調査隊の報告
魔法部隊の研究所から城に戻り、一度風呂に入ってから会議所に向かう。会議所にはすでに頭領達とそれぞれの補佐が集まっていた。
今回の調査で今後の動向が大きく左右されるため、補佐も連れ立っている。些細な違和感や疑問も重要なことであるかもしれないため、多少失礼なことがあっても目溢しされる。今回の調査でまとめられたことはそれぞれの部隊にも通知されるし、街にも知らせが行くだろう。
会議所には大きな円卓が置いてあり、その周りを囲うようにそれぞれが席についている。私もその中のひとつに座る。席は一部空いており、その目の前に魔導具が用意されている。その魔導具で、地上にいる調査隊と直接やり取りを行うのだ。
少しばかり待つとブランが入室してくる。
「ではこれより、地上の調査隊から報告となります。一度報告が終わるまでお聞きいただき、終わり次第質疑応答、今後の調査への要求などを行います。」
それぞれがうなずくとブランは魔導具を操作する。すぐに魔導具が動き出し、体の透けたヒトが映し出される。アレギスの透けた姿と似通っている。
調査隊の隊長は緊張しているようで表情が固い。
「まず、われわれ調査隊は商人が魔物の被害を受けて道に迷った、という体で村に近づきました。村の様子を見るために荷物は奪われてもいい物のなかでも良いものを持ち込んでおります。
結果として、村で滞在することはできました。言語は問題なく通じたのですが、村はあまりにも貧しいようで、宿として建物を貸すことはできるが食事などは用意ができないと言われました。
それは想定通りだったのですが、それ以上に村人が痩せこけており…。おそらく、まともな食料はありつけていないようです。農業をしても、できた作物の殆どを領主に押収されているようです。
そのためか子供はほとんどいません。その…子供ができるほどの栄養も取れていないからかと。
話を聞いたところ、この村が酷い扱いをされているということもわかっていません。時折冒険者なる者や、役人が来るものの、その他の人と交易なども行っていないようで…。ただ作物を育て、生きるか死ぬかのぎりぎりでどうにか生活しているようです。
それもあってか我々が多少不審なことがあっても、違和感すら覚えていません。商人にすら初めて会ったと言われました。
狩りはしないのかと問うたところ、周囲の魔物が怖くて手も出せないとのことでした。冒険者ならなんとかなるかもしれないが、普通の村人にはどうにもできないと。なので魔物がよく襲う酪農などは0です。
魔物に人が襲われることもあるらしいですが、どうすることもなく隠れてやり過ごすんだとか。領主は助けを出したこともないようですし…。」
思っていた以上の悲惨な様子に誰も言葉が出ない。前の世界でも酷い扱いを受ける民はいたが、命を奪うほどのことはされないし、たいていすぐに誰かしらが反乱を起こして大騒動になる。
ミリアーナの家族が反乱に加担し殺されてしまった件でも、騒ぎが大きくなりすぐに領主は捕まっていた死刑となった。ミリアーナはそのときにはすでに貧民街にいたため、そのことを知ったのはライルズに来てからだけども。
何も知らず、何も考えず、ただ死ぬときまで作物を納め続けるだけ。それを当たり前と受け入れているという話になんとも受け入れがたいものを感じる。話を聞いただけの私がこんな苦いものを感じるんだ、直接見た調査隊はもっと衝撃を受けだだろう。現に今も隊長の顔色が悪い。
一旦報告は終わったのか、マリアが顔を顰めながら手を上げた。
「質問をしてもよろしいかしら?」
「はい。構いません。」
「子供がいないということは、いずれ村は滅びるでしょう。そのことについてなにかいってたかしら?」
「働き手が減ったら何年かに一度、役人が他の村から人を連れてきて補充するようです。連れてこられた人もこの村と同じような環境にいるため、特に不備はない、と。この村でも子供が多く育ったら同じように別の村に連れて行かれるとか。」
「…本当にただの道具ね。」
「領主については詳細な情報は?」
「顔も見たことがなく、偉い人ってことしか知らないようです。そもそも地理も把握していないようなので、この村がどこにあるのか、領主はどこにいるのかも何もわかっていません。」
「なんで誰も抗わねえんだ?」
「自分は農民だからそうゆうもんだって言って、逆にこっちを不思議そうな目で見られました。学校もなく、字が読める人は0です。そんな考えも思い浮かばないのかと。
補足として、おそらく技術力も極めて低いです。先程建物を借りたと報告しましたが、ほぼ廃屋です。人が住んでいなかったからかとも思いましたが、村人が住んでいる家も対して変わりませんでした。」
「ずいぶんと何でも話してくれるようですが、警戒されていないのですか?」
「…警戒されていない、というか…。商人を名乗ったからなのか、おそらく自分たちより立場が上の人間だと思われているようです。おそらく身なりも彼らに比べればしっかりしていますし、服装も魔物から逃げ出した風を装いましたがそれでも彼らより全然マシでした。
良く言えば素直。悪く言えば愚か、です。」
「彼らの状態はそんなに悪いんか?」
「とてもじゃないけど、生活できているようには見えません。我々を自分たちより立場の上の人間だと思ったのに食事を用意できなかったのは、おそらく本当に渡せる食事がないからです。ガリガリで骨が浮き出て、遠目から見たらグールかと思いました…。」
「冒険者とは?」
「傭兵に近いような扱いです。魔物の素材がほしいから魔物を殺しに行く人たち、とか。冒険者がこの村に来るのは数年に一度あるかないかなのでほとんど情報は得られませんでした。
そうだ、どうやらこの村、魔法を使えるものがいないようです。」
「なんですって?魔法を使えない?魔力がないってこと?」
「魔力があるかは我々にもわからなかったのですが、魔法を使わずに井戸から水をくんだり、石を弾いてなんとか火をつけたりしているようです。おなじように魔導具も一つもありません。
なんでも魔法は偉い人が使えるもので、農民には使えないと役人が言ってた、と。」
「なんってこと…!」
聞くことすべてがなんとも言えないものばかりだ。反抗しても殺されてしまう、だとかで諦めているならまだしも、現状を享受しているなんて理解ができない。
なんとも言えない空気に会議場が包まれる。この様子では思ったよりも情報が得られなさそうだ。
今後は地図を自分たちで作りながら他のコミュニティを探すしかないだろう。この様子では他の村も同じで情報は何もないかもしれない。今いる村よりももっと大きい、街に該当するようなものを探していかなくてはならないようだ。
調査隊は明日、役人が来るという方向に向かうことが決まった。言語は通じるということが分かったし、最低限人が文明を持っていることもわかった。
この村は今後もこのまま道具として使われたまま生きて行くだろう。そのことについて思うことがないわけではないが、自ら現状を変えたいという意思がない限りは手を出さない。もし悪化したときに責任をとれとか言われても困るからな。それがわかっているから、この場にいる誰も助けようとか言い出さないんだ。