19.貴族の位と領地を手に入れる
魔蟲の群れを退けてから、一〇日ほど経過したある日のこと。
俺たちは帝国の北の果てにある大地にきていた。
「ここが、【ディ・ロウリィ】かぁ……」
目の前には、デカい森がある。
この北部の広大な山岳地帯が、俺に与えられた領地、【ディ・ロウリィ】である。
俺は陛下からもらった地図を広げる。
この土地はだいたいが山で、白竜山脈と呼ばれている。
その山を、【白竜川】が削ることで、人の住める土地ができてる。
「我が創造主よ」
俺とポロの間に、着物美女が出現する。
彼女は夜空。闇の聖剣の、化身のような存在。
「なぜ帝国の領地に来ておるのじゃ?」
「なんだ、おまえ聞いてなかったのか?」
「寝てたのじゃ」
なるほど……。
俺は夜空に説明する。
「アルテミス陛下から、このたび領地と、貴族の位をもらったんだよ」
「ほぅ、領地? それがここか?」
「おう。ディ・ロウリィって領地らしい」
俺は帝国の危機を三度も救った(らしい)。
その褒美にということで、北部山岳地帯、【ディ・ロウリィ】を手に入れた。
「つまり俺は、ヴィル・クラフト・ディ・ロウリィって名前になったらしい」
「長いのじゃ!」
「うん、長い。普段はヴィル・クラフトで通すよ」
キラキラした目を、獣人のポロが俺に向けてくる。
「でもさすがです、ヴィル様! 平民出身で、貴族の位をもらった人はいないと聞きます!」
帝国は実力主義な国であるが、しかし貴族となると、やはりどうしてもしがらみ的なものは存在するらしい(血筋とか)。
でもアルテミスはその流れを変えたいと思っていたそうだ。
そこで、俺がちょうどいいところにいた。
俺に貴族の位と領地を与えることで、平民でも、貴族になれるのだというモデルケースにしたいらしい。
「帝国の歴史上初! 平民で貴族になったお方! ああ、素晴らしい……!」
「なんだかよくわからんのじゃが、主は旅を続けるのではなかったのか?」
そう、領地をもらうとなると、そこを統治しないといけない。
神器作りの旅に支障が出るかと思っていたのだが。
「まあ、アルテミス様が人を派遣してくれるようだし、領地運営はその人に任せる。それと、どっちみち工房はほしかったからさ」
神器を本格的に作るためには、どうしても腰を据えて作らないといけない。
王都の工房はあのくそ弟にとられちまっている。
だからどっちみち、どこかで土地を借りて、工房を建てる必要があったのだ。
「ただでくれるって言うんだから、もらっとこってさ」
「なるほどのぉ……しかしディ・ロウリィという土地は、どう見ても山しかないのじゃが……」
俺たちは山の中をえっちらおっちら上っていく。
背の高い木々があちこちに生えている。
「ひどいとこもらったもんじゃな」
「いや、最高だよ」
「それはどうしてじゃ?」
「ここ、使われなくなった鉱山がいくつもあるんだ」
どこの領地を与えるかで、皇族と貴族の間で結構な言い合いがあったそうだ。
ディ・ロウリィはまあなんというか、北の外れにあるし、それに問題をいくつか抱えているらしい。
「はずれを押しつけられただけじゃないか?」
「かもしれんが、別にいいよ。だって鉱山だぜ鉱山? 武器・防具、そのほかいろいろに使う鉱石を、ただで取り放題できるなんて最高じゃん!」
ということで、俺はその問題のある領地【ディ・ロウリィ】を喜んでもらうことになった次第。
しばらく歩いてたそのときだった。
「きゃああ……!!!!」
……女の子の悲鳴が聞こえてきた。
ポロがぴくん、と耳をそば立てる。
「悲鳴だ。ポロ、位置はわかるな?」
「はい、あちらです!」
「よし、案内してくれ」
ポロがうなずいて風のように走る。
その後を俺がついて行く。
『創造主よ。なぜ助けるのじゃ?』
いつの間にか闇の聖剣に戻った夜空が、俺の腰のあたりから言う。
「そりゃ、困ってる人はほっとけないだろ。それに俺は一応ここの領主だからよ」
領地に住む領民を助けるのは、当然の義務だ。
まあ正直俺は領主や貴族って柄でもないが、なった以上は放り出すわけにはいかんだろ。
『責任感が強いのじゃな。さすが我が創造主!』
ほどなくすると、開けた場所に出る。
白竜川のほとりに、一人の幼女がいた。
「ヴィル様! あれを! なんて、大きな化け物でしょう……!」
そこにいたのは、足の生えた植物だ。
ウツボカズラっていう、食虫植物がある。それに似ている。
大きさは3メートルほどだろうか。
足の生えた食虫植物が、女の子に襲いかかろうとしてる。
助けなきゃ!
