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輝く栄冠《ほし》に手を伸ばす  作者: 級位の将棋好き
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プロローグ

この物語はフィクションです。

実在の人物・団体・事件とは関係がありません。


なのでそれっぽい登場人物が出てきてもあくまで創作上の存在です。

モデルであり、本人とは関わりないことをご了承ください。



 一つの時代の終わり。

 それをどのようにして実感するかは人それぞれだろう。

 だが、俺たち将棋指しにとってそれは明確であった。


『七冠王──名人位を失陥』


 奇しくもそれは平成の年号が変わるともまだ知らない前年の出来事。

 プロの将棋棋士にとって王冠たる称号──タイトル。

 本来であれば一生に一度掴めるかどうかという頂きを常に保持し続けた男──三十年以上もの年月王者であり続けた史上最強と名高いプロ棋士『七冠王』は最後のタイトル、『名人』を失陥。


 これにより三十数年ぶりに『七冠王』は全てのタイトルを失い、無冠となった。

 昭和末期に史上三人目の中学生プロとして将棋界の門を叩き、瞬く間に並み居る強豪たちを蹴散らして七つ全てのタイトルを制覇してみせた天才。

 一時は将棋の神様とすら呼ばれ、畏敬された伝説の終わりに将棋指しの誰もが、一つの時代の終わりを確信したのだ。


 彼からタイトルを奪ったのは平成後期から台頭し始めて来た若きトッププロたち。

 長きに渡って将棋界を席巻し続けた王者を指し崩した構図は正に、新たな風が吹き込むようであった。

 時は流れて、時代は廻る。


 かつて『不沈艦』と呼ばれた昭和の大巨星、十五世永世名人を『棋界の夜明け』と謳われた後の十六世永世名人が打ち破ったように。

 かつて並み居る強豪、その全てを打ち負かし、空前絶後の『七冠制覇』を成し遂げた『七冠王』が誕生したように。


 将棋AIという発展した科学の恩恵を得たことで洗練を極めた新世代を前に、伝説はその長きに渡る栄華の幕に一つのピリオドを打ったのだった。


 そして、平成という元号が終わり令和へと移った現在。

 将棋界は群雄割拠の状態にあった。

 絶対的な王者の不在に加え、将棋AIの誕生に伴いより複雑化した最新将棋の在り方。

 その結果、タイトル戦線に登場する若手たちは常に紙一重の戦いを強いられていた。


 実力は皆拮抗しており、勝負は時の運。

 一手の差、一歩の差、僅かな読み違い。

 正に紙一重としか言いようのないその差で黒と白が常に入れ替わり続け、タイトルホルダーの顔も年を跨ぐごとに変わっていく。

 それに伴うようにして現代の将棋研究はより白熱し、洗練され、もはや一人の天才によって棋界を統一するような、かつての『大棋士』たちのような絶対王者が生まれる余地もないと思われていた。


 しかし──時代は天才を求めた。

 昭和を二人の大棋士が二分したように。

 平成に七冠王が君臨し続けたように。

 令和の群雄割拠の時代に──『神童』は誕生した。


「ッ!?」


 将棋盤の前で一人の青年が頭を掻き毟る。

 終盤戦──死力を尽くす戦いの果ては一瞬だった。

 『神童』を除く最後のタイトルホルダーとなったその青年は指した瞬間、自らの悪手に気づき、言いようもない激情を露わにする。

 努力の天才、そう呼ばれ、人間を止めるとまで言い切ってこの一戦に望んだ青年はその凄絶な覚悟もむなしく此処に最後のタイトルを失う。


「────」


 対して挑戦者──かつて空前絶後と呼ばれた『七冠王』の偉業、七つのタイトルをその内に収め、そして今、群雄割拠とされた令和の将棋界の勢力図に終止符を打った『神童』は静かに勝利を受け入れた。


