ぼくは、強くなりたかった。
ぼくは、強くなるために必死だった。だからそんな、普通ではあり得ないことも言えた。その懇願もダメ元だった。しかし、母と父の答えは予想していたものと違った。
「ああ、わかった。お前も連れて行こう。
お前ならもう魔物を倒せるだろう。」
「ほう。早くスキルを確認したいというのか、どうやら我が子は逞しく育っているようだなアリエット!」
「…!」
ぼくは自分で言っておきながら、驚いてしまった。
しかし、すぐに気を引き締める。魔物を倒せば、スキルが手に入る。それが、ずっと訓練してきた剣に合うスキルかはわからないのだ。
もしかしたら「魔法」のような使いこなすのが難しいスキルが手に入るかもしれないし、「ステータス強化」のような無難なスキルが手に入るかもしれない。手に入るスキルによって魔物との戦い方が決まるといっても過言ではないのだから、尚更緊張する。
それと同等に、レベル1で分かるステータスの上がり幅は重要だ。ステータスの差が大きければ、筋骨隆々な男性でも女子供に力で負けうる。
「こっちだ。ついてこい。」
そんなことを考えながら、兄と父母、そしてネヴィル家の騎士たち4人と共にヴォグの森に向かった。
「………ハァ」
兄は、ぼくがついていくといった時からずっと不機嫌である。ぼくが8歳でもう魔物を倒そうとしているのが気に食わないのか、それともぼくが母に気に入られてるのが気に食わないのか。前者はともかく後者は真面目に訓練に参加していないのが悪いとしか言いようがないが。
「ここがヴォグの森だ。今回潜る場所で出てくる魔物は一角兎とウルフだけだ。今のお前らでも殺れる雑魚だが、油断だけはするなよ。」
母の言葉を聞いて、再度気を引き締める。油断してはいけない。母は雑魚だといっていたが、ぼくたちはまだステータスの恩恵を授かっていないのだ。
レベルが1でもあれば、ステータスが上がる。そのステータスの中に、生命力というものがあるのだが、これが残っている限り当人は死ぬことがない。それがないぼくらは、人間の急所である首などを攻撃されたらあっさりと死んでしまう。
「いたぞ、ウルフだ!」
「よし、ではクロース、お前がまず殺れ。」
「分かりました。」
騎士の声に反応して母が言う。
ウルフは3匹いたのだが、そのうち2匹は騎士に遊ばれている。残った1匹が、前に踏み出した兄を敵と判断して飛びかかった。
「ちっ、そんなんでやられるかよ!」
兄は無駄に大きく大きく体を動かしてウルフの攻撃をかわした。そしてウルフに斬りかかる。兄の剣をウルフは避けようとしたが、逃れることができずに斬られてその青みがかった毛が赤く染まった。どうやら騎士が避けようとしたウルフの足に石を投げて逃げれなくしたようだ。
そのウルフが死んだのを確認してから騎士のうちの1人が、「クロース様、このウルフをお倒しください。」と言い、兄はそれに従ってウルフのヘイトが騎士に向いているうちに後ろから斬って殺した。
ウルフ最後の一体は、止まっていた。おそらく騎士が魔法をかけたか何かしたのだろう。それも兄が斬り殺した。
協力して魔物を倒した場合は経験値が分割されるのだが、その多くは殺したものにわたる。今回の場合、直接的にウルフを傷つけ殺したのは兄だから、経験値はほとんど兄に入っただろう。レベル1になるのに必要な経験値は100で、ウルフは一体50の経験値を持つ。もう兄はレベル1になっただろう。
「ではステータスを確認するぞ。」
「分かりました。」
父もそう判断したのだろう、父はスキル「生物鑑定」を使用した。
「生命力60、魔力量30、体力5、素早さ3、力9、頑丈さ8、知能2、精神力1、魔力4、そしてスキルは…3つもあるのか、索敵、物質鑑定、剛力だな。」
「ほう。なかなかやるではないか。見直したぞ。」
なるほど、かなり優秀なステータスとスキルだ。ステータスの数値は、生命力、魔力、体力は10から100、それ以外は1から10でひとごとに決まっており、レベルが1上がると毎回同じだけステータスの数値も上がる。つまり、レベル1でのステータスは、それからの伸び幅と一緒だ。兄のその数値は魔法関連は少し心配だが、それ以外のステータスは非常に高い。
スキルに関してはさらに優秀、「索敵」は魔物に奇襲される可能性を減らせるし、目的の魔物も見つけやすくなる、そして「剛力」は力のステータスが倍増する、単純で強いスキルだ。極め付けは「物質鑑定」。これは父の「生物鑑定」とは対になっており、生物以外を鑑定できる。これに関しては使い所しかない最強格のスキルだ。
ただ、兄本人はその強さがよくわかっていないようである。訓練に真面目でないだけでなく、勉強もしていないのか、実感が湧いてないだけか。
母は傍から見れば好戦的で、なんだか獣のような笑みを浮かべているが普通に喜んでいるのだろう、しかし父はあまり喜んでいるようには見えない。ハズレでないどころか相当強力なのに、なぜだろうか。
もしかしたら魔法が使えないことを憂いているのかもしれない。兄は魔法スキルを一切持っていない。魔法スキルを一つでも持っていると、そのスキルの
魔法が使えるのは当然として、訓練すればその応用として別の魔法も多少扱えるようになる。
逆にスキルが一つもなくて魔法を使えるようになったという話は、理屈上可能であると言われているが、これまでに実例はない。父は魔法のエキスパートだからそういうことだろうか。
「一角兎のボスが出たぞ!」
ぼくが父の表情のことを考えていると、騎士が叫ぶ。ボス…か。ボスとは、ある魔物の種類の中で、飛び抜けて強いやつのことだ。大抵は見た目で分かるし、鑑定でもわかるらしい。
「アリエット様、我々が討伐いたしましょうか。」
「いや、いい。いけるよな?ノア!」
「は!?…ぇ、ぁ、はい!」
まさかぼくがに倒せと言われるとは思わなかった。
普通に考えたら無理だ。魔物との初戦闘でボスなんて勝てるわけがない。…いや、だめだ。こんぐらいで無理だって言ってたら、これからの逆境を越えられなくなる。
冷静に敵のことを考えてみる。一角ウサギは弱い。弱すぎて切り株にぶつかっただけで死んだという逸話まである。ボスとはいえ、一角ウサギだ。ウルフよりちょっと強いぐらいなはずだ。それに、母もぼくにできないことは言わないだろう。そう思うことにして、決意を固める。
兄がぼくに殺気を向けてきているような気がしたが、それは考えないことにして、一角ウサギのボスと対面した。
ぼく ネヴィル・ノア
兄上 ネヴィル・クロース
父上 ネヴィル・ディナード
母上 ネヴィル・アリエット