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第3話 キューピットさん(3)

 次の日。二年A組。午後2時近くのこと。


 五時間目の教室では、生徒たちの頭上に眠気のヴェールが重くのしかかっていた。


 その中でも窓際後方、極めて目立ちにくい席に座るのが世常智也(よつねともや)である。

 席替えはくじ引きだったが、自分で選んだ。あまり他人に注目されたくないタチなのだ。友人も少なく、部活動もやっていない――人とのかかわりを極力避けている。しかし、彼の場合は内向的と言うのではなく、他に理由があった。


 何にせよ、そんな彼も周りの生徒同様、そろそろ眠気のピークに達するところだった。

 基本的に授業は真面目に受ける主義で、成績もかなり優秀だった。定期テストは最大で学年11位。しかしトップ10には入らないようにギリギリ調整している。

 それから、あまり居眠りもしない。万が一教師に見とがめられれば、やはり注目されることになるからだ。

 ……しかし、今の授業は数学である。よりにもよって五時間目の数学である。誰だって寝てしまう。智也にしてみれば数学こそはきちんと内容を聞いておかなくてはいけない授業だったが、かといって彼には、歯を食いしばって眠気に耐えるほどの熱意はない。

 勉強は好きだが、授業は好きではない。智也はむしろ、義務教育などと言うものは教え方のレベルが低いと感じることも多く、半ば侮っている。


 そしてそんな彼が、今まさに眠りにつこうとしていた時だった。


 ――彼の視界を、何かが超高速で横切った。


 そしてバチィッ、と火花のような音/光と共に、「あいたっ」、と可愛らしい声が響く。

 その声の主は、智也から見て右斜め前の方、前から二番目の席に座る白石優子(しらいしゆうこ)だった。

 智也は当然、意識が引き戻されて、何事かと目を見張る。

 優子は側頭部を手で押さえ、後ろを振り返る。誰かが消しゴムを投げたのかな、と思っていぶかしんでいるようだ。

 智也とも一瞬目が合うが、彼の方はそれどころではない。

 ほとんど見えないほど速く飛んできた物体が、優子に当たったことは間違いない。それなのに「あいたっ」で済んだことが驚きだった。そしてその物体は着弾(?)直後、鉄の壁に弾かれたように進路を変え、天井に突き刺さった。

 その時になって初めて、それがなんだったのか目に見えるようになる――――それは、先端が赤いハート型の、矢だった。


「……は?」


 智也は思わず疑問符を発してしまい、慌てて口をつぐむ。幸い声が小さかったのでそれほど目立たなかったようだ。前の席の男子がちらっとこちらを振り返った程度。

 智也が再びそれとなく天井に視線を移すと、なんと例の矢はその輪郭が薄れていって、空気に溶け込むように消えるところだった。


「……………………!?」


 何が起きているのかさっぱりわからなかった。

 そしてそれは、優子も同じだった。先ほど目が合った智也が何やら天井を見つめているので、自分もそれにならって、自分を襲った物体の正体を一瞬だけ確認したのだ。


「え…………。」


 優子も困惑したが、怖いとは思っていない。別にけがもしていないし、おかしな感じもしないので、自分の体に問題はない。それに、彼女はこの不思議な状況自体に関しても、そもそも恐いと思ったりしない――こういうのには、慣れている。


 その次に二人がとった動きは完全にシンクロしていた。すなわち、その物体が飛んできたと思わしき方向――窓の外を見たのだ。

 何の変哲もない、グラウンドが広がっている。人っ子一人見当たらない。そしてこの教室は、三階にある。見渡す限り、同じ高さから矢を放てる建物はない。


 優子は振り返って、「見たよね?」と確認するように、再び智也と目を合わせる。智也は反応に困ったが、とりあえずうなずいた。

 彼女もうなずいたが、すぐに前を向く。


「「……………………。」」


 二人とも、特に騒ごうとはしなかった。


 優子は、――これは詳しく調べないと、と思い、

 智也は、――見なかったことにしようかな、と思った.

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