05.氷の勇者は愛しの彼の店に行き、弟に激怒する
ヴィル・クラフトが森で獣人奴隷のポロを助けた、一方そのころ。
王国付近の草原では、たった今未曽有の危機が訪れており、そして。
たった今、その危機は脱したところだった。
王国騎士団が到着し、その光景を見て絶句している。
「なんだ、これは……?」「古竜の大軍……だったものですかね?」
彼らの目の前には、凍り付いた、竜の死骸が無造作に転がっている。
騎士団にある日通報があった。王国のとある場所で、古竜の大量発生があったと。
古竜。SSランクの恐ろしいモンスター。
騎士団が束になってもなお、無傷では勝てない相手。
Sランク冒険者ですら手を焼く、恐ろしいモンスター。
そんな古竜が大軍となって、王都へと進軍してるという報告を受けて、王国騎士団は準備を整えて現地へやってきたのだ。
しかし、目の前に広がっているのは、凍り付いた竜の群れ。
「100はあるぞ、この死体……いったい誰が?」
「ばかおまえ、わかるだろう。あのお方のおかげだ!」
騎士団長が目の前を指さす。
死体の山の上に、ひとりの女性が立っている。
白く長い髪。真っ白な肌。アメジストの瞳を持った、とてつもない美少女だ。
騎士団員たちはみな、彼女の美しさに目を奪われる。
軽鎧を身にまとい、七色の光を放つ刃を持つ聖なる剣。
「氷聖剣の勇者、キャロライン・アイスバーグ様だ!」
女勇者キャロライン。今年で18になるという。
身長は女性にしてはやや高めの165センチ。
体つきは、細身だ。しかし胸は大きく、腰はきゅっと引き締まっている。
均整の取れたプロポーションに、その美しく整った顔から、国内外問わずファンがいる。
現に騎士団員たちはみな、女勇者キャロラインに見とれていた。
彼女は聖剣をじっ、と見つめた後、その場から帰ろうとする。
「お、おまちくださいキャロライン様!」
騎士団長が彼女を呼び止める。
ちら、とキャロラインがこちらを一瞥する。
「……なに?」
とても静かで、耳に心地よい響き。
そのはかない見た目、そして美しい声、男は垂涎モノの大きな胸に尻。
若い団員たちは彼女と少しでも会話したくてうずうずしていた。
そんな若い連中をいさめて、団長が彼女と会話する。
「勇者様、ご確認があります。この古竜、ざっと見た感じでは100体ほどおりますが、すべて、あなた様がおひとりで?」
「……そう」
おお! と団員たちが歓声を上げる。
古竜1匹と戦うだけで、騎士団が壊滅する危険性があった。
そんな強敵100体を、たったひとりで倒して見せた。
恐るべき強さだと、騎士団長は驚嘆を禁じ得なかった。
「……もういい?」
「あ、お、おまちくだされ! 我らとともに王城へまいりましょう。国王に御報告をせねば。報酬を支払う関係もありますし」
氷聖剣の勇者は、このゲータ・ニィガの勇者だ。
そう、この世界には国ごとに勇者が存在する。
獣人の国ネログーマには、水聖剣の勇者。
エルフの国アネモスギーヴには、風聖剣の勇者。
この大陸には6つの大きな国がある。
それぞれに勇者、そして6本の聖剣が存在する。
というより、国ごとに聖剣を保有しており、聖剣に選ばれたものが勇者なのだ。
……そして、その6本の聖剣をメンテしているのは、言うまでもなく【彼】である。
そう、彼は王国だけでなく、残り五大国にとっても、非常に重要な人物であるのだ。
まあ、それはさておき。
勇者は国が手に負えないモンスターを討伐したとき、国庫から報酬が支払われることになっている。
しかし、氷聖剣の勇者キャロラインは、騎士団長を無視してどこかへと立ち去ろうとする。
「お、おまちください! どこへ!」
「剣」
「はい?」
キャロラインが、氷聖剣を持ちあげる。
「剣、刃こぼれした」
「はあ……刃こぼれ。まあ、聖剣も剣、消耗品ですからな。それが?」
ぎょっ、と騎士団長が瞠目する。
氷の女、勇者キャロラインが……。
「「「わ、笑ったぁ!?」」」
そう、まるで恋する乙女のように、潤んだ、そして熱烈な視線を聖剣に向けている。
ありえない。いつどんなときだって、クールな表情しか見せない勇者キャロラインが。
笑ったのである。
なにかを、期待してるような表情だ。
「……そういうわけだから」
キャロラインはフッ、とその場から消え去る。
何が起きたのか理解できたものは少ない。
彼女の持つ聖剣の力を発動させたのだ。
「い、一瞬で消えてしまいましたね」
「ああ、おそらくあれが、氷聖剣の特別な力なのだろう」
騎士団長はその能力のすごさに、ただただ感心するしかなかった。
力の正体はわからない。
しかし目の前の古竜100体討伐を達成したのは、間違いなくあの聖剣があったからこそだ。
「それにしてもすごいですよねキャロライン様! 強くて、美しくて! 我が国になくてはならない存在ですよね!」
「ああ。あのお方がいるおかげで我が国は平和なのだ。古竜100体なんて、彼女じゃなければ対処できなかった」
他国の勇者たちは、それぞれの国に所属しており、頼んだところで力は貸してもらえない。
