ウィリアム様のお母さまとご対面
馬車がとまり、扉が開いてしまう。
「そうだわ、貴族の挨拶はどうやるの?それだけ教えて。早く」
「カーテシーだ。片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げた上で、背筋を伸ばしたまま挨拶するんだ」
「わかったわ、やるわ、やってやるわよ。女は度胸よ」
「ぶふっ、女は度胸って、何」
ウィリアムが先におり、手を出しててエスコート。今度は間違えないわよ。
威厳ある佇まいの女性を中心にメイドたちが、お辞儀をしてお出迎えだ。
「ただいま帰りました、母上。ホワイティス嬢が体調を崩したため、こちらに案内しました。」
おー、威厳のある佇まいの中心にいる女性はやはりウィリアムさまのお母さま。
よし
片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げた上で、背筋を伸ばしたまま挨拶。
「ホワイティス ルーデリア フェン ライザップと申します。この度は、ウィリアム様に、大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません。ウィリアム様のご好意で,急遽こちらに訪問することになり、大変申し訳ございませんでした。体調が治り次第お暇いたします」
元気よく、ハキハキと言ってみた。
「?!ウィリアムの母のメイサです。顔を上げてください。体調が悪い?ということなら仕方がないですわね。体調が戻るまでゆっくりなされてください」
「は,はい。ありがとうございます」
びっくりした顔で見られてしまった。
とりあえず、ニコッと微笑んでみた。
余計びっくりされていた。参ったな。
「ホワイティス、家名を間違っている。ライザックだからね。ライザック」
小声でウィリアム様が教えてくれた。、
たはー、間違えてた。みんな聞こえてなかったよね。すまし顔すまし顔。
あら、侍女さんたちの足元にちっちゃい子がいる。かわいい。こちらもアイスブルーくん2号。
私は座り込んで、同じ目線で挨拶した。
「はじめまして、ホワイティスです。あなたのお名前を聞いていいですか」
スカートをギューと持ちながらもじもじしている。かわいい
「ルイスでしゅ」
「ルイスくんね。よろしくね」
と言って、抱っこしてしまった。同じ高さの目線でお互いニコッとした。かわいいぞ。
「ホワイティス。な、何しているんだ」
「ウィリアム様、かわいい弟くんだね。いい子だね」
「ルイスおりこう?」
「お利口さんだよ。ほら、高い高い。あっごめんごめん。びっくりしたかな。えっ、もう一回?それじゃー、それー、高い高い。フフッ,楽しい?それでは、お母さまのところに行きましょうか」
私はメイサ様の方を見て、どうするの?的に目で問いかけた。あまり貴族は自分の子供を抱っこしないのかな?
手を広げたので、ルイスくんを渡した。愛おしそうに頬をすりすりしている。スキンシップは大事。
みんなびっくりしていた。
「ホワイティス、ありがとう」
ウィリアム様にお礼を言われたが、なんのこと?
その後、部屋に案内された。
はあ、疲れた。ベットにダイブ。
まだ、半日しか経っていないのにこんなに疲れるなんて、本当に私どうしたの?
白井すず 32歳 保育士 子供大好き。
幼い頃、両親をなくし、東京下町に住む祖父母に育てられた。祖父は大工の棟梁。拳と手土産を持たせれば丸くおさまるという持論を持つ祖父。この祖父をうまくあしらうことができる祖母。2人とも祭が大好き。近所の人たちも同じような持論の持ち主たち。みんなで話し合い、みんなで子育てをする、そんなガヤガヤとした環境で育った私。
憧れはクレヨン〇〇の紅サソリ団や俺たち〇〇の明美に憧れる、特にロングスカート。それを友達4人衆でやったらおじいちゃんが学校に呼び出しされた。おじいちゃんは短すぎるスカートが良くて、これの何が悪いと先生に啖呵切ったことがある、孫大好きおじいちゃんだった。高齢の祖父母が立て続けに亡くなり、その後、天涯孤独になったわたしは、近所の人に助けられ、念願の保育士になった。
そう、あの時は、子供たちと公園へお散歩中だった。公園で遊び、帰りに居眠り運転をしていた車が突っ込んできた。子供を押し退け、そして衝撃。その後の記憶がない。子供が無事ならいい。
お願いします。子供たちが無事でありますように。
しばらくして、ドアがノックされた。
「どうぞー」
「失礼するって、な、なんだ、なんでベットに寝転んでいるんだ」
そこには、ウィリアム様の後ろにウィリアムくんの母、侍女たちも立っていた。あら、やってしまった。
やってしまったものはしょうがない。
「なぜ、ベットに寝転んでいるんだよ。令嬢はそんなことをしてはいけないよ」
「あのね、ウィリアムくん。疲れた時は寝るに限るのよ。それを令嬢は寝転んではいけませんって、ナンセンス。もう少し長ーい目で見ないとダメよ。そんな自分の女性論を押し付けてはいけないよ。モテないわよ」
「そうじゃない、そうじゃなくて、もう」
「ウィリアム、あなたも寝ている女性の部屋に入るのはよくないですわ。一旦部屋の外に出なさい」
「あ、あの、母上。ホワイティスは今、その記憶が錯綜していて、正しい判断ができないと思うのです。すいません,説明がおかしくて」
「ウィリアム、それにあなたたち部屋の外に出なさい」
「し、しかし、はい」
ウィリアムくんと侍女さんたちは部屋の外へ出ていった。
部屋には、メイサ様と2人きりの部屋。嫌われているんだっけ?
