02.愚かな弟は、王女から失望され職を失う
ヴィルが店を出て行った後……弟のセッチン・クラフトは心の中で邪悪な笑みを浮かべる。
(やった! あの目障りなクソ兄から全部奪ってやった!!!!)
セッチンは思い出す。まだ、父が生きていた頃。
『セッチン。おまえは兄のマネをするな。あいつは1000年に一人の天才で、【黄金の手を持つ男】だ』
幼い頃、父がセッチンにそう言った。
『おうごんの……て?』
『職人達の間で古くから言われてる、都市伝説的存在だ。生み出すものすべてが、莫大な利益を生む、という幻の手。ヴィルにはそれがある。あやつは、神に愛された子供。特別な存在だ』
それが兄であると言う。
『ぼくは……ぼくは!?』
『おまえには特別な才能が無い。このわしと、同じくな。だから……』
だから兄をマネするのではなく、努力を積み重ねるのだ。
と父はセッチンにアドバイスをしたつもりだった。
しかし、セッチンは違う捉え方をした。
『……馬鹿にしやがって』
『セッチン?』
『馬鹿にしやがって! 馬鹿にしやがって! ぼくに才能がないだと? そんなのどうしてわかる!』
父にコケにされたと、そう解釈したのだ。
そのときから、セッチンのなかに兄ヴィルに対する黒い感情が芽生えた。
兄のことが嫌いだ。
兄の才能を認めない。
なにが黄金の手だ。自分は信じないぞ!
兄の全てが憎かった。
父が後継者に兄を選んだこともむかついたし、綺麗な女の子を婚約者にしたことも、むかっ腹が立った。
父からの信頼、神からの恩恵、綺麗な婚約者。
全て持つ兄が、憎くてしょうが無い。
だから……奪ってやろうと思った。
兄の持つすべてを、手に入れるのだと。
セッチンは職人としての修行よりも、いかにして兄を不幸にするかに注力した。
その結果、兄の婚約者を奪い、父の店を奪い、兄の場所を奪って見せた。
(ざまぁ! ざまぁみろクソ兄貴! おまえから全てをうばってやったぞぉ! ぎゃーーーーーーはっはっはぁ~~~~~~~~~~~~~~!)
自分のしたことに対して、何の罪悪感も覚えてないセッチン。
憎くて仕方ない相手を追放することができて、あーすっきりした、と心から思っていた。
……彼の人生絶頂期は、ここまでだったと言えた。
コンコン……。
「失礼いたしますわ」
店の扉が開く。
そして、現れたのは……赤い髪の毛の、ドレスを着た少女。
セッチンも、そしてシリカルもまたその人物を知っている。
「「あ、アンネローゼ第七王女様!」」
ふたりがその場で跪いて言う。
そう……店に来訪したのは、この国の第七王女。
アンネローゼ=フォン=ゲータ=ニィガ。
セッチンは、困惑した。
(なぜだ!? どうしてこんな鍛冶屋に、この国の王女が来てるんだ!?)
アンネローゼの手にはバラの花束が握られている。
「ご機嫌よう。あら……? 八宝斎様は、どちらに……?」
「は、はっぽう……さい?」
聞いたこと無い単語だ。
セッチンも、そしてシリカルすら聞いたことがない様子。
アンネローゼは「ああ、すみません……屋号でしたね」とつぶやく。
「ヴィル・クラフト様は? 新しいお店を開いたということで、こうしてお祝いの花束を持ってきたのですが……」
ヴィル? ヴィル・クラフトだって?
(な、なぜヴィル兄の名前が出てくるんだ?)
そこへシリカルがアンネローゼの前で頭を下げながら言う。
「王女殿下。おひさしゅうございます。いつもごひいきにしてもらっております」
「……? えっとあなた、だれでしたっけ?」
かぁ……とシリカルの顔が羞恥で赤くなる。
「は、ハッサーン商会の、会長……です」
第七王女はハッサーンの大口のお客様なのだ。
何度も取引をしたことがあったので、てっきり、顔を覚えられてると思ったのだろう。
「ハッサーン……ああ! ヴィル様の商品を卸してる商会でしたね」
その程度の認識でしか無いか。しかも、またヴィルの名前が出てきているし……。
「あいさつが遅れてすみませんわ、ハッサーン会長」
「え、いえ……王女殿下。本日はどのような御用向きで?」
「さきほどいったとおり、開店祝いですわ。ああ、そういえばヴィル様とご婚約なさってる相手が、あなたなのでしたね。うらやましいですわ、あんな素敵な殿方と結ばれるなんて……」
素敵?
