(一)婚活パーティー
本作は、拙作『婚約破棄された公爵令嬢の取り巻き(モブ)は凄腕スナイパーになりました』の後日談として展開される物語です。初めての方でもお楽しみいただけますが、もしよろしければ、あわせてご覧いただけますと幸いです。
「お嬢様、お伝えしたいことが」
舞踏会の会場で執事のセバズレンに耳打ちされ、公爵家令嬢マグレーテは扇子で口元を押さえ、少し気の強そうな吊り目を細めた。
「どうしたのかしら。セバズ」
「庭園の方で問題が。警備の兵が現場を封鎖していますが、騒ぎになるのは時間の問題かと」
今夜は彼女の婚約者候補を集めた舞踏会である。それが水入りになるのは彼女にとって大変都合が悪いことだった。
数ヶ月前、彼女はこの国の皇子から婚約破棄された。今は彼女の名誉は回復されているが、今度は皇子の方が罪に問われている。
元の鞘に納まることもできず、彼女には貴族令嬢として新たな婚姻が必要とされているのだ。
皇妃としての教育を受けた高い能力、輝くブロンドの巻き毛、ハッキリとした顔立ちに少し甘いピンクゴールドの瞳、この国の貴族の筆頭格であるアークネストの血筋……
「超」優良物件の彼女の元には釣書が引きも切らず殺到した。
19歳という、結婚適齢期をやや過ぎようという年齢。早く相手を決めてしまいたいという家の思惑もあり、今回、候補者を一堂に集めた舞踏会が開かれたのだ。
先ほども、婚約者候補の筆頭と目される、エライリー侯爵家のシンヴァルトと1曲踊ったところである。
「はあぁ……折角の婚活が……」
「そんな身も蓋もない仰り様をされてはなりませんぞ、お嬢様」
ため息をつくとセバズレンがたしなめる。
「おや、マグレーテ嬢にも意外な隙があったようですね。でも、そんな所も素敵ですよ。今夜はどうやらこれでお開きのようですが、是非また1曲踊っていただきたい」
「嫌ですわ、聞こえてしまったなんて。はい、シンヴァルト様、是非に」
バツが悪く、頬を赤らめるマグレーテ。丁寧にシンヴァルトと挨拶を交わすと、セバズレンに連れられて控室へと向かった。
「具体的に、何があったというのです?」
「中庭の池で、参加者と思われる令嬢の遺体が見つかりました。水音を不審に感じた警備の兵が見に行ったところ、水底から浮かび上がって来たと」
「何てこと……お医者様は呼びませんでしたの?」
マグレーテは喫驚して扇子を開き、口元を押さえた。
「それが、脇腹のあたりに酷い傷があったとのことで、ひと目でもう亡くなっていると分かったと」
マグレーテは目を見張り、ますますしっかりと扇子で表情を隠した。
「……それは、……先日のベイハイム家での事件と、同じではありませんこと?」
ベイハイム伯爵家の怪事件。今の社交界はその噂で持ちきりだ。伯爵家のタウンハウス、その庭園の噴水から引き上げられた伯爵家長女、フィセルは背中に酷い傷を受けていたという。
令嬢はその直前まで元気な姿でいたことが確認されていた。しかし、どんなに探しても犯人や侵入者の痕跡は見付からなかった。傷を負っているのだから、単なる水死ではなく他殺だと考えられるにも関わらずである。
「はい、全くもって。お嬢様、旦那様がお客様にうまく説明して、お帰りいただくようにしているはずです。また、警備の兵に敷地内に侵入者や不審者がいないか徹底的に捜索させております。安全が確保でき次第、解析魔法を」
マグレーテはベイハイム家の事件には少し詳しかった。
不可解な令嬢の死には魔法が関わっていることが疑われ、その鑑定のために極めて希少な魔法である「魔法解析」を持つ彼女が駆り出されたのだ。
気丈にも彼女は現場ばかりか令嬢の遺体にもその魔法を向け、一切魔法が使われた痕跡がないことを証言した。
そして今、アークネスト公爵家のタウンハウスでも、それに酷似した事態が発生している。
(正直、あのお仕事は気分の良いものではありませんでしたわね。それにしても、今度は我が家で似たことが起きるなんて……)
マグレーテはため息をついた。しかし、もう類似の事件が起きてしまった以上、また魔法解析の出番が来ることは間違いない。
「ええ、よろしくてよ。……ルル、動きやすい服に着替えるわ。用意なさい」
「かしこまりました。お嬢様」
専属のメイド、ルルに命じると、ドサリと音を立てて控室のソファに尻を据えた。
「まったく……わたくしの婚活パーティーでこんなことが起きるなんて……」
「はしたのうございますぞ、お嬢様」
再びたしなめるセバズレンの表情は、苦虫を噛み潰したときのそれだった。
夏の終わりが近付く季節、どんよりと雲は月を隠し、蒸し蒸しとした嫌な天気であった。
<一話登場人物>
▼アークネスト公爵家
マグレーテ:主人公、婚活中
セバズレン:執事の1人(事実上、マグレーテ専属)
ルル:マグレーテの専属メイド
▼エライリー侯爵家
シンヴァルト:婚約者候補筆頭
▼ベイハイム伯爵家
†フィセル:水中で変死