「待ってください! 私が倒します!」
ポロがそう叫ぶ。
「いや俺がやるよ」
「いえ、私が。ヴィル様の従者らしいことできておりませんでしたので。雑魚の露払いは、私がやります!」
そういって飛び出すポロ。
まあやるってんだったら任せるか。
いつでもフォローできるし、それに、あれくらいの雑魚なら確かに任せていいかも。
「夜空様!」
聖剣の現在の使い手であるポロが呼ぶと、彼女の手に夜空が出現する。
闇の聖剣を抜いた彼女が、疾風のごとく食虫植物に近づいた。
植物からは何本ものツタが、まるで触手のように生えている。
植物はツタを伸ばしてポロに攻撃。
「せやぁああああああああああああああ!」
ポロが闇の聖剣を振るう。
ツタを溶けたバターのようにたやすく切り裂いていく。
ツタにぐるぐる巻きにされた女の子を、ポロが助ける。
「もう大丈夫です!」
「ありがとう、おねえちゃん!」
ひるんでいる隙にポロが幼女を回収。おお、やるな。
まああの程度のモンスターなら、俺が出る幕もないだろう。
立ち去ろうとすると……。
「あっ!」
ポロの足にツタがからみついていた。
「ヴィル様!」
ポロが幼女を放り投げる。
空中に投げ飛ばされた幼女を、俺がキャッチする。
「おねえちゃん!」
ツタがポロの全身にまとわりつく。
そして、ずりずりと引っ張っていく。
食虫植物がポロを食べるつもりだろう。
「このぉ! せや! せや!」
ポロが剣を振る。
しかし幾重にも巻き付いたツタは、ポロが攻撃してもびくともしなかった。
「そんな……」
『だめじゃ! ポロ! おぬしはまだ未熟で、我の能力を引き出せておらぬ!』
「く! ヴィル様……!」
こりゃいかんな。
「夜空、来い」
俺が闇の聖剣を呼ぶと、ポロの手から俺の元へと、テレポートしてくる。
「そういやまともに振るの初めてか」
俺は闇の聖剣を握って構え、そして、振る。
「そい」
……すると、何もない空間に、切れ目が発生した。
それはちょうど、黒い三日月のような形をしてる。
空間の切れ目から風が吹き出す。
「なにこの風……きゃぁああああああああ!」
ごぉおおおおおおお! とすごい勢いで周囲にあったものを吸い込んでいく。
食虫植物、近くを流れる川の水、木々。
空間の裂け目はそれらをものすごい勢いで吸い込んでいき……。
やがて、裂け目は閉じた。
「おお、すごい威力だな」
俺が聖剣を腰の鞘に戻す。
「すごいのじゃ、さすが我が創造主! 我が力をここまで引き出すなんて!」
まあ、俺が作った剣だからな。
スペックも、使い方も心得てるのである。
「ポロ、無事かい?」
「おねえちゃん!」
俺たちがポロの近くへと向かう。
彼女は呆然としていた。
「今のは……いったい……?」
「闇の聖剣、夜空の能力だよ」
「のうりょく……?」
「ああ。聖剣にはそれぞれ、固有の特殊な能力が秘められているのさ」
たとえば、帝国に所属する、雷の勇者ライカ。
彼女の持つ聖剣サンダー・ソーンには、雷を自在に操る力がある。
「夜空の能力は、闇。全てを飲み込み、消滅させる力がある。さっきのは……ま、その能力の一端だな」
「す、すごいです……このあたり、何もなくなってしまっています……」
木々も、川の水もごっそりなくなっていた。
水は戻ってきたけどな。
「しかし、なぜ私は無事なのでしょうか?」
「ああそりゃ、ポロを飲み込まないように加減したからな」
ふぅ……と人間の姿になった夜空が感嘆の息をつく。
「簡単にいってくれるが、我が創造主。我の闇の力は強大、すべてを無差別に飲み込むはず。制御できたのは、それだけ使い手であるおぬしの技量がずば抜けていたってことじゃ」
「ほえーそうなんだ」
技量って言われてもな。
単に俺が自分で作った剣だから、力の使い方を把握してるだけなんだけども。
「やはりヴィル様はすごいです。私じゃ扱えきれない聖剣を、ここまで巧みに使ってみせるなんて……!」
まあポロも練習すればできるようになると俺は思ってる。
練習あるのみだな。
さて。
「おねえちゃん、おにいちゃんっ、たすけてくれてありがとう!」
幼女ちゃんが俺らに頭を下げる。
「いえいえ。君はこの辺の子かい?」
「うん! 【ロリエモン】って村がね、近くにあるの」
ロリエモンって……変な名前の村だなぁ。
「ちょうどいいや、村の人にこの辺の事情を聞きたかったからさ。お嬢ちゃん、俺をそのロリエモンって村まで連れてってくれないかい?」
「うん! いいよ、こっちー!」




