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ミッション3

 あれからまた車で家まで送ってもらってベットに寝転がるとすぐに意識は遠のいた。


 朝目が覚めて昨日の出来事は夢だったのかと思ったが、シャワーを浴びようとした時、胸元でキラリと光るものが揺れた。それは確かにトシ君につけてもらったものだ。


 現実味の無い話。

 流れのままに怪しい集団の一員になったはいいが、いったい私にこれからどんな役目が待っているというのか。

 昨日も結局顔合わせ程度で、今までどんなことをしてきたのか、これから何をするのか詳しく聞いていない。皆の連絡先を聞いて終わってしまった。



「はぁ……いったいどうなってんの……」


「いや、こっちが聞きたいよ」


 学校に着いて机にうつ伏すなり溜息をつけば、友達がいつの間にか私の周りに群がり様々な質問を投げつけてきた。


「昨日の人達だれ!?」

「あの後どこいったの!?」

「知り合いなの!?」

「紹介してよ!!」


 生憎、聖徳太子でもなんでもない私はそれらの質問全てに答えることはできない。それ以前に答える気も無かったため、「まぁー……そのー……」なんて濁しているとチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。

 周りにいた皆もそれを見て「次の休み時間にまた聞くから!」なんて口ぐちに言って各自自分の席に着いていった。


 皆に何て言おう……。

 普通に昔馴染みで、普通にお茶して帰ったってなくらいに言って適当に流しとけばいいか。


 自分の中で回答が整理でき、幾分かはモヤモヤも晴れたので顔を上げて黒板の方を見れば、いつもと少し違う雰囲気を醸し出した先生が私達を見渡していた。


「おはようございます。朝のホームルームを始めるが、その前に転校生の紹介をする」


 こんな時期に珍しい。もう少し早く来たなら新学期のクラス替えと共に教室に混じれたというのに。


 教室の皆もおそらく同じことを考えているんだろう。今さらか、といった顔をするが、それでもやはり転校生には興味があるらしい。

 男か、女かなんて会話に始まり、そこからイケメンだとか美女だとかを期待した声もあがる。

 受験を控えた今年で最後の高校生活。まぁ期待をするのはわからなくもない。


 私は、頬杖をついたまま教室のドアを見つめた。

 皆の視線が集まるそこに向かって先生が「入って~」なんて、ドラマや漫画で良くあるシーンだけど、実際にもこんなもったいぶるもんなのかと思う私は、どうやらそこまで転校生に期待はしていないらしい。


 ゆっくりとドアが開けられる。

 見慣れた男子のブレザー。男か。

 だが、その男の顔を見て私は驚き目を見開いた。


「どうも、沖田湊です。よろしく~」


 目と口をあんぐりと開けて自分を見つめる私に気が付いたのか、校則違反もいいとこの明るい髪色をしたそいつはニヤリと口角をあげた。


「沖田君は帰国子女でね、長い間アメリカにいたそうだよ」


 じゃあ、あの一番後ろの席に座って。と言って先生は私の席の後ろを指差した。


 軽そうな鞄を肩にかけて教室の真ん中を威風堂々と真っ直ぐに私の方に向かって歩いてくる。

 周りの何人かは、昨日校門に居た人物とこいつが同一人物であると気づいたようで、好奇心が爆発しそうな顔で私と湊の顔を交互にみた。

 また、男子はなんだ男か、なんてがっかりしてたり、女子は女子でその整った容姿にわくわくしていたり。


 湊は私の横を通り過ぎ、椅子に座ったのだろう音がした。

 驚き伸びた私の背筋に「これからよろしくなァ」と掠れるような声が届けられた。


 先生が教卓で何かをペラペラ話しているが、内容なんて一つも頭に入ってこなかった。


 なんでなんでなんでなんで……!!


 私は疑問の声を脳内で呟き続けたが、それに答えてくれる人なんてのがいるわけもなく、混乱する頭を抱えてもう一度うつ伏した。


 この場に置いて明らかなる奇行だが、先生が「はい、授業を始めるから前を向け」と言った声で皆の視線はもうこちらを向いてはいなかったので咎められることはなかった。


「じゃあ昨日の続きから。出席番号が……じゃあ中島と難波と丹羽は解答を黒板に板書してくれ。」


 名前を呼ばれた三人は立ち上がり、黒板に板書を始めた。周りの皆はノートと教科書を開いて各々自分の世界へと入っていく。おそらく、未だに机の上に何も乗っていないのは私だけだろう。


