21.聖女は竜に敗北するも、創造の神に救われる
 
ヴィル・クラフトがロリエモンの村で、竜の呪いにかかった村人たちを治療する、一方そのころ。
山の中を歩く一団がいた。
 
白い鎧を身に着けた騎士たちが、行軍してる。
彼らの目的は、『白竜山脈に存在する、呪いの竜の討伐』。
彼らは、天導教会の聖騎士たちである。
天導教会とは、この世界最大の規模を持つ宗教団体だ。
 
天に住まう神を信奉することで、聖なる力を行使する。
モンスターの毒の浄化、けが人の治療、そして結界術の行使。
 
聖なる力のエキスパート集団といえた。
特に教会のトップ、【大聖女】は欠損した腕すらはやすほどの、すさまじい治癒力を持つという。
 
 
大聖女には三人の弟子、聖女がいる。
その一人、【聖女クリス・ファート】は沈鬱な面持ちで聖騎士たちと一緒に歩いていた。
 
「どうなされましたか、聖女クリス・ファート殿」
 
クリスの側近である聖騎士が尋ねてきた。
彼女は重く息をついて、言う。
 
「先ほどの、呪いがかかった彼らを、助けることができませんでしたわ」
 
数時間前のこと。
クリス達はロリエモンという、妙な名前の村を訪れた。
 
そこにはたくさんの蜥蜴人が、つまりモンスターたちがいた。
彼らの長である蜥蜴人は、自分たちが呪いにかかった元人間だと主張した。
 
クリスはその言葉を信じて、呪いを解除しようと、聖なる力を使った。
しかし、かなり強力な呪いがかかっているらしく、聖女の力をもってしても、解呪することができなかった。
 
謝ろうとしたそのとき、側近が言ったのだ。
 
『この化け物め! 我らをたばかるつもりか!』
 
と。
村人たちはおびえ、クリス達のもとから逃げて行ったのだった。
 
「わたくしの力でも解除できなかった。悔しいですわ……」
「クリス様。だまされてはいけませぬ」
 
側近の男がふん、と鼻を鳴らして言う。
 
「彼奴等は、知性を持ったモンスターです」
「でも……竜の呪いを受けたと……」
「そんなの我らをだます戯言ですぞ! 聖なる力は、神が作りし人類を救済するための力! 神から生み出されなかった人外の獣たちに通じないのは道理というものです!」
 
天導の教えは、神を愛せ、神の生み出した人間を愛せ。
それ以外は敵。
 
というものだった。
彼らの教えの中では、モンスターは神が生み出さなかった化け物とある。
 
ゆえに、天導の連中はモンスターを、人外の化け物を毛嫌いしている。
 
「でも……人間だと彼らは主張していました」
「そんなの、われらをだます虚言でしょう」
「…………」
「クリス様。自信をお持ちください。あなた様は、強い聖なる力をお持ちです。あのいにしえの大聖女セイ・ファート様の血と、聖なる力を受け継いだ存在なのですから」
 
かつて世界を救ったとされる、いにしえの大聖女。
その血族であるクリスには、たしかに強大な力が備わっている。
 
次期、大聖女候補と名高い存在だ。
しかし……。
 
「ご先祖様は、わたくしよりはるかに強い治癒の力を持っていたと、伝承が残っております。わたくしは、やはりまだまだ……苦しむ人々を呪いから解放できぬ、未熟な女です……」
 
先ほどの、ロリエモンの村の連中を治せなかったことが、そうとう、彼女の中でショックだったのだろう。
そのうえ、人間(と思われる)を、自分が呪いが解けなかったせいで、殺すところだったことも、彼女の中ではかなりこたえる出来事だった。
 
