークネスト公爵家
ルル:マグレーテの隠密メイド、常識人
▼皇家
ヒューミリア:女帝、意外と大人げない
▼史料編纂室
セリネ:変態薬師、製薬だヒャッハー
▼エライリー侯爵家
シンヴァルト:婚約者候補筆頭、マガリムシ研究者