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ミッション9

銃口を真っ直ぐこちらに向けて威嚇するその人は湊だった。ゼエゼエと肩で息をしており、前髪の隙間から覗く瞳は昨日見た本気の時の目だ。


緊迫した状況の中で、久坂の不敵な笑い声が響いた。


「はははは!!やっときたか。ずいぶん遅かったね。プロなら5分以内に来れなきゃって前に言ったよね?」


久坂はそう言って私の腕を引き、立ち上がらせて首に手を回した。


こめかみに当てられた銃口はひんやりとしていて、でもやけに冷静な自分がいた。多分、まだ先ほど言われた言葉が整理できてないからだと思う。


「悪いが、俺ァそんなたいそうな立ち位置じゃねェ。傍に居ちゃいけねぇような疫病神だ」


「疫病神ねェ…………あ、そうそう!月宮さんのことについて全部教えてあげといたよ」


その言葉を聞いた湊は瞳孔を開かせた。


「月宮さんが死んでから5年か~。この5年の間何をしていたの?俺たちに対抗するために修行でもしてたわけ?ははは!!桜ちゃんと会ったのもつい先日だろ?俺らがこの子の事見つけてから動き出すようじゃ遅かったんじゃない?ってかもう全てが遅いよね!!」


「口を閉じろ……」


「ははは!怒ってる?そりゃそうだよね。君相当彼に世話になってたもんね~。君が俺に向けるその殺意って、もしかしてそれが原因でもあったりするわけ?」


わざとらしくそう言った久坂をじっと睨みつける湊はギリリと奥歯を噛み締めた。

ゆっくりと息を吸い込み、腹の底から吐き出すような低い声は、今まで聞いた中で一番怖い声だった。


「てめェだけは許さねぇ……月宮さんを……おっちゃんを殺したてめぇだけは許さねぇ……」


私はその言葉を聞いて驚きのあまり目を見開いた。


お父さんを……殺した?