「ホワイティス様、先ほどのウィリアムの言葉で、記憶が錯綜とはどういうことですの?」
「それはですね、私、全くこの子の記憶がないのです。寝れば記憶が戻るかなぁと思っているのですが、とりあえずウィリアムくん、じゃなくてウィリアム様が、私の家族構成など教えていただけるということでこちらにお邪魔しました。手土産も持たず、大変失礼いたしました」
「て、手土産、あ、いえ、なるほど、ホワイティス様が噂とは全く違っていてるので、どうしたのと思っていたのですが、本当に記憶喪失ですか」
「記憶喪失というか、なんでしょうね。私の魂が憑依?前世の記憶?よくわからないのですが、以前のホワイティスの記憶が抜け落ちているのです。家に帰っても、親の顔がわからないので、もしかしたら執事をお父さま、なんて言ってしまう危険があるのですよ。まぁ、いい服を着ている人たちが両親で間違いないと思うのですがね。あっ、貧乏だった場合は大差がないかもしれない。なので、寝れば、もしかしたら思い出すのでは、と思っているのです」
「ふふふっ。あなた面白いわよね」
「さっきも、息子さんに同じこと言われましたよ。やっぱり親子ですねぇ」
「いえ、あなたを見れば誰でも思いますよ」
「えぇ、おもしろ顔ですか?この顔。この世界の美的感覚はおかしいのかしら。さっきのパーティの時に鏡を見たので、なかなかこの顔はイケると思ったのですよ」
「違いますわ。あなたの言動がおかしいのですけど、頭痛いわ」
「先ほども、息子さんが頭痛いと言っていたので、2人とも静かに寝ていたほうがいいですよ」
「はぁ、息子が放っておけないのもわかるわね、これでは」
なんだかメイサ様の声が小さくて、聞こえなかったけど、大丈夫かしら。心配だわ。
「心配しなくても、大丈夫ですからね。私たち親子は元気ですからね。病気ではないですからね」
「あ、はい」
「さて、ウィリアムを呼びましょう」
ウィリアム様が部屋に入ってきた。
「母上、すいませんでした」
「まぁ、事情は把握しました。ライザック侯爵邸にはこちらでホワイティス様をお預かりして静養させると連絡しておきましょう。明日、記憶が戻らなければ、また考えましょう」
「ありがとうございます。母上」
「ありがとう、メイちゃん」
「メ、メイちゃん??」
「メイサ様だから、メイちゃん。私と同い年ぐらいでしょ。少し下ぐらいかな?」
「ホ、ホワイティス。君、今16だからね。16歳」
「おほほほほ、そうでしたわね。そう私、16歳でしたわ。ごめんなさい」
「ホワイティス様、えーと、前は何歳ぐらいだったのですか?」
「メイちゃん、前は32歳よ。細かいことは気にしない、曲がったことが大嫌い、弱きものをいじめる奴らはもっと大嫌い。甘いものとお酒が大好きな女よ!」
「そ、そうですか。私は37歳ですわ」
「37歳!若く見えるわよ。4児の母?私32歳独身よ。なんてことよ。4人も子供がいるなんて羨ましいわ」
愕然としている私に、メイサ様は、今、16歳だから、まだまだ若いから大丈夫よ、と優しい微笑みで励まされた。
「あの、今更なのですが、メイちゃん、いやメイサ様、私のこの距離感、嫌ではないですか。私、両親を早く亡くして、祖父母に育てられたのです。下町に住むおじいちゃんは大工の棟梁で、べらんめえ口調で、拳で語り合うような俺じーちゃんだったのです。周りの人たちも同じような人たちが多く、距離感がみんな近すぎるのですよ。近所付き合いも、みんな仲良く、みんなで子育てをしていくそんな環境で育ったので、私も距離感が近いのですよ。
