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ミリアーナにとって

ヘイグとマリアが罵り合っているのを殴って止める。お嬢様の前で醜い争いでお耳に入れたくもない言葉が出てくる前に止めてあげたんだから、2人には感謝してほしいくらい。頭を抑えうずくまる2人を尻目に苦笑するお嬢様を見る。どこを見ても怪我している様子はなく、ドラゴンとの戦闘によってお怪我がなくて良かったと心のなかで安堵のため息を吐く。

お嬢様の濡羽色の長髪は絹のように柔らかく滑らかだ。真紅の瞳は深慮を伺わせながらも宝石のように輝いている。街にも美容関係の店があり、見た目に拘るものもいるがその誰よりお嬢様はお美しいのだ。そんなお嬢様が怪我するところは見たくないけど、お嬢様が何よりも楽しそうに美しく輝く瞬間は未知のものに触れているときだから、その行動を縛りたくない。

怪我をしてほしくないから、ずっと守られていてほしい。でも、お嬢様に不自由はしてほしくない。そんな相反する気持ちを抱えるから、私はまだお嬢様になにもお返しできないのだ。


お嬢様は人間ではない。

明言された訳では無いが、そのお姿や魔力量、何より何年たとうと変わらない見た目から察せる長命は、人間ではありえないものだ。だが種別がなんだろうと私には関係ない。あの時、お嬢様に助けられてからそんな些細なことどうでも良くなってしまったのだから。


11年前。勇者が到来し、お嬢様が眠りにつく1年前に私は貧民街で死にかけているところを助けられた。

もともと農村で両親と3人の弟と貧しくも慎ましく暮らしていたが、領主の代替わりがあったときすべてが変わってしまった。増える税に苦しみ、近くに住んでいた年上のお姉さんは見た目が気に入ったと無理やり連れて行かれた。結局お姉さんは苦悶の表情を浮かべた頭だけで帰ってきた。若い娘は家の中に隠し、領主の取り巻きの暴力や強奪を耐え忍び、明日の食事も考えられなくなったところで両親は目の前で殺された。領主の横暴に反旗を翻した結果目をつけられたのだ。私達姉弟は死にかけている父になんとか逃されたものの、その身が生きたまま焼かれる姿と苦痛の叫びが最後の姿だった。

農村から逃げ出し、なんとか王都にたどり着いたときには3人の弟は1人だけになっていた。それでも、王都に行けば仕事をもらえるかもしれない、生き残る道があるかもしれないと必死に歩いてきた。だが、そんなことはなかった。街に入っても汚いと店には入れてすらもらえず、誰も助けてはくれなかった。結局貧民街で、盗みを働いて食べ物を手に入れる日々だ。唯一残っていた弟も、盗みに失敗して商人に殴られそのまま衰弱して死んでしまった。その時ようやくわかった。私達のことを、助けてくれる人はいないのだと。

数年間貧民街で過ごしていたら、自分より幼い子どもを助けられるようになった。私は誰も助けてはくれないけど、死んだ弟と同じくらいの子を見るとどうしてもなにかしたくなってしまった。だが私には力なんてなくて、結局殴られている子供と私を助けてくれたのはお嬢様だった。


奇跡のようだった。神様が、いるんだと思った。

ボロ雑巾と変わらない私の頬を、その清らかな手でなでて癒やしてくださった。怒鳴る大人を黙らせて、その場にいた子どもたちを全員ライルズに連れて帰ってくれた。死にたくない、と目が言っていたから。それだけの理由で、なんの利益にもならない私達を助けてくれた。


最初は怖がったり疑ったりする子供もいた。でも、お嬢様は誰一人として見捨てなかった。温かい食事を、雨風のしのげる家を、勉強する機会を与えてくれた。ライルズの街の大人たちも、私達を助けてくれた。自分たちもお嬢様に助けられたから、仲間なんだと。私達がお嬢様から告げられたライルズで暮らすルールは3つだけ。


奪い合わないこと。

助け合うこと。

自分たちで生き残ることを諦めないこと。


競い合っても良い。嫌いになっても良い。でも、決して相手から何かを奪ってはならない。食事も、意思も、命も。

命を掛けなくてもいい。できないことをしろとはいわない。だが、ころんだ人に手を差し伸べ助けることはできるから。

お嬢様に寄りかからないで、自らの意思で生き残る道を諦めない。技術を身に着け、問題が起きれば皆で悩み、この平和が続くにはどうしたら良いか、自分には何ができるか考え続ける。


このルールを告げられた時、やっぱりお嬢様は神様なんだと思った。だってそうでしょう?こんな綺麗事だらけだけで、この天国(ライルズ)に住む権利が与えられるんだから。


きっと私が助けられたのは運が良かったから。お嬢様はすべての人を助けてくれるわけじゃない。弟たちは死んでしまったし、貧民街はもっと多くの子供も大人も死んでいた。そんななかで私が助けられたのは、運が良くて、そしてお嬢様に見つけていただけたから。

私は先生…ブラン先生の元で、お嬢様のためにできることを学ぶことにした。お嬢様は主となることを嫌がり、ブラン先生が唯一の執事で、家来だった。でも1人でできることは限られる。だからブラン先生に直接頼み込んで色々なことを教えてもらった。メイドとしての家事やマナーから、戦闘訓練や暗殺訓練まで幅広くしごかれた。それでも、お嬢様の力に成りたかった。


でも、その直後に勇者はきた。私達を助けてくれるわけでもなく、勝手な正義感と思い込みでお嬢様を殺そうとするなんて、絶対に許さない。もしも今もどこかで生きていたら、この手で殺してやる。でも当時はまだ力を持っていなくて、私は、結局お嬢様に守られてしまったんだ。


10年経って、お嬢様は目覚められた。

もう今の私は10年前とは違う。誰にだって、何からだって、私達からお嬢様(かみさま)は奪わせない。

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