体が震え始めた私に気がついたのか久坂は私の顔を覗き込んだ。


「あれ?言ってなかったっけ?殺したの、俺」


頭が真っ白になった。


こいつに触れられている部分が急に汚らわしくなり、体中に鳥肌が立つような気分だ。

怒り、憤り、そんな軽い言葉では表せられない。

初めて人に対する本気の殺意を覚えた。


それでも、叫んだり、攻撃したいといった衝動には駆られなかった。

すべての情報がぐちゃぐちゃに入り混じって、ただもう何も考えられない。


するとまた湊が入ってきた扉が開き、人が入ってきた。

例の緑服を着た男が二人と、両手をあげ頭に銃を突きつけられた山崎さんだ。


「山崎さん――!」

「山崎ッ!」


私と湊が声を上げれば、山崎さんに銃を向けていなかった方の一人が湊に銃を向けた。

3対3のはずなのに一方的に不利な状況だ。


だが、久坂は冷静にそれらを見つめたかと思えば緑服の一人に銃口を向け、弾を放った。


すぐ近くで聞こえた銃声は予想以上に大きな音だった。一瞬何があったのかわからず、倒れていったその姿だけが目の裏に焼き付き、すぐに久坂の声が頭の上で響いた。


「そんな作戦に騙されるとでも思ったか?おい、お前。そいつのマスクを剥げ」


もう一人居た男も驚いた様子だったが、すぐに言われた通りに地面に倒れた男がつけていたマスクを脱がせた。


顔が露にされたその男は藤田さんで、苦々しい顔で傷口を手で押さえている。


「ふ、藤田さん!!」

「てめぇ!!」


私が叫んだのと、湊が久坂に向かって引き金を引こうとしたのが同時だった。


だが、もう一人いた緑服が湊の拳銃を打ち抜いた。


カランカランと音を鳴らせて地面を転がった拳銃は少し離れたところでその動きを止めた。


「沖田くん。君はもっと冷静になるべきだよ。時々感情的になって周りを見れなくなるところがあるからね。はははっ!!策士が策に溺れた時ってのは本当に見ものだ」


いちいち頭にくる発言だが、もうそんなことはどうでもよかった。

藤田さんが撃たれた。

この出来事にパニックになったのは湊だけじゃない。


大人しく手を挙げていた山崎さんは今度は自分が撃たれるなどという恐怖は無いのか、倒れた藤田さんに駆け寄り叫んだ。


「藤田さん!大丈夫ですか!藤田さん!!!」


悲惨だ。惨事だ。これは夢なんじゃないだろうか……そうだ、きっとそうだ……。


もう立っていることがままならなくなった。私の中にあると言われたその兵器を生み出した父が憎い。


たとえ私が死んだって、この悲劇を止めることはできない。何もできない自分がもっと憎い。



「さて、皆集まってくれたけどもう時間がないからさ。早くこの子の中の物を回収して帰らなきゃだからね」


私を担ぎ上げ、遠くの空からはヘリの音が聞こえた。もうすぐこいつの仲間が迎えにくるのだろう。

そんな絶望の中で静かに湊が言葉を発した。


「待て……お前は勘違いをしている」


「なんだい負け惜しみか?」


「違う――桜の中に確かにお前の探す物があるかもしれねぇ。でも、それは使用する事は出来ない。おっちゃんしか知らないパスワードがあるからな」


「湊……やめろっ……」


意識の朦朧としている藤田さんは、湊が何を言わんとしているのかわかったのが、苦しそうにその言動を止めようと言葉を漏らした。


「アンタもここで探してたんだろ?おっちゃんの残したその兵器の設計図を。場所はこの学校を指してた。違うか?」


「あぁ。この子の体内の金属が反応すると同時にそいつも反応した。確かにそれはここを示していた」


「そいつの場所、教えてやる。そいつと引き換えに桜を解放しろ。もう二度と……桜に関わんな」


私はその交換条件に驚いて思わず口をはさんだ。


「ちょ、湊……それってやばいんじゃないの……だって、それがこいつらの手に渡ったら……」


「もういい。世界なんざ知らねぇ……俺が命はってまで護りてェ物はそんなんじゃねェ……」


その言葉を聞いた久坂はニヤリと口角をあげて、私を地面に転がすように解き放った。


「いいだろう聞かせてもらおう」


軽くなった体だが、その場から動けなかった。逃げるなんて考えが浮かばなかった。

湊の顔を見たら、彼も私に視線を合わせて今までに無いくらい優しく微笑んだからだ。


「そいつは……俺の体の中にある。俺の心臓にはそのチップが埋め込まれてる」


その言葉には、誰もが驚いた。

藤田さんだけはそれを知っていたのか、「馬鹿が……」と言って歯を食いしばった。

山崎さんは驚きすぎて声が出ないのか、口を開けて呆然としている。


久坂も一瞬硬直したが、すぐにいつもの笑みを浮かべて「そうか」と言うと、また再び後ろの緑服男に合図をした。


「仕方ないね。最後の最後くらい花持たせてやるよ」


久坂のその言葉の後に、またあの銃声が鳴り響いた。

緑服の男が放った弾が湊に当たる。


赤い色が小さく散った。


スローモーションのように倒れていくその瞬間に、また私に一瞬微笑んで見せてきたから、かっこつけてんじゃないって言いたかったけど、「湊ォォォォ!!!いやぁぁぁぁぁ!!!」って、反射的に叫んでた。