 『八冠制覇』……令和の新時代に新たな王者が産声を上げる。

 此処に次なる歴史が紡がれた。


 かくして新たな『王者』の誕生に伴って熱狂が渦を巻く。

 だが、それは安寧と停滞を意味してはいない。

 感動は人々の心を動かす……その熱は新たな風を呼び込むのだ。





 世間は空前の将棋ブームに沸いていた。

 『七冠王』を凌ぐ『八冠』──『神童』という新たな伝説の始まり。

 これを前にして将棋を知っていた者も将棋を知らぬ者も等しく興奮と感動し、将棋という文化はお茶の間の話題として世間一般に浸透していった。

 元より時代に即すようにと様々な趣向を凝らしていた将棋連盟の努力もあったおかげか、ネット中継により各将棋棋戦に誰もがアクセスしやすくなっていたこともあってか、近年では『観る将』なる将棋を指せなくともその戦いを観戦する新たなファン層も生まれているらしい。


 またタイトル戦で取り上げられる『おやつ中継』による経済効果や、『神童』の注目ぶりに商業的なチャンスを見出した企業のスポンサー参入など将棋界は今この時も目まぐるしい発展を遂げている。


 だが──それら一切は今の俺には、俺たちには関係がない。

 どれほど時代が変わっても、どれほど周りが変化しても。


 この勝負の緊張は昭和も平成も令和も関係ない。


(クソ……時間が足りない……ッ!!)


 片手で左目を押さえつけ必死に盤上を睨む。

 舞台は関東将棋連盟の対局場。時刻は既に十九時。

 その日、最後となる奨励会の対局の場に俺はいた。


 奨励会──それはプロ棋士を志す者たちが属する育成機関だ。

 プロ棋士を目指すものは皆、まず此処で腕を磨く。

 そして昇段の果てに届く最後の関門、奨励会の三段リーグにて──限られた枠を掛けて、プロ棋士になるという夢を振りかざして潰し合う。

 プロとして生きて行けるような本物の天才を見出すための蟲毒壺。

 それが今、俺がいる戦場であった。


(……残る枠は一つ!)


 そう数日前、全勝でトップを走り続けた会員の一人が十六個目の白星を挙げたことにより、今期の閉幕を待たずしてプロ棋士に内定したのだ、よって残る昇段の枠はただ一つ。

 そして今期最後にして俺がプロ棋士になるために必要な最後の戦いが今まさに行われている対局であった。


 対戦相手は自身の同期にして、同年代の──中学生(・・・)

 よってこの対局を征した者こそ史上六人目の中学生プロ棋士(天才)として産声を上げることを許されるのだ。


(……奨励会は過酷だ。前年に次点を獲得した人間が調子を落として下位に落ちる──そんなこともザラにある以上、チャンスは取り逃がすわけにはいかない……!)


 ……お世話になった先輩が涙を流しながら去っていったのを見た。

 ……プロ棋士間違いなしと呼ばれた天才が勝ち星を上げられず、止めていった。

 ……例年通りならば昇段した人が運悪く一勝の差で昇段を逃した。


 『大棋士』のように隔絶した実力があるならばともかく、実力の拮抗している状況においては勝敗には運も絡んでくる。

 ましてや今期……『神童』ブームに呼び込まれるようにして奨励会の門を叩いた俺の世代は、かつての『名人世代』も斯くやという程の豊作(・・)だ。

 例年以上に実力者が集っている上、注目度も非常に高い。


 プロ棋士を目指すならば……勝負師であるならば何としても逃すことの出来ない場面だ。

 拳には力が入り、高速で廻る思考が頭痛を呼ぶ。


(勝ちたい、勝ちたい……! 負けたくない……!)