ゲータ・ニィガ王国が平和なのは、圧倒的な力を持つ、かの氷の勇者がいるおかげなのである。
「でも逆に言えば、彼女がいなくなったらやばいっすよね。町を守る結界だけじゃ、モンスターに襲われたとしても、根本的な解決にならないですし」
若い騎士が騎士団長にそう言う。
団長はうなずいて答えた。
「そうだ。だから、くれぐれも、キャロライン様には失礼の無いように。彼女がもし王国からいなくなるような事態になれば、この国はおしまいだ」
それほどまでに、氷聖剣の勇者キャロライン・アイスバーグは、王国にとってなくてはならない存在なのである。
……さて。
当のキャロラインはというと。
頭からすっぽりとマントをかぶり、王都にやってきていた。
るんるんと、鼻歌を歌いながらスキップしている。
『なんやキャロ、ご機嫌やなぁ?』
彼女の肩には1匹の子猫が乗っている。
この猫はただの猫ではない。
キャロラインにしか見えない、特別な存在だ。
「……アイス」
アイスと呼ばれた猫は、にんまりと口の端を吊り上げる。
『まーた、あの愛しの王子様のところにいけるのが、うれしいんやろ? ん?』
王子様というのは、この国の王の息子……という意味ではない。
特定の一人をさす。
「……ええ。ヴィル様に、会える」
彼女が頬を赤く染めて、弾んだ声で言う。
心臓がどきどきと高鳴っていた。
そう、氷聖剣の勇者キャロラインはヴィル・クラフトを心から愛しているのである。
『あんたもヴィルやん好きやねー。古竜100匹倒したのも、ヴィルやんに会うためやろ? そのために、うちを酷使してさ~もーまいっちまうでー』
そう、なんとこの猫、じつは氷聖剣に宿った意思。
剣精、と呼ばれる特別な精霊なのである。
6本の聖剣にはそれぞれの剣精が宿っている。
氷聖剣アイスバーグの剣精、それがこの猫、アイスの正体だ。
『まあうちもヴィルやんだいすきやで? あの人のメンテ、最高やかんなぁ。今まであんなに丁寧に聖剣を取り扱ってくれた八宝斎はおらん。って、ほか5体の剣精たちもべた褒めしとったなぁ』
「……そう。ライバル多いの。だから、がんばらないと」
聖剣は6本。
そして勇者も6人。
……そして、その全員が例外なく、ヴィルに好意を持っているのだ。
聖剣の使い手も、聖剣に宿りし剣精からも。
『ヴィルやんから、古竜100匹は倒さない限り刃こぼれしないーって言われたから、今回の古竜の群れを倒したんやろ?』
「……当然。私が剣を振るのは、ヴィル様のため。あの人がいるからここにいる」
……裏を返せば。
ヴィルがいなければ、もうこんなところにはいないということだ。
「……ヴィル様。ああ、ヴィル様っ」
『お熱やなぁ。っと、もう着いたで。ここがヴィルやんの新しい店やな』
前の工房とは別の場所に、ヴィルの店が立っていた。
キャロラインは髪の毛を手でなおす。
氷で鏡を作り、何度も何度もおかしなとこがないかチェック。
『問題ないって。美人やで』
「……よし!」
コンコン……とキャロラインは扉をノックする。心臓がバクバクしててうるさい。
早く出てこないかな、早く……と彼との再会を心待ちにしていると……。
「いらっしゃーい……って! あ、え、きゃ、キャロライン様!? あの、氷聖剣の勇者の!?」
……出てきたのは知らない男だった。
素敵なヴィルとは全然似てない、変な顔の男。
「……ヴィル様は?」
「ヴィル……? 兄を御存じなのですか?」
兄? ああ、じゃあこいつはヴィルの弟なのだろうか。
それにしても、全然似てない。ヴィルのほうが1兆倍くらい素敵だった。
「……ヴィル様はどこ?」
「あ、兄はおりません」
なんだ、外出中か……と肩を落とすキャロライン。
しかしそれでも問題はない。
「……中で待たせてもらうわ。ヴィル様に、聖剣のメンテを頼みに来たの」
「あ、ああ! それでしたら、このぼくが、担当させていただきます!」
……なんだ、この男。
自分が担当?
「……どういうこと?」
そしてこの男……セッチンは、踏んでしまう。
虎の尾を。
「兄はクビになりました。今日からぼくが、この店のオーナーです!」
……勇者キャロラインは、今まで見たことないような、怒りの表情を浮かべた。
そして、氷の力を解放する。
パキィイイイイイイイイイン!
「なっ!? きょ、今日納品予定の武具が! 粉々にぃ!!!」
キャロラインの力によって、店の商品が全部壊されたのである。
それも大事だが、それ以上に、この勇者を怒らせてしまったことに大いに焦る。
聖剣の勇者はこの国の最重要人物。
怒らせては、いけない相手だからだ。
「ど、どうなされたのですか!! ま、まさか兄? 兄があなたを不愉快にさせるようなマネをしたのですか! その腹いせでしょうか!」
……バカか?
いや、バカなのだろう。
キャロラインは一瞬で理解した。
このバカに、ヴィルはクビにされたのだろうと。
ヴィルが自分で店を辞めるわけがないし、父親は死んだと聞く。彼を追い出せるのはこの愚者のみ。
「……許さない。絶対に」