すべての音が、声が、虚空に消えていった。


私はすぐに倒れた湊の元へ駆け寄った。


「湊!しっかりして湊!」


制服の白いシャツの脇腹辺りは真っ赤に染まっている。

仰向けになって傷口を押さえている湊の手も同様に赤かった。

まだ意識はあるが、切れぎれに息を吐き出している様子から大丈夫だなんて言えない。


「嫌だ…………湊、ねぇ…………」


死んじゃ嫌だ。でもその言葉を出すことにためらいがあった。

今まで生きてきて、こんなに血を出している人を見たことがない。


体験したことのない恐怖だった。大切な人を失うかもしれない。それも目の前で、自分のせいで。


私はハンカチを取り出して傷口を思い切りおさえた。正しい止血の仕方なんてよくわからないが、体が勝手に動いてた。何かしなければいけないと躍起になってるのは、その恐怖から逃れるためなんだと思う。


「桜…………」


湊は溢れる息に乗せて私の名前を呟いた。その声が本当に弱々しくて、いつも私に厳しい言葉を吐きかけてきていた面影はみじんもなかった。


「ごめん…………余計なことするなってちゃんと言われてたのに、私、勝手に…………」


「全部…………知っちまったんだな……すま……ねぇ…………ずっと……隠して……た……」


「ううん…………私もごめん……っく……うっ……湊にずっと…………辛いこと背負わせてた…………全部、全部っ……お父さんのことも、私の事も、全部背負わせてた…………私はッ……湊のために……な、何もできなかった…………」


気がつけば視界が滲み、涙はポロポロと溢れていた。謝りたいことはたくさんあるのに、嗚咽がそれを邪魔する。


「湊も馬鹿なんだから……なんで……なんでそんな大切なこと言っちゃったの……黙ってればよかったのに……なんで…………湊が死んじゃったら…………私は…………」


私は――生きる意味がわからなくなる。今までもずっとわからなかった。


平凡に暮らしながらも生きる意味を分からずにただ生きてきた。

死にたいとも思わなかったから生きてきた。

でも今、ここで湊を失ったらその思いが溢れてくるに違いない。

今まであった希望や平凡も湊と一緒に全てなくすことになるだろう。

そう確信しているから、目の前の人の死が何よりも怖かった。


「桜――教えて欲しい…………俺ァ…………お前にとって……なんだった…………」


いきなり何でそんなことを聞いてくるのかわからなかった。でも湊は重たそうに瞼を開きながら私が答えるのをじっと待っている。


「なんで、今聞いてくるのよ…………」


「最後くれェいいじゃねぇか……」


「最後なんて言わないでよ!!許さないんだから!!死んじゃったら許さない…………嫌になるほど一緒にいてくれるって、言ったじゃない…………!!わ、私にとって……湊は…………」


「ねぇ、感動のシーンだけど死亡フラグの回収はそれくらいでいいかな?」


私たちの会話を遮るように、相変わらずの調子で久坂は言葉を発した。


私は出しかけた言葉を飲み込んで声の主を見た。自分でも何を言おうとしたのかわからない言の葉が胸の奥に戻っていった。

睨む気にもなれない。眉は八の字に下がり、唇をぎゅうっと噛み締める。


先程まで遠くにいたヘリコプターの音がだんだんと大きくなってきた。

敵はすぐそこまで迫っている。


もう時間はない。


「おい、お前」


久坂は気だるげにフェンスに背中を預け、山崎さんにずっと銃を突きつけていた緑服の男に声をかけた。


「もういい。ここにいる全員撃ち殺せ」


私はその言葉を聞いて目を見開いた。こうもあっさりと裏切るこいつに、抗議の言葉なんて出ない。

すると、命令された緑服の男は私たちに向けて銃を構え、何を思ったかゆっくりと自分のマスクに手をかけた。


私も死ぬのかな……まぁそれでもいいや。


なんて思っていると、急に湊の手が伸びてきて私の頭を手前に引き寄せた。湊の肩に私の額を押し付けられ、「ったく…………そんなんだからお前はすぐ騙されるんだよ」と耳元から呆れたような言葉が吐き出されてからは、全てがあっという間の出来事だった。