最近の若い子には、すずせんぱーい、パーソナルスペースがなーさーすーぎー、ちかいー、なんて言われたりしたことがあるのです。近所の人たちやも学生時代もこんなかんじだったので、嫌な思いもさせたらごめんなさい。今から謝っておきます」
「フフフッ。ホワイティス様、全く違う人格ですね。記憶がないのは不安ですよね。それに、自分が今まで悩んでいたことがバカらしく思えてきたわ」
「メイサ様、悩んでいたの。大丈夫?悩みはね、口に出せばいいのよ。誰かに聞いて貰えば、解決する時もあるのよ。自分だけでウジウジ考えていたら、だんだん自分の殻に閉じこもってしまって、周りの人も、そんな人をどうしていいのかわからず、結局放っておこうとなってしまうのよ。そして隔たりができて、それが大きな溝になって広がっていってしまうの。だから、声を大にし、悩みを打ち明けたらいいのよ。ダンナさんだって、話聞いてくれないの?あっ、愛人がいるの?そんなやつ、慰謝料と養育費を,もらって別れちゃいなさい」
「おいおい、ホワイティス。うちの父が愛人なんているわけがないだろう。母一筋なんだから。バカなこと言うなよ」
「メイサ様、フフフッ愛されているんだね。良き良き。だったら、やっぱりダンナさんに悩みを打ち明けた方がいいよ。それでも聞かないようなら、慰謝料と養育費をもらって、別れちゃいなさい」
「おーい、ホワイティス。だからなんで慰謝料?養育費?もらって、別れさせようとするんだ」
「それか、実家に帰らせてもらいますっと言って、机をバーンと叩いて、実家にかえる。迎えにくるまで帰りませんって、愛されているならできるよ」
「おーいホワイティス。碌でもないことを母に吹き込まないでくれー。なんで、そんなポンポンと碌でもないことを考えられるんだー」
なんだかウィリアムさまと漫才をやっているわね。ウィリアムさま、ツッコミがお上手だこと、素質があるわ。
「ふふふふっ、ホワイティス様、楽しい考えをお持ちなのね。いつかやってみたいわね。でも、悩みを打ち明けるのね。そうね、自分1人で考えると余計変な考えてしまうのよね。確かに」
「悩みがよくわからないけど、私も付いていってあげるわ。その方が心強いでしょ。あっ、でも、夫婦生活の悩みを言われると私は困るわよ」
「そ、そんな悩みではないわよ」
メイサ様、真っ赤になったしまった。
「メイサ様、かわいい」
「かわいいって」
真っ赤になって、すごく照れている。
「ところで、ごめんなさい。私お腹空いてしまったの。ウィリアムくんが、あのなんちゃら男爵令嬢とのことで婚約破棄宣言したから、その後私何も食べられなかったのよ」
と,全く空気も読まず、直球で、お腹空いたことを伝えた。
「えっ、婚約破棄?婚約破棄宣言って何?ウィリアム」
「あ、母上、それには色々な経緯がありまして、その婚約破棄という話はなしです」
「はぁ、いまは軽食を持って来させましょう。今日はゆっくり休みなさい。もしかしたら記憶が戻るかもしれませんし」
「ありがとうございます。お腹ぺこぺこだし、眠気もあるので,お布団に入ったらバタンキューですよ」
「ホワイティス様、お腹ぺこぺこと淑女は言いません。それにバタ?きゅ?という言葉自体がわからない言葉ですよ。先ほどからそう言った言葉が多いですよ。気をつけた方が良いです」
「メイサ様、ご指摘ありがとうございます」
メイサ様にダメ出しされた。貴族難しい。私、できるかな。
「ホワイティス、寝たら記憶が戻るかもしれない。今日はゆっくり休め。その前に軽食だな、俺もお腹が空いたから一緒に食べよう」
「ウィリアム、あなたまで、全くもう。しょうがない子達ですね。ふふふ」
「メイサ様、ウィリアム様、何から何まですみませんでした。ありがとうございました」