28.砕け散った聖剣を直す
領民の住む村を直して回っていった、ある日のこと。
俺のもとに伝書フクロウが飛んできた。
その内容を見て、急いで俺は帝都カーターへと向かった。
帝都にある、帝都国立病院にて。
「キャロライン! 無事か?」
「……ヴィル、様」
帝都のベッドに横たわっていたのは、氷の勇者キャロライン。
彼女は体中に包帯を巻いて、弱弱しい姿を見せていた。
伝書フクロウには、至急帝都に来てほしいと書かれていた。
そして、こうも言伝が加えられていた。
『氷の勇者負、謎の獣と戦い負傷。氷聖剣アイスバーグ、損壊』
「アイスバーグが……戦いの最中に壊れたんだな?」
キャロラインが大粒の涙を流しながら、うなずく。
「何があった……?」
キャロラインが語ったことによると、以下の通りだ。
帝国内にて、謎の巨大な化け物と交戦。
敵はあまりに強く、キャロラインでは勝てる見込みがなかった。
アイスバーグがおのれの力、すべてを振り絞って、敵を氷に閉じ込めた。
その代償として、氷聖剣アイスバーグが粉々に砕け散った……。
「そんな……勇者様でも勝てない相手なんて……」
獣人ポロが絶句している。
俺も、驚くしかない。
キャロライン、というか聖剣の強さは、メンテしている俺がよく知っている。
どんな敵も凍らせ、打ち砕いてきたあの聖剣が、まさか通じない相手が現れるなんて。
いや、それよりもだ。
「アイス……うう……あいすぅ~……」
氷の勇者が大粒の涙を流してる。
あまり感情を表に出さない、この少女が。
今は、人目もはばからず泣いてる。
「ヴィル様……どうして勇者様はこんなにも悲しんでいるのですか?」
「こいつにとって、アイスは相棒以上の存在だったからだよ」
キャロラインは、生まれ持って孤独を抱えている。
そんな彼女の唯一のよりどころ、それが、聖剣アイスバーグの存在だった。
「母親とか、姉とか、ともかくそういう存在だったんだ」
「……それは、お辛いですね」
俺をここに呼んだ人物がいないが、たぶん、依頼はこういうことだろう。
聖剣アイスバーグを、なんとかしてほしいって。
「ヴィル様、聖剣は治せるのでしょうか?」
「……無理、無理だよぉ」
キャロラインが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言う。
「……聖剣使いだから、わかる。聖剣は、人と一緒。壊れたら、死んだら、もう二度と、絶対に、元通りにはならないの……わぁあああああん!」
先代の八宝斎ガンコジーさんも同じことを言っていた。
壊れたらそれまで。
何をしても直らないと。
だから、メンテは欠かさないようにといっていた。
「……どうして、先代様は、壊れたらそれまでと知ってるのですか?」
「……昔、聖剣が、壊れてしまったことがあったんだよ」
今は全部で6本の聖剣。
でも昔は、もう少しあったんだそうだ。
「実は聖剣には、大聖剣と小聖剣の二種類に分かれてるんだよ」
「大聖剣、小聖剣……」
「勇者が使い、世間一般でいうところの聖剣が、大聖剣。大聖剣には及ばないにしても、強い力を発揮する剣があった。これが小聖剣」
大聖剣は、勇者にしか使えない、6本の剣。
小聖剣は、勇者以外でも使える、複数本の剣。
「じーさんが修理を依頼されたのは、小聖剣だった。……壊れた小聖剣は、治すことができなかったんだ」
「そん……な……」
キャロラインの表情が絶望に沈む。
多分、俺に一縷望みをかけていたのだろう。
「アイス、ごめんね。……ちゃんと、お別れできなくて、ごめんね、ちゃんと今までのお礼が言えなくて、ごめんねぇ」
キャロラインの涙を見ていると、胸が締め付けられる。
彼女にとって氷の聖剣は家族だったんだ。
家族が死ねばそりゃ、悲しむ。
「…………」
人は死ぬ。それは世の理だ。
道具だって、そうだ。
いつか、壊れる。
道具なんだから、しょうがない。
……本当にそれでいいか?
「いいわけないだろ」
じーさんが直せなかった、聖剣。
俺に直せるだろうか?