私が「え?」と言葉を返した時には湊は私を抱きしめ、ぐるんと180度周り、私の背中は床についていた。そして私をかばうようにする湊の背中の上を何発か銃弾が飛んでいき、それと同時に久坂が苦しそうに声を出し、拳銃を落とした音がした。


私は何があったのかと、頭を動かしてその音がした方を見れば、男のマスクは地面に落ちており、聞き慣れた低い声が響いた。


「悪ぃが…………その命令は聞けねェな。久坂ァ…………」


ニタリと、不敵に笑った男は銃を久坂に向け、余裕あり気にもう一発威嚇の弾を放った。

湊もすぐに私から離れ、自分が落とした拳銃を拾い上げ引き金に手をかけた。


右肩を左手で抑えながら久坂は「貴様ァ…………」と悔しげに声を漏らす。左足からも血が流れているから、もう走って逃げることはできないだろう。


「惜しかったな。藤田さんを敵と判断するまでは上出来だったぜ?」


「残念でしたね、久坂ぁ。策士が策に溺れた顔ってのはそういう顔の事を言うんですか?確かに、最高の顔ですわ」


二人のその言葉の後に、藤田さんは立ち上がり、上半身の服を左右に開くと普通以上に厚く着た防弾チョッキが姿を現した。


「久坂よォ、対象物を打つときは胴体を狙わずに頭を撃ち抜けと教わらなかったか?一発で殺すつもりもないお前の悪い癖が出たってとこか」


藤田さんはそう言って、血糊でベタベタになった手をぷらぷらと振った。


「久坂。もうお前の味方はいない。大人しく俺たちについて来てもらおう」


山崎さんも胸から拳銃を取り出し構えれば、久坂はギリリと噛み締めていた歯を緩め、また狂ったかのように笑い始めた。


「あっはっはははははははははは!!ひーひゃっはっはっはっはっは!!」


私たちはしばらくその姿を見つめた。腹を抱えて笑い続ける彼が、笑うのをやめたころにようやくヘリコプターが上空を舞始めた。


「はーっ……やられたなー……ほんと、やられたよ……今、この上を飛んでるヘリも君らの仲間なんだろ?ふっはははははは……あーああ。ほんと、やられたよ……気づかぬ間に四面楚歌か…………」


そう言って久坂はフラフラと床に座り込んだ。片膝を立てて、そこに肘を預ける彼からはもう抵抗の意思は感じられなかった。


「久坂……もう逃げ場はねぇからな。お前の帰る場所もないことは、よくわかってんだろ」


「そうだね。裏切り者についた裏切り者はまた裏切りによって身を滅ぼす…………笑うしかねーよ」


私は一人ぽつんと地面に座ったまま成り行きを見ていたわけだが、まったく状況がつかめない。

敵と思っていたのがトシで、撃たれたと思っていたのが打たれてなくて、死ぬと思っていたのがピンピンしてて…………さっきまで威勢のよかったのがもう死を覚悟してる。


「死亡フラグ踏んでたのは俺じゃねーか……あーぁ……失敗だよ……」


「月宮さんを殺したとこから、お前はそうなる運命だったんだ」


「ははっ……そうだな。駒なんて全部使い捨て。もう、全部壊れちまえばいい…………お前らも、組織も、世界も。そういえば、沖田くん言ってたよね?命はってまで護りたいって?ははっ……じゃあ俺は、君のそれを命はって壊しに行くよ」


久坂が言葉を発したかと思えば、いきなり銃を拾い上げ、私に向けて発砲しようとしてきた。だが、その引き金が引かれるよりも先に、湊の銃口から弾が飛び出した。


今までで一番乾いた音がした。小さな拳銃から放たれた弾は真っ直ぐに久坂の頭を打ち抜いた。


ゆっくりと後ろに倒れていくように見えた。

そして、もう何も言葉を発しなくなった。


上空で舞うヘリコプターの音と強い風でなびく髪の毛は、その光景にぼんやりとした幕をかけた。

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