兄を褒められて、むかむかとしてきたセッチン。
しかもこいつは、シリカルが兄の女であると思っているらしい。
「アンネローゼ殿下。兄とシリカルとの婚約は破棄されました」
「………………はい?」
ぽかんとするセッチン。
それを、シリカルがとがめる。
「ちょっとセッチン! そんなことを今この場で言う必要ないでしょう?」
「別に隠すことはないだろう。事実だし」
瞠目する王女。
だが……その顔が一瞬赤くなるも、すぐに冷静に戻る。
「そうでしたの……ちなみに、ヴィル様は今どちらに?」
「知りませんねえ。あいつは店を出て行ったので」
「……………………店を出て行った?」
「はい。今日からこの店は、ぼくのものです」
王女は自分の目に触れる。
彼女はしげしげと、セッチンを見つめた後フッ……と笑う。
「……【その程度の腕】で?」
「え?」
「なんでもありませんわ。そう……わかりました。ヴィル様はもうここにはいない。後を継ぐのはあなた。ということは、彼の、【八宝斎】としてのおつとめは、あなた様が引き継ぐ……。そういうことでよろしいのですね?」
さっきから出てくる八宝斎が何なのか知らないが……。
兄の仕事を、王女から奪える。
その悦びだけが彼の頭のなかにしかなかった。
「ええ! お任せください。兄の代わりを、責任もって、務めさせていただきます!」
……後にセッチンは、地獄を見ることになる。
八宝斎とは、一流を超えた職人、特級ともいえる職人に贈られる称号であり、屋号だ。
八宝斎たちは国から依頼されて、重要なアイテムや、宝具、神器をメンテしてきたのだ。
今の世界が、そしてこの国が平和なのは、八宝斎がいたからこそ。
勇者の聖剣、聖女の結界、そのほか、重要なアイテムを、彼らがメンテしてきたから。
今まではヴィルが、その八宝斎としての仕事をしっかりこなしてきた。
しかしもう彼はいない。
残念ながら、父の言う通りセッチンには職人としての才能が無い。
才能も無く、努力もしてこなかったセッチンに、八宝斎という重要な役割が務まるわけが無い。
だが、セッチンはやるといった。
そして宣言した。責任は自分が持つと。
アンネローゼは店を出た後、部下達に言う。
「伝令よ。ヴィル様を探して。まだ遠くには行ってないはず」
「ハッ……! しかし……街の結界はどういたしましょう」
「こないだメンテしてくださったばかりで、1年は持つとヴィル様はおっしゃっておりましたわ。その間に彼を見つけるのです。早急に」
「御意。あとは……勇者キャロライン様にも文を……」
ぴたりと足を止めて、アンネローゼは言う。
「まだ、彼女には知らせなくていいですわ」
「は……? し、しかし……勇者様の聖剣のメンテも、ヴィル様がしてくださっていたのですよね?」
「そうね。でも聖剣のメンテもこないだ行ったばかり。大群の古竜と戦わないかぎり、すぐには刃こぼれしないとヴィル様はおっしゃっていた。なら、今すぐじゃ無くても問題ないでしょう? 今は王都を守る結界をなんとかしないと」
「は、はあ……承知しました」
部下達がヴィルを探すために散る。
遺されたアンネローゼは、にやりと笑う。
「せっかく、ヴィル様がフリーになられたのです。余計な害虫がよりつくまえに、あのお方を早く手に入れないと……」
アンネローゼも、そして勇者キャロラインも。
ヴィルを職人として信頼し、そして、異性として……惚れている。
しかしヴィルには婚約者がいる。
だから諦めていた。
……だが、彼にはもう女が隣にいない。
ならば、もう諦めなくていい。
そして、ライバルにわざわざ、意中の彼がフリーになったことは伝えなくていい。
「ああ、そうそう。もう一つ」
そばで控えていた侍女に、アンネローゼが冷たく言う。
「ハッサーン商会との取引を、今すぐ中止しなさい」
「商会との取引を……? よろしいのですか?」
「ええ。彼の弟の力量は、【この目】で見極めました。下の下です。彼の作り出す武器は、買う価値のないゴミですから」
ヴィルの作り出す商品を、もうハッサーン商会はおかない。
なら買う必要は無い。
彼の作る武器は質がいいから買ってた、というのもあるが、一番はヴィルに気に入られるために購入していたのだ。
ヴィルがいないのなら、買わなくていい。そう判断した。
「さぁ、あとはヴィル様を探すだけ。ヴィル様……どこにいらっしゃるの?」
こうして、伝説の職人、八宝斎こと、ヴィル・クラフトは、使命から解き放たれ自由になった。
神の才能である、黄金の手を持つ彼が、これから数多くの伝説を作っていくことになるのだが……。
それはまた、別の話。