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06.弟は聖剣のメンテに失敗し、失望される



 ヴィル・クラフト不在の店にやってきた、氷聖剣の勇者キャロライン・アイスバーグ。


 キャロラインはヴィルのことを心から慕っていた。

 ……そのヴィルをクビにしたことに、大変腹を立てていた。

 

 しかしヴィルの弟、セッチンは不思議でならなかった。


(なんで……この勇者様はここまで、怒っているのだ!?)


 セッチン視点では、店に来た勇者が急にキレたようにしか見えていないのだ。

 ……自分のせいでとはまったく考えていなかった。


「……ヴィルはどこにいるの? 彼に会いたい。聖剣を直してもらいたいの」


(! なるほど、そうか。メンテ係がいなくなったと思って、怒ってるのか!)


 そういうことか! とセッチンは勝手にそれが正しいことだと思い込む。

 ならば機嫌を取る方法も簡単だ。


「キャロライン様……兄に代わって、このぼくが、勇者様の氷聖剣アイスバーグを、メンテしてみせましょう」

『へー、あんたが? できるんか?』


 この声は聖剣に宿る意思、剣精によるものだ。

 剣精の姿は通常、キャロラインにしか見えないし、声も聞こえない。


「……あなたには無理」

「できます! やれます! 兄ができたことくらい……このぼくにとっては朝飯前です!」


 ……いったい兄の何を見て、そこまで自信満々になれるのだろうか。

 いや、何も見てこなかったのである。


 セッチンは父から才能が無いと早い段階で言われていた。

 一方で父に才能があると、ひいきされてきた兄のことを、強く恨んでいた。


 兄から持っているものを、奪い、恨みを晴らす。

 そのことに注力しすぎた結果、セッチンは、兄の真の実力を知らないでいた。


 兄にできるんだったら自分もできる、なんて根拠のない自信は、兄をよく知らないからこそ沸いて出てくるものだった。

『ここまで自信満々なんや。万が一、ヴィルやんと同じくらいのすごい鍛冶職人なんかもしれへん』

「……わかった。じゃあ、この子をあなたに任せる。もしきちんとメンテできたら、壊した武器の代金は全て支払うし、賠償金も支払う」


 YES! とセッチンは心の中で叫ぶ。勇者に貸しをつくるまたとないチャンスだ!


 ここで実力を証明できれば、この勇者は今後もうちに来てくれるだろう。

 兄はさらに悔しがることだろう! なぜなら彼の仕事を、奪ってやったからだ!


 ……と意気揚々と、セッチンは作業場へと向かう。

 氷聖剣アイスバーグを作業台において、セッチンは水を張った桶の中から砥石を取り出す。


「おまちください、勇者キャロライン様! 今すぐ、この剣をメンテします!」

「……できなかったら、どうなるかわかってるわね?」


 キャロラインの体から冷たい空気が漂っている。

 怒っているのは確かだ。


 しかしここで、自分がメンテ係を兄の代わりにやれるとわかれば、怒りもおさめてくれるだろう。


 セッチンは聖剣を手に取り、刃を砥石に滑らせる。


 ザリザリッ……!


『い、いたっ!』


 ザリザリザリザリッ!


『ちょ、痛いって強すぎや! もっと丁寧に!』


 アイスバーグが悲鳴を上げるも、彼【は】剣の声が聞こえない。

 

 ザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリ……!


