17.女皇帝の病気も治したうえ若返らせる
俺は勇者ライカとともに、帝都カーターへと訪れていた。
帝都を守る結界を修復した後、俺は帝城へと通される。
帝国の勇者であるライカと一緒だったので怪しまれずに済んだ。
ライカとともに、俺は城の中の、一番上の部屋の前までやってきた。
「この奥に皇帝陛下がいらっしゃる。今日は気分がいいそうだ。直接会って話がしたいんだってよ」
「あの、ライカ様。皇帝陛下ってもしかして体の具合が悪いのですか?」
獣人ポロの問いかけに、ライカがうなずく。
俺も覚えている。
たしか肺をやっていたはずだった。
「ああ。ここ最近とくに咳がひどくてよぉ。帝国の最新医療技術をもってしても、皇帝陛下の肺は治せねーって」
帝国は六大国のなかで一番歴史が浅い。
しかし、いろんな技術を積極的に取り入れているため、技術力はドワーフの国カイ・パゴスに匹敵するほどである。
そんな最先端技術が集まる帝都の医者ですら、匙を投げるレベル。
かなり深刻な事態になっているようだ。
可哀そうに……。
ライカが、部屋の前の護衛の兵士たちに目配せをする。
「ライカだ。陛下。入るぜ?」
護衛の兵士がドアを開ける。
なかは狭いながらも、高級感あふれる内装をしてる。
ベッドに横たわっているのは、見覚えのあるお婆さん。
「おひさしぶりです、アルテミス陛下」
俺は女皇帝、アルテミス陛下に頭をさげる。
ポロが目を丸くしていた。
「……ヴぃ、ヴィル様? 帝国のトップは、女性のかたなのですか?」
「……ああ。帝国は皇国と違って、実力主義なんでな。力のある人が上に立つんだよ」
アルテミス陛下は、昔この帝都が未曽有の危機にさらされたとき、自分の所有する私設部隊を率いて、国を守ったという。
その他にも様々な難事件を解決したその手腕が買われて、歴代初の女皇帝が誕生したというわけだ。
「ひさしぶりですね、ヴィル……ごほごほっ!」
陛下が少し話しただけでせき込んでしまう。
侍女が陛下の背中をさすっているも具合は悪そうだ。
「ライカから報告は受けております。この度は、我が国の宝のひとつ、ライカの呪いを解いてくださったこと、誠に感謝申し上げます。一度ならず、二度も」
一度目は、ライカに封印の魔道具を作ったときのことだ。
あのときも俺はこの人に会っている。
当時も結構病気がちだったけど、今はあのときよりも病状が悪化しているようだ。
ずっと咳き込んでいる。
そして、侍女がさしだしたハンカチには血がついていた。
「死ぬ前に、きちんとお礼が出きてうれしいですわ」
「そんな……死ぬなんて言わないでください」
「いいえ、わたくしはもう長くありません。この壊れかけの体では、そう長くないと、医師より診察を受けておりますゆえ……」
……ん?
壊れかけの、体?
いや、待てよ。
ひょっとしたら……。
「どうしたのですか、ヴィル?」
「……陛下、ひとつお願いがあります」
「なんなりと。あなたは勇者を救った恩人です。できる限りのお礼は致しましょう」
お礼は要らない。
俺がしたいのは……。
「では陛下。どうか俺に、あなたの壊れかけの体を、治させていただけないでしょうか?」
陛下が目を丸くしてる。
「……ヴィル。気持ちはとてもうれしいわ。でも、医師はみな匙を投げました。天導教会から派遣された聖女さまでも、わたくしの体は治せぬといいます。それにあなたは、鍛冶師でしょう? モノと人の体は違います」
たしかに、そうだ。
それに、俺の持つ生産スキル、全修復はケガや欠損は治せても、病気までは治せない。
けれど……。
さっき陛下が自分の体が壊れてるって、言った。
その単語から、俺はいけるって確信を持てた。
病気を治療じゃなくて、病気に侵されて壊れてる体を、治すのだと。
「陛下、先生はすごいんだ。今までもすごかったけど、今はもうなんというか、神様みたいにすんごいんだよ! だから、な? 先生に診てもらおうぜ?」
ライカの必死のお願いを聞いて、アルテミス陛下はうなずいた。
「わかりました。ごほ! げほっ! ライカを治した、あなたを信じましょう」
「ありがとうございます」
俺は陛下のそばまで行く。
すると、また目の前に魔法陣が出現した。
「…………」
結界、そして邪眼。
あのときと同じ魔法陣だ。
俺はなんとなくだけど、この魔法陣が、設計図だと思っている。
その【物】を構成している、図だと。
「わかる、わかるぞ……! どこが壊れてるのか……」
俺は神槌を使って、魔法陣をぶっ壊す。
不具合をきたしている部分のみを破壊し、再構成する。
壊れかけた体のパーツを、壊し、別のものに変えて、そして、新しい健康な体を、作り上げる!