「おい、桜。ルーズリーフ貸してくんね?あと、シャーペン。今日何も持ってきてねーんだわ」


 訂正。もう一人いた。

 こいつはいったい何をしに学校へきたんだ。


 私は黙って机からルーズリーフ、鞄から筆箱を取り出して後ろの湊に渡した。


 振り返った時、視界に入った顔は、私が混乱しているのをあからさまに楽しんでいる表情だった。

 その証拠に「これからは嫌というほど一緒に居てやるって言ったろ?」と私の耳に手を当てて鼓膜に声を響かせてきた。


 その時、隣りにいた友達と目が合って、彼女からも面白いものを見たというようなニンマリとした笑みが向けられた。


 違う違う違う!なんて、何が違うのかわからないまま首をブルブルと横に振って否定したが女子の目は厳しい。

 色恋沙汰が大好きな目をしている。


「後で詳しく教えなよ」


 小さくそう言った後、またシャーペンを動かす彼女からは逃れられそうにない。


 さっき考えた回答はなかなか良いと思ってたのに、湊の考えがわからない今、私は真っ白なノートと一時間、ただただ見つめ合っていた。



「ねぇねぇ!沖田君って帰国子女なの?」

「昨日校門に居たよね?」

「なんでこの学校に来たの?」


 授業が終わるなり、私の後ろの席にはカースト上位の女子達がわらわらと湧き出てきた。

 違うクラスからも仲間を引き連れてきたりと、自分の席なのに居心地が悪すぎる。

 私は無言で立ち上がって少し離れた壁に背中をあずけた。

 ぼーっとしながらスマホをいじるも、その集団の会話、そして教室全体の声が耳についてしまう。


「アメリカにいたの?」

「あぁ」

「転校ってどうして?」

「親の都合でね」

「何処に住んでるの??両親も一緒?」

「友達の家に転がり込んでる」


 一つの質問に簡潔に答える。その答えが嘘か本当なのか私でもわからない。

 だから余計にその会話に意識がいってしまうらしい。


 私は、湊の事を何も知らない。

 何だかそれが急に寂しくなり、また嫉妬と似た妙な感情を覚える。


 スマホをポケットにしまうと私の隣りの席の彼女こと、おーちゃんが話しかけてきた。


「ねぇ、桜!さっきの何よ~!沖田くんとやけに仲良さそうじゃん。付き合ってんの?」


 想像していた通りの質問をされ、私はため息を吐きつつ答えた。


「いや、違うよ。ただの幼馴染。小学校までは一緒だったんだけどさ、そっから引っ越しちゃって。まさかアメリカに行ってたなんて今の今まで知らなかったよ」


「へぇ~。じゃあ、どう思うの?」


「何が?」


「沖田君。早速人気じゃん?もうあの中の女子の何人かはすでに沖田くんの連絡先知ってたりするよ?」


 私はふ~んと返答をしながら楽しそうに話す彼らを見つめた。


 人に干渉されるのが嫌いでいつもマイペース。他人のことなんて知ったこっちゃないといった彼だったけれど、しばらく見ない間に幾分か友好的になったらしい。

 アメリカンジョークの一つでも飛ばせるくらいになってるんじゃないだろうか。


「まぁ、頑張りなよ!」


 そう言っておーちゃんは私の肩をポンと叩いて席についた。


 いや、頑張れって何をだよ。


 そんな事を思ってもう一度視線を湊にやればパチリと目があってしまった。

 別にそらす必要も無かったのに慌てるように顔を背けてトイレに向かった私はいったいどうしたいのか。



 それから何事も無かったかのように次の授業を受け、また休み時間も教室を出て時間をつぶし、次の授業を受ける。

 今日一日でこんなにも普段の生活と変わった感じがするのは、ただ転校生がきたからというだけじゃないだろう。

 昨日のことからの今日の事。それが一番引っかかっているところだ。



 3時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、同時にお昼休みになった事を知らせる。


 教室の皆はそれぞれお弁当を出したり、学食へ向かったり、購買へ向かったりする。

 私も今日はお弁当が無かったため、友達に先に食べといてとだけ伝えてお財布を片手に教室を出た。


 その時他のクラスの女子が「沖田くん、これ食べない?」なんて早速馴れ馴れしくお菓子を持って教室に入ってきていたが、私が何かを思うのも変なのでいつもと同じように一人でパンを買いに走る。


 だが、購買に着く前に誰かに手を掴まれ、走っていた勢いも関係なくその場に止まらされた。


「おい。俺を置いてどこに行く」


 ご機嫌斜めな声でうなる後ろの主を見てみれば、それは教室でチヤホヤされていたはずの湊で、私も驚きまた同時に少し冷たくしてしまう。


「いや、置いて行くって、誰も一緒に行くなんて約束はなからしてないし」


「おうおう。桜のくせにどの口がそんなこと言ってんだ?」


「私のくせにって何よ!いいじゃない。どうせ他の女子と約束とかしてんじゃないの?」


 そう言って掴まれていた腕を振りほどけば、湊はさっきより一層機嫌が悪そうな顔になる。


「誰が嬉しくてあんな香水臭ェ奴らに囲まれて飯食わなきゃいけねぇんだ。食が進まねぇ」


 そう言って湊はいつの間に盗っていたのか、私の財布を手の上で投げ遊んでいた。


「ちょ!財布!いつの間にとったのよ!もう返して!」


 そう言って腕を伸ばせばひょいと避けられ、また高く上げられた手に飛びつけば湊もぴょんぴょんと跳ねて完全に私が遊ばれている。


 むぅ。とふてた顔をすれば、湊はそんな私にお構いなしで「購買いくぜ~。焼きそばパンが売り切れちまう」なんて先に歩きはじめた。


 大人しく着いて行きながら、いつかタイミングを窺って取り返してやろうと思ったが、そんな私の考えなんてお見通しなようで「俺の職業をなんだと思ってんの?無駄な抵抗はやめときな~」と言って私から戦意までも奪っていく。


 購買に着き、今度は私の財布からお金を出してやきそばパンを買おうとしている彼に何かを言ってやろうと思ったけど、「桜は何にする?」なんて何食わぬ顔をして聞いてくるから、本当に扱いに困る。


 ってか、転校初日のクセになんで購買の場所把握してんだ。


 そう疑問に思ったけど、先ほどの「俺の職業を何だと思ってんの」と似た答えが返ってくるんだろうなと思うと、私は素直に「チョコブレッドとクリームパン」とだけ彼に向かって言葉を発した。

 そうすると、「じゃあ俺ももう二つ買おっかなー」なんて言葉が聞こえてきたが、私はそれ以上何も言えなかった。

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