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(十)鉄槌

※自己の責任において、覚悟の上、お読みください。

自らの罪を告白したロクサーヌに怒りを顕にしたシンヴァルト。聴取を進めるため、マグレーテは怯えるロクサーヌをなだめた。


「わたくしたちは貴女を糾弾するために来たのではございませんから、そんなに委縮しないでくださいませ……男爵、彼女を起こしてくださる?」


男爵がロクサーヌを助け起こし椅子に座らせる。


「次に伺いたいのは、シェゾナ様やフィセル様が、ベイグリッド様の養子縁組の話をどうやってお知りになったのかですわ。貴女、何かご存じ?」


「……分かりません」


マグレーテはルクリスが養子縁組の話を漏らしたことを疑っていたが、その問いは空振りに終わる。怯えた調子の回答に信憑性の薄さを感じた彼女は、非難がましくシンヴァルトをチラリと見た。シンヴァルトは気まずそうに顔を背ける。


「では、その養子縁組の話がなくなったと、そういった内容の手紙について、何かご存じありませんこと?」


その言葉にロクサーヌは目を見開き、さらに椅子から立ち上がった。マグレーテは手紙について証言が得られると期待したが……


「え、なにそれ。結局あの話、なかったことになったっていうの!?じゃあ、何のためにわたし、あんなに脅されて、したくもないことをしなきゃいけなかったの?おまけに呪いにまで……あんな薬、効くかどうかわからないし、もう、何もかも馬鹿馬鹿しいわ」


「薬?何のことですの?」


彼女は「もう、いやあ……」と呟きしゃがみ込んでしまう。代わりに男爵が答えた。


「先日の、御家であった舞踏会の末席に私どもも加えていただいていたのですが、その席で怪しい男から呪いを払う薬というものを買ったというのです。その場で飲み干したというのでどういう薬なのか分からないのですが……おかしなものを飲まされたのではと、それも心配しておりまして」


暗に公爵家の警備体制を批判され、マグレーテは言葉に詰まった。バツが悪く視線をさまよわせると、ロクサーヌの様子がおかしいのに気が付く。


しゃがみこんだ彼女は虚ろな目でブツブツと何か呟いている。その言葉に「水」という単語が混じったように聞こえた瞬間、マグレーテは立ち上がり彼女に右手を突き出し、かざしたその手に白い魔法光を纏わせた。


「イアノーラ、彼女を拘束して!体内に魔法薬の反応がありますわ!」


「は、はひっ!」


怯えた返事とは裏腹に、イアノーラの足取りには一切の迷いがなかった。そして、普段の彼女からは考えられない身のこなしでロクサーヌの後ろに回り込み、立ち上がらせ羽交い絞めにした。


「マグレーテ様、何を!」


事態を理解できない男爵が叫ぶ。


「他所で起きた事態と似ていますわ。このまま、水を求めて暴れ、最終的には自ら水に入るのではないかと」


その言葉を聞いたロクサーヌは、虚ろな目のまま恍惚の表情を浮かべる。


「水、そう、水よ。水のある所に行けばきれいになれる。汚い血も、きれいになるわ……」


「く……すごい力です。隊長、危ないから、下がってください」


イアノーラが関節を極めて動きを封じようとするが、今にもそれは振り払われそうになっている。まるで痛みを感じていないようだ。


マグレーテは言われるまま、ロクサーヌから距離を取る。シンヴァルトが無言でその前に立ち、腰の剣に手をかけた。さらにマグレーテは再び手を突き出して集中、シンヴァルトの前に障壁魔法を励起する。護衛の憲兵隊もロクサーヌを取り囲んだ。


「あら、それ、障壁魔法ね。そうだわ、わたしも水魔法を出せるじゃない」


「しまっ!」


慌てるマグレーテの目の前で、ロクサーヌが大きな水の玉に包まれる。イアノーラは何とか水から顔を出しつつ拘束を続けようとしたが、さすがに無理があり彼女から離れた。


立ったまま、腰から上を水の玉に包まれたロクサーヌは両腕を広げる。そして彼女の左胸から出血。水の玉に血が拡がりだした、と思った瞬間。


バシャン


魔法が解けて水が落ち、部屋中の床を汚した。ロクサーヌは仰向けにドサリと倒れる。その胸は血を流しながらも微かに上下しており、息はあるように見えた。


「一体、何なんですの?」


近付こうとしたマグレーテをシンヴァルトが制する。


「危険だ。近付いてはいけない」


倒れたロクサーヌにイアノーラが飛び付き、状況を確認しようとする。が、すぐに彼女は飛び退き、シンヴァルトの前に立って後ろの2人を守る態勢を取った。


「あの傷、おかしいです!」


傷口からは、間欠的に血が溢れる。その体が痙攣し、海老反りになったと思ったその時。


ボゴッ!


傷口を貫いて、血に濡れた“何か”が飛び出した。


「ひゃああ」


男爵は腰を抜かし、濡れた床に尻もちをつく。言葉もなく見つめるマグレーテの背に、冷たいものが流れた。


飛び出した、何か得体のしれない物体は、血と粘液にまみれて彼女の胸から這い出そうとしている。誰もが言葉もなく、その様子を遠巻きに見守る以外になかった。マグレーテは、これまでの事件で実際に起きたことを、今まさに見せつけられていると悟った。


(これまでの遺体にあった傷は、こうやってできたのですわ)


やがてそれは、まるで胸から直接血濡れの腕が生えたようになると、べしゃりと倒れた。その抜け出した“穴”からはおびただしく血が噴き出す。ロクサーヌは血の海の中で蝋のように白い顔で目を見開き、その口は微かに「たすけて」と動いた。


そして、ロクサーヌの体から離れ、くの字に曲がった“それ”はモゾモゾと床を這い始める。


べちゃり、べちゃり


あまりにおぞましい光景に、マグレーテの意識は暗転した。

<十話登場人物>

▼特別調査隊

 マグレーテ:主人公、失神は淑女の嗜み

 イアノーラ曹長:スイッチが入るとすごい

▼エライリー侯爵家

 シンヴァルト:婚約者候補筆頭、マグレーテを庇う紳士

▼アドベック男爵家

 †ロクサーヌ:哀れな娘、いじめ加害者

 男爵:養女ロクサーヌへの愛情はあるらしい

▼ベイハイム伯爵家

 †フィセル:水中で変死(1)、いじめ加害者

▼エイザー伯爵家

 †シェゾナ:水中で変死(2)、いじめ加害者

▼?

 ルクリス:ベイグリッドの友人、偽手紙の容疑者?

▼騎士爵家

 †ベイグリッド:いじめの果てに水中で変死(0)

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