そのときだった。
アルテミス様の体が、光りだしたのだ。
結界の時と同じだ。
七色に強く輝いている。
「!? なんてまぶしい光だ!」
「ヴィル様! 大丈夫ですか!?」
アルテミス様から発せられた光が、やがて収まっていく。
俺にはできた、という確信しかなかった。
「陛下。お加減は…………は? へ?」
な、なんだ?
これは……。
「どうなさったのですか? ヴィル?」
「え、あれ? へ、陛下……ですか?」
「? ええ、そうです。わたくしがアルテミス=ディ=マデューカス本人ですが……」
ポロも、そしてライカもがくん、と大きく口を開く。
なんてこったい……まさか、そんな。
嘘だろ……。
こんなことって……。
「あ、あの……陛下。その……体調のほうは?」
「ええ、とてもいい気分です。呼吸が苦しくない。体もとても軽い。まるで、若返った【みたい】ですわ」
みたい……か。
えっと、ええっとぉ……。
「へ、陛下。恐れながら、申し上げます」
「なんでしょうヴィル?」
俺は■から、手鏡を取り出す。
そして陛下に鏡を渡した。
彼女は自分の顔を見て……。
「な、な、なんですかこれはぁ……!?」
部屋の中に、【若い女性】の悲鳴が響き渡る。
ばん! と外で見張っていた護衛の兵士たちが入ってくる。
「陛下! どうなされ……えええええええええ!?」
「あ、アルテミス陛下!? 陛下はいずこに!?」
彼女を見て、兵士たちが困惑してる。
そしてそこは皇族、すぐに冷静になって、兵士たちに言う。
「落ち着きなさい。あなたたちと話している、このわたくしが、アルテミスですわ」
……兵士たち、ぽっかーんとしてる。
そりゃまあそうなるよ。
だって……。
「陛下!? どうして、そんな、お若い姿になられてるのですか!?」
兵士が、陛下を見てそう叫んだ。
そこにいたのは、どう見ても10代の若くて美しい女性だったからだ。
「彼が、わたくしの体を治してくださったのです。その副作用でしょうね」
「「なんとぉ!?」」
いやぁ~……これには俺もびっくりだ。
体の壊れた細胞を、治したはずだった。
しかしそこには老化した体細胞も含まれていたらしい。
古くなった細胞を、新しく作り替えた。
その結果若返ったのだろう……。
「すごすぎだぜ先生!」
「若返りなんて女性の永遠の夢! 治療だけでなく、そんな夢物語すらも実現させてしまう。ヴィル様は、本当にすごいお方です!」
ライカとポロが口々に俺を褒める。
いや若返りは完全に、意図してないもんなんだが……。
アルテミス陛下は立ち上がって、俺のもとへとやってくる。
そして、静かに涙を流しながら、深く頭を下げた。
「ありがとう、ヴィル。あなたは命の恩人です。なんとお礼を言ってよいやら……」
「そ、そんな! 頭を上げてください! むしろ、俺を信じて体を預けてくれて、ありがとうございました」
医師でもなんでもない男が、急に体を治させろなんて、怪しすぎるだろう。
俺を信じてくれたこの人に、感謝だ。
「あなた様は勇者だけでなく、このおいぼれの命すらも救って見せた。この恩には、相応の対価をもって報いたいと思います。沙汰は追ってお知らせしますので、どうか、しばらくは滞在していただけますと」
対価、かぁ……。
「金なんていらないです。お礼は、陛下の美しい笑顔で、十分です」
なんてね。
すると陛下が「そ、そうですか……」と顔を真っ赤にして、眼をそらす。
ちょっと気障だったかな。
うわぁ、はずいぃ~。
そんな俺らを見て、ポロとライカがぼそぼそと話す。
「……アルテミス様、若いころはあんな美しいなら、さぞもてたでしょう?」
「……陛下って生涯独身だったんだぜ」
「……つまりは、ライバルということですかっ。く、皇帝さえも惚れさせてしまうなんて!」
「……まあでも先生は素敵な男性だからな、そこに加えて命を救った。しかたねえ、しばらく共同戦線をはるぞポロ」
「……はい! ライカ様!」
なんかふたりとも言ってたけど、聞こえなかったのだった。