多分、王都にいたころだったら、無理だったろう。
でも、今は。
王都を出て、いろんなものを直してきた、今なら。
「キャロライン。聖剣の核は、持ってるか?」
「ヴィル様、コアとは……?」
「聖剣の力の根源だ。夜空にも、柄の部分についてるだろう?」
闇の聖剣、夜空の柄には、アメジストの宝石がついてる。
ここが聖剣で言うところの、頭脳にして心臓。
「……持って、ます。これを」
キャロラインが大事に大事に抱きかかえていたものを、俺に差し出す。
空色の美しい宝石だ。
「キャロライン、これを貸してくれ。俺が、再生させてみる」
「! できるの?」
彼女の表情は曇っている。
先代の八宝斎ですら、壊れた聖剣を直せなかった。
そのエピソードを聞いたのだ、死んだ家族の命は、もう戻らないって絶望してしまったのだろう。
昔の俺ならば、言えなかった言葉。
「任せろ。壊れた聖剣を、おまえの家族を……俺が直す」
俺にとってガンコジーさんは、高い目標だ。
超えられない壁だと思っている。
いくらすごい手を俺が持っていたとしても、技術者として、じーさんには遠く及ばないって。
でも、うるせえ。
今は、そんなこと言ってる暇ないんだ。
「な、なおるの? アイス、なおるの!」
「ああ。核を触ってわかった。まだ、温かい。ここにまだ、アイスの魂は宿っている」
でも触れている核からは、どんどんと熱が失われて行っている。
多分、もうあと少しでアイスの魂は天に還ってしまうだろう。
その前に体を作り、現世に留まらせないといけない。
「……で、でもヴィル様。できるの? だって、聖剣は神器だよ?」
砕けた神器。
手元には核しかのこっていない。
今までのように、呪いのアイテムがあるわけじゃない。
でも……。
「任せろ。俺が、アイスの体を作る」
強い言葉を選んで発した。
でもそれは、自信があるから言ったのではない。
おのれを鼓舞する言葉だ。
だって、一歩間違えば大事な家族の命を、この手で摘んでしまうやもしれないのだから。
でも、やる。
やるんだ。泣いてるこの子を、笑顔にしたい。
「大丈夫です、ヴィル様」
ポロが微笑みながら、俺の右手に触れる。
「あなた様ならば、必ずできます。たくさんの人たちを救い、笑顔にしてきた、この黄金の手があるのですから」
……覚悟は固まった。
俺は神槌ミョルニルを手に取る。
「キャロライン。核は、君が手で支えててくれ」
こくん、とキャロラインがうなずく。
「……アイス、戻ってきて。まだ、わたしはあなたと一緒にいたい」
願いと、祈り。
それに呼応するように、核から巨大な魔法陣が出現した。
「アイスバーグの、設計図だ」
俺にしか見えない、設計図。
何が必要で、どう加工すればいいのかが、わかる。
「■オープン」
俺はボックスから必要となる素材を取り出し、設計図である魔法陣の上に置く。
右手に宿りし、5つの生産スキル。
それらすべてをつなぎ合わせ、俺は新しいスキルを、発現させる。
「ヴィル様の体が、金色に光っておられます!」
俺の右手から発せられたエネルギーが体全体に、そして、俺の持つ神槌に満ちていく。
5つの生産スキル。
これらは、過去だれかしらが持っていたスキルだ。
万物破壊は魔神が、超錬成はじーさんが持っていた。
でも、これは違う。
全く新しい力。
「【神器修繕】!」
その瞬間、核および素材が黄金に輝きだした。
それらは混然一体となって、やがて1つの形を成す。
キャロラインの手の上には、美しい1本の聖剣が握られていた。
そう、氷の聖剣、アイスバーグだ。
傷もひびも、なにもひとつない、新品同様の聖剣がそこにはあった。
『うう……キャロ?』
「アイス! 生き返ったのね! わぁああん!」
キャロラインを認識できていた。
アイス本人だ。模造品でも、劣化品でもない。
「す、すごすぎます! ヴィル様! 誰もなおせなかった聖剣を、復活させるなんて! まさに、ものづくりの神、創造の神ですよ!」
神かどうかはしらん。
だが、これでいいんだ。
「ありがとう、ヴィル様!」
使い手と道具が、笑っている。
俺は、もうそれだけで十分なのだ。