 そしてその思いはきっと相手も同じだ。

 盤越しに相手を見る。

 よく見慣れたその顔は今や食い入るように将棋盤を血走った目で眺めており、脳にため込んだ熱を逃がす様に荒い吐息を吐いている。


「ごじゅうびょお、いち、に、さん、し……」


「ッ!!」


 既に対局は終盤戦、互いに持ち時間は使い切っており、一手一分で指さねばならぬ局面である。記録係の独特な掛け声による秒読みに急かされ、俺はバチンと優美さも欠片もない獣のような勢いで手を指す。

 荒れ果てた手付きだが取り繕う余裕はない。

 何せ、未だに詰みを読み切れていないのだ。

 勝ち筋の見えない暗黙の中、自身の直感を信じて延命の手を放つ。


「…………!」


 消極的な受けの手。

 手番は相手に回り、攻撃のチャンスが訪れる。

 だが……。


(読み切れてないのはそっちも同じだろッ……!)


 盤面はこれ以上なく荒れ果てている。

 両者の陣形には成った飛車角が王将に逃げ道を狭めており、飛び道具の小駒が即詰みの罠を張り巡らせている。金駒たる『金』や『銀』の取って取られてを繰り返す終盤の攻防戦。

 守りと攻めの両方に気を回し、正着を捉えるには一分では時間が足りない。


 だからこそ先に詰みに至る手順を見出した方が勝ち……それをさせまいと両者ともに盤面をより混沌へと導いていく。


(一分将棋になってからもうすぐ一時間か……クソ、頭痛てぇ目も回ってきた、けど)


 後少し、もう少しで手が届く。

 俺の憧れ、俺の目指す先、プロ棋士という夢に──。

 果たしてそれは──。


「──……見つけた」


 本当に……思わず、といった様子の呟きを前に挫かれる。

 最後の秒読みを待たずして相手が着手する。

 その一手は──読み違いの許されぬ飛車切りからの王手。


「──ッう!」


 心臓が止まった、そう錯覚するほどに息が詰まる。

 脳裏で爆発する不安と焦燥感。


 まさか、まさか……まさか、まさかまさかまさか……!?


(詰んで……いるのか!?)


 自陣は未だに金駒が堅く囲っている上、攻めに回っている大駒の筋も通っている。

 いざともなれば攻撃陣を周りに回せば未だ盤石。

 まして今しがた指した手は守りをさらに厚くするもので……。


(いや、違う……!)


 そこまで考え、電撃のような閃きが脳裏に浮かぶ。

 先の手、『銀』による守りを『飛車』で外し、『馬』も切って今ある盤上の小駒で陣を剥がし、手持ちに加わった守り駒をそのまま攻めに転用すれば……足りる。


(二十……七手詰……?)


 長手数ではあるが……間違えなければこちらの『王将』の首に届く詰みの刃。

 その刃の冷たさと絶望を感じるとともにそれ以上の衝撃が俺を襲う。


(……示されれば、分かる。だけどこの混沌とした一分将棋の中で三十手に近い手を見切ったっていうのか?)


 この極限の緊張と焦燥の中、満足にパフォーマンスも発揮できないだろう環境下で、目前の少年は正確に正着を見切ったと?

 ……指先が混乱する頭脳を置いて、秒読みに急かされて動く。

 信じられないという感情が、疑うように読み通りの手順を繋ぐ。


 それに相手は強く頷き、もはや焦燥も不安もなく、確信と共に着手していき……。


「まけ、ました……」


 俺は擦れるような声で自らの敗北を認めた。




 ──これがつい三年前の出来事。

 プロ棋士となって今ですら拭いきれぬ敗北の記憶。

 後の雑誌で『史上初の中学生プロ競争』と銘打って世間に知られるようになった一戦だ。

 この時、誕生した史上六人目の中学生プロこそが、かの『神童』より将棋界最高タイトル『奔王』を奪取し、再び群雄割拠の時代の鐘を鳴らした男、明星太陽(あけぼしたいよう)だ。


 そして──俺こと月ヶ瀬竜馬(つきがせりょうま)は未だあの敗戦を忘れられないようにこれといった戦績を残せぬまま燻り続けている。


 夢を掴み取った果てに辿り着いたのは天才たちの箱庭。

 敗北から立ち直れぬまま、俺は夢の舞台に立ち尽くしている。

将棋関係の読み物少なかったので自分で書くことにしました。

趣味兼自己満足なのでお手柔らかに。

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