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第9話 キューピットさん(9)

 16時40分過ぎ頃。


 部活動中の礼司はいつものように走っていた。

 心頭滅却。自分の努力を肯定するような、モチベーションを上げるようなイメージに集中。

 練習の成果、勝利する自分、そして体だけでなく精神を鍛え、もう一度優子に思いの丈を――!

 だが、そのイメージはどうしても、長く続かなかった。

 頭の中には何度も、飯島玲奈のことがちらついて離れない。

 あの色めいた笑顔、あの妙に艶っぽい声色、そしてあの白い肢体――

 小学生の時とは、別人のようだった。と言うか、ここに年間で時々見かけた時にも、あんな怪しげな魅力は放っていなかったではないか。

 一体何者なのか、彼女はなぜこんなにもたやすく自分の心に入り込んでくるのか。気になってしょうがない。


 ――駄目だ、集中!集中しろ!


 何に?もちろん練習に。あるいは白石優子に。そのことが無くても、少なくとも自分はいつも通りの自分でいなければ。気が抜けているのは外から見てすぐわかるものだ。仲間の士気が下がってしまう。礼司は大真面目にそう心配していた。さすがに自意識過剰である。

 彼は仲間たちの方を横目で見る。そこには恵美の姿もあった。

 ハードルを飛び越える正にその瞬間。小麦色に日焼けした健康的な脚が、高く美しく宙に伸びる――ちょうどさっきまで玲奈の脚のことを思い出していたので、なんだか気まずい。礼司が目を逸らそうとしたその時、恵美の様子に異変が起きた。


 彼女は突然、空中でガクリと姿勢を崩し、転倒したのである。


 当然、ハードルがガシャリと二台、彼女の体に巻き込まれて倒れた。それだけ見れば、熱中症を疑うところだっただろう。今は真夏だ、無理もない。

 だが、彼女の倒れる方向が不自然だった。空中で、突然――礼司の立っている方、すなわち斜め左方向に、何かに突き飛ばされたかのように投げ出されたのだ。


 ……そして、倒れこんだ彼女の右わき腹には。


「……え?」


 …………赤い矢が突き刺さっていた。


 なぜ、そんなものが――日常の文脈が破壊され、礼司の思考は停止する。だが辛うじて矢の射手のことに連想が及び、飛んできた方向を見る――彼の視力は2.0。


 窓際に、何か掲げていたものを下ろそうとする、白い人影が見えた。


 直後、その人物の姿は霞の様に掻き消えた。


 ――ゆう、れい……?


 訳が分からず呆然とすること、二秒弱。

 恵美の介抱をしなければいけないと思いだしたのは、それからだった。


 ――大けがした時の、応急手当――


 責任感の強い彼は、混乱している状態にしては、普通の児童より早く頭が回っていた。

 ――どうする……!まずは傷の深さが……!抜くか、抜かないか……。


「…………!?」


 矢はもうなくなっていた。そして恵美の体には、傷もまったくついていない。


「……………………あ。おい、大丈夫かっ?おい恵美!おい!」

 礼司は彼女を揺さぶったりあわただしく脈をとったりする。

 その様子を、校舎の前をさりげなく歩く玲奈が無感動に見つめていた。

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