29.勇者、邪悪なる神に敗北するも助けられる
ヴィルが勇者キャロラインの聖剣を直している、一方そのころ。
雷の勇者ライカは帝国内の草原にいた。
「くそ! 邪魔くせえ!」
ライカは聖剣サンダーソーンをふるいながら大いに焦っていた。
草原には1つの氷像が鎮座してる。
それは巨大な獅子の姿をしてる。
黒いミミズのようなものに覆われしその獅子は、かつて神だったものの成れの果て。
ロウリィと同じく、かつて神だったものが、呪いに侵されて暴走している姿。
それを、邪神という。
帝国内に出現した邪神を討伐しようと、ライカは帝国の軍人たちを引き連れ現場へと急行。
しかしそこには、すでに王国の勇者キャロラインがいて、涙を流していた。
事情を聴くと、どうやらキャロラインは帝国にいるヴィルに会いに来たそうだ。
その道中で邪神と出会い交戦したものの、歯が立たず、結局封印するだけにとどまったという。
封印が完了した。これで問題解決……とはならなかった。
邪神を封じた氷が、少しずつひび割れていったのだ。
このままでは早晩、封印は解けてしまうだろう。
封印ではなく、倒す必要があった。
『キャロライン、あとのことはあたいに任せな。あんたは下がって態勢を立て直すんだよ!』
ライカは部下に命じ、氷の勇者を帝都へと搬送させた。
あとにはライカ、そして軍人たちが残った次第だ。
「ライカ様! だめです! まだ湧き出てきます!」
「くそ! 厄介だね! あのミミズの化け物は!」
ライカたちの目の前には、黒い色をした、巨大な触手のばけものがいる。
これは邪神の体表に張り付いていたものだ。
結界のひび割れから、この触手がはい出てきて、ライカたちに襲い掛かってきたのである。
ライカと軍人たちは応戦した。しかし……。
「銃かまえ! 撃てぇ!」
軍人たちが、銃剣を構えて引き金を引く。
放たれた銃弾が触手に殺到し、敵を穴だらけにする。
しかしその穴はすぐにふさがってしまうのだ。
「くそ! 全然効いてない!」
再生を繰り返す触手の化け物。
ライカは鞭状の聖剣、サンダーソーンで攻撃する。
「雷蛇!」
ライカは聖剣を地面にたたきつける。
いかずちの蛇が出現して、触手に巻き付いて感電死させる。
しゅうう……と黒焦げになった触手から湯気が出る。
「やったか……」
「ぐわぁああああああああああああ!」
軍人のひとりが悲鳴を上げる。
その腕には、極小の黒い触手がまとわりついていた。
「腕がぁ……!」
触手は軍人の腕にすいつくと、途端に分裂・増殖していく。
「人間の生命力を、エサにしてるのか!?」
増殖した黒い触手は、軍人の体をむしばんでいく。
「ぐぎゃぁあ! がぁあああああああああああああ!」
すさまじい悲鳴が周囲に広がり、軍人たちに恐怖を抱かせる。
触手まみれになった軍人は、この世のものとは思えない悲鳴を上げてのたうち回っていた。
「くそ! 触手を攻撃しようにも、あたいの雷じゃ本体も感電死させちまう。引きはがそうとしとしたら、そいつが呪いにかかる!」
厄介極まる相手だった。
銃弾で攻撃してもすぐに再生。
剣で切りかかっても同じことだ。むしろ、接近して戦えば、あの触手の餌食になってしまう。
「どうする……もう封印も解けちまうよ!」
びき、びきびき! とキャロラインが聖剣を代償に張った封印結界が、今にも砕け散ろうとしている。
触手ごときに手こずっている状況下で、もしあの邪神が解放されたら……。
脳裏には邪神が帝都を襲撃し、人間たちに死の苦しみを味合わせている姿がうつる。
そんなことはさせるものか。
愛する皇帝陛下も、祖国も、自分が守る!