『やめろボケなすぅうううううううううううううううううううううう!!!』


 その瞬間、氷聖剣の刃が強く輝き、周囲を一瞬で凍結させた。


「ひぃいいいいいいい! う、腕がぁ……! 腕がぁああああああああ!」


 セッチンの両腕は、砥石ごと氷漬けにされてしまった。

 それどころか、周りの鍛冶の作業に必要な道具が、ほぼ全て氷漬けになっている。


『おいこらボンクラ! ド下手すぎるやろ! なんやねん、あの力任せな研ぎは! 剣の声に耳を貸さず、自分勝手なメンテしよって!』


 もちろん、聖剣の声はセッチンに届かない。

 勝手に力が暴走したとセッチンは思ってる。


『ええか!? ヴィルやんは違った。道具の声なき声に耳を貸し、きちんと道具にも心があるって理解しながら、一回一回丁寧に研いでくれた! あんたとは大違いや!』


「ゆ、ゆうしゃさま……! これはいったい……?」


 一部始終を見ていたキャロラインは、失望のため息をついて、聖剣に近づく。

 剣を手に取って鞘にしまった。


「……この剣はとても怒ってる」

「け、剣が……? な、なにを馬鹿なことをおっしゃっております? 物が怒るわけがございませんよぉ?」


 キャロラインも、そしてアイスバーグも、この言葉で完全に見限った。


『あかんわ、こいつゴミ』

「この子も私も、あなたには失望しました。もう二度とこの店には来ません。賠償もしませんのであしからず」


 は? へ? とセッチンの頭の上に疑問符が並ぶ。


「ちょ、ちょっと待ってください! 失望したってどういうことですか!?」


 聖剣の声が聞こえないセッチンからすれば、困惑するしか無かった。

 キャロラインは冷たく愚者を見下ろしながら言う。


「……この聖剣は、生きてるの。意思が宿ってる」

「なっ!? そ、そんなばかな……」

「……ヴィル様は知ってたわ。聖剣の意思……剣精の存在を。そしてこの子が最高のパフォーマンスを発揮できるように、丁寧にメンテしてくれた……」


 でも、とキャロラインはセッチンに、さげすみのまなざしを向ける。


「あなたのは、ただ研いだだけ。技術的に大きく、あなたは兄であるヴィル様に劣っている」

「そ、そんな……」

「この剣の持ち主である私には、わかる。剣の声が。ヴィル様に研いでもらったときは、すごく機嫌が良い。でも今は、この子は怒ってる。あなたに、たいそう怒りを覚えてる」


 だから、氷漬けにされたのだ。

 勇者が嘘を言うわけがないことと、目の前のこの氷漬けの光景から、カノジョの発言が正しいことが裏付けられてしまった。


「う、うそだ……うそだうそだ! 兄に劣るなんて、ぼくは信じないぞ!」


 下手であることを認めず、自分が凄いと意固地になる。

 典型的な愚か者のすることだった。


『見限って正解やな』

「そうね。いきましょう。もうここには二度と来ないわ」

「そんなぁ~……」


 兄に劣ると馬鹿にされ、店の商品も粉々に砕かれて……。


 そのうえ、両腕は氷漬けにされている。道具も、使い物にならない。

 するとどうなるか……。


「セッチン?」

「シリカル……!」


 兄から奪った婚約者が、店に入ってきたのだ。


「剣がまだ納品されてないから様子見に来たけど……これは一体……?」


 商品棚は空っぽで、作業場は氷付けにされている。

 シリカルが驚くのも無理からぬことだった。


「それに……氷の勇者さまとさっきすれ違いになったんだけど……」

「あ、ああ……さっきまで……ここに来てた。聖剣のメンテだって……」

「それで?」

「……失敗した。怒らせてこの有様。そんで、もう二度と来ないって……」


 シリカルの顔から、血の気がどんどんとひいていく。

 

「で、でも! 別に勇者がひとり来なくなったからってどうってことないだろ? 客はまだたくさんいるんだから……」

「こ、このばか!」


 急に婚約者から罵倒されて、困惑するセッチン。


「ど、どうしたんだよ……?」

「キャロライン様はこの国のVIPなのよ! そのカノジョに嫌われたら、国に嫌われたのと同義なのよ!」

「なっ……!? なんだって!?」

「どうしてそんなことも知らないのよ! ヴィルは知ってたわよ!」


 ヴィル……ヴィル……ヴィル……。

 どいつもこいつも、兄を褒めやがる。


「う、うるせえ……! 今ヴィル兄は関係ないだろ!」

「怒鳴らないでよ! そもそも納品どうするのよ!? 早く作ってよ!」

「無理に決まってんだろ! この腕と作業場を見やがれ! どうやって作れってんだよ! そんなのもわからねえのかよ馬鹿!」

「馬鹿はあんたでしょ!」


 ……醜く罵り合う、セッチンとシリカル。

 そして、悪いことは重なる物で……。


「し、シリカル会長……」


 店の入口に、ハッサーン商会の部下がやってきたのだ。


「なに!? 今取り込み中!」

「あ、えっと……王家が、取引中止を申し出てきました……」


 ……シリカルもセッチンも、一瞬部下の言ってることがわからなかった。

 だが、次第にことの重大さに気づき……。


 彼らの顔が、真っ青になったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 弟君、腕と作業場が凍っちゃって、むしろ良かったんでは?   これで 「作業場が凍ったから作業出来ない」 「別の作業場だと感覚が違うから作業出来ない」 「腕が凍った後遺症で鍛治が出来ない」 「…
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