側近は先ほどの蜥蜴人たちを、モンスターだと断定した。
そうでなければ、彼らが信じる聖なる力が、人間相手に通用しなかった、となってしまうからだ。
 
神の力は絶対でなければいけない。
人間に奇跡と恵みをもたらすものでなければいけない。
 
どんな呪いも、けが人も、神の力があればたちどころに治ることだろう、と。
治せないということはつまり、神の力をふるうに値しない相手だったということだ。
 
決して、力が通用しなかったわけじゃあない。
……というのが、教会の方針なのである。
 
「……はぁ」
 
クリスは実は、この教会の方針に不満を抱いていた。
神の力が通じない相手は、すなわち、神が救うに値しない存在だ。
 
そういって、今まで何人ものけが人や病人たちを、教会は見捨てていった。
聖なる力で救えるものだけを、救っていく。
 
……その考えが、クリスは嫌だった。
 
「さぁ、まもなく呪いの竜のもとへ到着するぞ! みな、気を引き締めるように!」
 
聖騎士たちは、山に住まう呪いの竜のうわさを耳にし、討伐にやってきたのだ。
天導教会は人外の存在を決して許さない。
 
彼らは誰かに頼まれたわけでもなく、彼ら独自の価値観(人外は悪)にしたがい、化け物【呪いの竜】を討伐しにきたのである。
 
「隊長! あれです! あの洞窟で、呪いの竜の目撃証言がありました!」
 
山脈のふもとに大きな洞窟が開いていた。
そこから、黒いモヤのようなものが漏れている。
 
「なんという濃い瘴気だ……!」
 
ひるむ聖騎士たちとは対照的に、クリスはある【違和感】を覚えていた。
 
「みなさん、戦うのは待ってください」
「どうなされたのですか、クリス様?」
 
クリスの側近にして、この一団のリーダーである騎士団員が、クリスに尋ねる。
 
「なにか、呪いの気配がします」
 
心臓をぎゅっとわしづかみにされたような感覚が襲う。
体が重く、呼吸が荒くなる。
 
「呪いの竜がいるからではないのですか?」
「はい。呪いの気配は洞窟の奥ではなく、洞窟の外、山の周囲から感じますわ」
 
クリスが周囲を見渡す。
だが、呪物のようなものは存在しない。
 
……クリスは気づいていない。
彼らの足元に、巨大な魔法陣が敷かれていることに。
 
その魔法陣が竜に呪いをかけているのだと、聖女ですら気づくことができない。
 
それくらい、巧みにこの魔法陣は隠蔽されているのだ。
 
「クリス様。今感じてる気配は、やはりあの洞窟の中にいる呪いの竜からくるものでしょう。いや、そうに違いないんだ、絶対!」
 
なぜなら、神の使いでる聖女ですら、呪いの出所がわからないのだから。
神は全知全能。
 
その使いである聖女に、未知があってはいけないのだ。
神の格を落とす行為になるから。
 
「い、いけません。一度帰り、対策を練ってから……」
「全軍突撃! 中にいる呪いの竜を討伐せよ!」
 
クリスの言葉を無視して、側近が命令を出す。
聖騎士たちが一斉に、洞窟の中へと突入していった。
 
「なぜ彼らを行かせたのです!?」
「聖女クリス様。人外の化け物は、素早くこの世から排除せねばならぬのです。ここは、神が生み出した世界。神の子らだけが、暮らしてよい場所。人外が、住んではならぬ神域なのですゆえ」
 