「……あんたら、撤退しな」
ライカが軍人たちに命じる。
彼らは困惑の表所を浮かべながらいう。
「し、しかしまだ触手は残ってる状況で、しかも邪神は復活間際です!」
「ああ、だから、あたいがやる。【聖剣技】を」
「そ、聖剣技ですって!?」
それは、聖剣使いが使える奥義のことだ。
聖剣使いの全魔力、そして、聖剣(剣精)の寿命を削り放たれる、超必殺技。
「すまねえ、サンダー」
『気にするでない、ライカちゃん。わしの覚悟はとっくに決まっておるじゃ』
雷の聖剣サンダーソーンの意思である、剣精サンダーが、はっきりと言う。
『封印が溶けた瞬間を狙って、我が聖剣技を放つのじゃ』
「ああ、チャンスは……一回こっきりだ」
聖剣技を使ってしまうと、ライカはすべての魔力を失い動けなくなる。
また、サンダーソーンの寿命を削ることになり、下手したらこの一発で、砕け散ってしまう。
「……悪かったな、サンダー。荒っぽい使い手で」
『ふふふ、たしかにわしの好みのおしとやか系女子とはちがったが、ま、かわいかったよ。孫のようでな』
ライカはぎゅっ、とサンダーソーンの柄を握り、これまでのことを思い出す。
彼女は呪われていた。
何度も、サンダーに当たり散らしていた。
けれどサンダーはライカを見限ることなく、励まし続けてくれたのだ。
彼女にとってサンダーは、本当のおじいちゃんのような存在。
そんな彼に、これから特攻させる。
「サンダー……いくよ」
外すわけにはいかない。
これで、決める。
ばきん! とキャロラインの封印が溶ける。
「はぁ!」
その瞬間、ライカは時を止める。
彼女にはヴィルからもらった、時王の神眼がある。
しかし彼女はまだうまく力をコントロールできず、氷の封印のうえからは、時を止める力が使えなかった。
封印がとけ、生身を外にさらした瞬間、彼女は神眼を使って敵の時間を止める。
聖剣技には、大きな隙ができるから。
だから時を止めて、確実に聖剣技を当てる。
「神器開放!」
彼女は鞭状聖剣サンダーソーンを振り回す。
すると上空に雷雲を発生させた。
ライカは思い切り振りかぶって、サンダーソーンを天へと放り投げる。
鞭は天へ上り、雷雲を吸収する。
そして雲が晴れると、そこには山を飲み込むのではないか、というほどの巨大な蛇が出現していた。
「聖剣技! 【電帝世界蛇】!」
その瞬間、巨大な雷の蛇がため込んでいた雷を開放。
周囲に極大の雷をふらせる。
雷撃は地面を、山を削る。
たえまなく、超高電圧の雷を邪神に浴びせた。
『とどめぇええええええええええええええええええ!』
最後にサンダーソーン自体が邪神の上に落ち、さらなる衝撃を周囲に発生させる。
……気づけば、草原には巨大なクレーターができあがっていた。
ふらり、とライカはその場に倒れる。
しかし……。
「そ、そんな……」
「ギャロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
邪神は、無傷だった。
必殺の奥義を受けても、ぴんぴんしてる。
『すまぬ……ライカ……』
サンダーソーンは今の一撃で、粉々に砕け散った。
「さんだー……」
手元には聖剣がなく、また全魔力を使い切ってしまった。
「もう、おしまいだ……」
そのときだった。
カツーン!
……何かが硬いものをたたく音がする。
その瞬間、ライカの魔力が元通りになり、そして、破壊された地面もそして……。
『なんじゃ! なにがおきてる!?』
「サンダー! これは、まさか!」
壊れた聖剣、地形を一瞬で戻し、そして、ライカの体力を瞬時に回復させた。
こんな神業ができるのは、ひとりしかいない。
「ギャロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
邪神が腕を振り上げる。
だが、固い何かにはじかれた。
邪神の周囲に結界が一瞬で張られたのである。
そう、
「悪い、遅くなった」
「先生!」
ヴィル・クラフトが現地に到着したのである。