クリスは洞窟を見やる。
 
「なかにいる竜が、どんな力を持ってるのかわからないのですよ?」
「問題ありません。聖騎士は絶対正義。人外などには絶対に負けませんっ」
 
側近は胸を張って言う。
たしかに聖騎士たちは強い。
 
単体でもドラゴンを倒せるほどだ。
集団となれば、古竜を倒すことも可能。
 
「呪いの竜とて所詮はドラゴン。我らの敵ではございません」
 
しかし……。
 
「ギャァアアアア!」「ぐわぁあああああ!」「痛いよぉおおおおおお!」
 
洞窟の中から悲鳴が上がる。
クリスは息を飲み、洞窟の奥を見やる。
 
「いま、聖騎士のみなさんの悲鳴が!」
「は、はは……そんなばかな。聖騎士が竜ごときに負けるはずが……」
 
クリスはけが人をほっとけはおけず、洞窟の中へと飛び込む。
 
「クリス様! ああくそ!」
 
側近もクリスの後に続く。
彼女は洞窟の奥へと向かって走っていく。
 
ひどい瘴気に思わず顔をしかめながら……。
やがて、広いホールのような場所へとたどり着く。
 
……そこは、地獄だった。
 
「うう……」「いたい……いたいよぉ……」「たすけてぇ……」
 
聖騎士たちが無様に地面に倒れている。
しかも、彼らの体がドロドロに溶けているではないか。
 
「ひっ!」
 
頭以外の部位が、まるで泥のように溶けていた。
こんな症状、見たことがない。
 
恐怖で足がすくみ、クリスはしりもちをついてしまう。
 
「な、なんだ!? 何が起きてるのだ!」
 
側近も予想外の事態におびえるほかなかった。
そんなところへ……。
 
『オロロロロロロォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
 
そこには、一匹の醜い竜がいた。
体は腐臭を放つ汚泥に包まれている。
 
においをかいでるだけで気分が悪くなってくる。
ぼたぼた……と体表から落ちる汚泥は呪いの毒だ。
 
触れたものをすべて溶かしてしまう。
地面も、そして、倒れている聖騎士たちも。
 
たちのわるいことに、この溶解毒を受けても死ねないのだ。
痛み、苦しみを感じながら、彼らは助けを求めることしかできない。
 
「どうして……こんな……はっ!」
 
クリスは急いで彼らのもとへ行く。
そして、治癒の力を発動させた。
しかし……。
 
「そんな! 治らない! どうして!?」
 
溶解毒が強すぎるのだ。
クリスの治癒の力を、上回るほどの毒。
 
「オロロロロロロォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
 
呪いの竜が叫ぶ。
側近はおびえながらも、剣を抜いて特攻をかます。
 
「死ね化け物ぉおおおおおおおおお!」
 
聖なる騎士の武器には、特別な魔法が付与されている。
モンスターに対いて、防御を無視して攻撃できる、特殊な付与だ。
 
しかし……。
そんな特別な武器をもってしても、呪いの竜の体に武器が触れた瞬間……。
 
「ぎゃぁああああああ! 腕がぁ! 腕がぁあああああああああ!」
 
武器が腕ごと、どろどろに溶かされてしまったのだ。
こうして聖騎士たちの集団は、一瞬にして敗北を喫したのだろう。
 
側近は、彼らのなかで最も強かった。
それでも勝てない相手。
 
「…………」
 
クリスは、あらゆる奇跡の技を試した。
しかし聖なるバリアも、解呪の力も、治癒の光も。
 
呪いの竜には通用しなかった。
 
「だめだ……もう、おしまいですわ……」
 
呪いの竜が近くまでやってきて、体をのけぞらす。
そして、口から毒のブレスを放った。
 
先ほど、すでにクリスの聖なるバリアは、竜の攻撃を防げないことが判明してしまった。
よけられない。
 
自分たちは、全滅する……。
そう思われた、そのときだった。
 
かつーん! と。
 
なにか固いものが地面を打つ音がした。
その瞬間、彼らの目の前に巨大な土の壁が出現したのだ。
 
「!? りゅ、竜の呪いを受けても溶けない!?」
 
どんなものも溶かした竜の毒を受けても、突如現れた土の壁はびくともしていない。
かつーん!
 
再び、ハンマーかなにかで、固いものをたたく音がした。
その瞬間、ドロドロに溶けていたはずの聖騎士たちの体が、一瞬で元通りになったのだ。
 
「な、なにが……いったい何が起きてるのですか!?」
 
クリスが振り返ったその先に、一人の青年がいた。
ハンマーを持ったその男は、クリス達を見て安堵の息をついた。
 
「間に合ったようだな」
 
それが、聖女と、創造の神との出会いだった。
 




