15.弟は妻に嘘がバレて、見限られる
一方ヴィルの弟セッチンは工房にいた。
氷の勇者キャロラインのせいで(文字通り)凍結していた工房は、時間の経過によって元通りになっている。
しかし炉に火はくべられていない。
作業台の上に、1本の鉄くず同然のぼろ剣が置いてあった。
「この剣に……この【スタンプ】を押すと……」
セッチンの手には、まがまがしいデザインのスタンプがあった。
ぽん、ぼろ剣の刃にスタンプを押す。
みるみるうちにぼろの剣が、Aランクの剣へと変化したのだ。
ヴィルのように、剣に手を加えて進化させたのではもちろんない。
「はは! すげえや! このスタンプを押せば、見た目を【偽装】し放題だあ!」
このスタンプを使えば、武器の見た目だけを変える呪いをかけることができるのだ。
「【あの人】にもらったこのスタンプ……呪印! これさえあれば、安い剣を仕入れて、見た目だけ変えて、高く売れる……!」
セッチンは思い出す。
キャロラインのせいで工房が使えなかった時……。
【とある人物】が、セッチンにこのスタンプを渡してきたのだ。
『それは呪いのアイテムです』
『の、呪いのアイテム……?』
『はい。【偽装の呪印】。このスタンプを押せば、対象の形のみを好きに変えることができるんです。これを使えば楽してもうけることができますよ』
『! あ、ありがとう! 助かるよ! 御礼は……?』
『いえ、御礼は結構です。上手に使ってください。では……』
そういって、謎の人物はセッチンに呪いのアイテムを渡すと、どこかへと立ち去っていったのだ。
「素晴らしいぞこの呪いのアイテム……! 呪いってついてるわりに、全然ぼくに悪いことが起きないし……! 苦労して剣を打たなくて良い! 最高だ……!」
……と、そのときだった。
「セッチン……」
どきっ、と心臓が体に悪いはねかたをする。
振り返ると……死にそうな顔をした、妻シリカルがいた。
「な、なに……? シリカル……?」
ささっ、とセッチンは偽装の呪印を後ろ手に隠す。
シリカルは近づいてきて、彼の手から呪印を奪った。
「これは……なに?」
「そ、それはぁ~……」
セッチンはシリカルにこの偽装のことを黙っていた。
バレるはずがないと。
なぜなら見た目を完璧に偽装できるんだから。
しかし……。
「このスタンプで、ぼろの剣をAランク剣に変えてた? そうでしょ?」
……問い詰められる。
妻が、恐ろしい表情をしていた。
立場的にはセッチンよりも、シリカルのほうが上なのだ。
セッチンは一介の職人、シリカルは大商業ギルドの会長なのだから。
「そ、それはぁ~……」
言えない。
まさか見た目を偽装したAランク剣を、卸していたなんて。
「どうなの!? 答えて!」
「い、いや……その……あの……」
妻に叱られて、何も言い返せないセッチン。
シリカルは近くに置いてあったぼろ剣を手に取って、スタンプを押す。
目の前で、形が変わっていく。
「……これを使ってたのね? 商品を……偽装してたのね?」
ぷるぷるとシリカルが怒りで体を震わせている。
「う、うん……け、けどさ! 物なんてほら、売れれば良いじゃあないか! ね!」
「……売れれば、いいですって?」
セッチンは必死になって言い訳する。
「そうだよ! もう売ったらその段階でほら、お金がもうかるんだからさ! 儲けることさえできればいいじゃんね! 質が低くても! 売れれば良いんだよ!」
シリカルは頭痛をこらえるように、頭に触れる。
「そうだよ! 今の時代は質より量! 質の低いものをたくさん売って儲ける! このスタンプさえあれば、ぼろ剣を高く売れるんだ! もうけることができるんだよ!」
セッチンは、言う。
「金さえ手に入れば、使う人間からどう思われようとも関係ないでしょ!? 質が低くても儲かればいいんだ!」
と。
……シリカルがセッチンを見てくる。
そこには失望と、そして侮蔑のまなざしが混じっていた。
「もういいわセッチン。もうわかった……」
「そ、そうかい! わかってくれたかい!」
「……ええ。あなたが、馬鹿だったんだって」
「……………………へ?」
セッチンが、馬鹿?
何を言ってるんだ……?
シリカルは手で顔を覆う。
「どうしよう……職人のヴィルはもういないのに。納品はどうすれば……」
「ぼ、ぼくがいるよ! ほら、ぼくだって職人……」
「ふざけないで!」
セッチンがシリカルに一喝される。
びくっ、と一瞬ひるむ。
シリカルが自分を見てくる。
その目には、夫に対する明確な怒りと、そして、侮蔑のまなざしがうつっていた。
「あなたは職人なんかじゃないわ! ただの馬鹿よ! 大馬鹿野郎よ!」
冗談で言ってる様子では、ない。
本気で妻が怒って、罵倒してきた。
「な、なんで……? 馬鹿っていったい……」
「売れれば質なんてどうでもいい? そんなセリフがよく言えるわね! 職人のくせに!」
ぼろ剣を地面にたたきつける。
女の力で易々と、その剣は砕け散ってしまった。
「職人は……ヴィルは! そんなこと言わなかった……!」
……ヴィル。
自分の兄を、引き合いに出された。
カッ……と目の前が怒りで真っ白になる。
「ゔぃ、ヴィル兄がなんだってんだよ!」
「ヴィルは! 使い手のために、良い物を作ってくれたわ! それが評判を産んだ! だから……! もうけることができたの!」
「い、良い物を作らなくても、も、もうかりさえすればいいだろ!」
立場的にはシリカルの方が上。
しかしセッチンは今、兄と比較されて、キレていた。
ぼろ剣をふんづけて、シリカルが言う。
「良い物を作らないと、売れないの! 短期的には売れるかもだけど、でも……! 将来的には質の悪い物を売っていたら、客が離れちゃう! そんな単純なこともわからないの? このド低脳!」
「て……ふ、ふざけんな! そんな言い方ってないだろ!」
「うるさい! 馬鹿に馬鹿っていってなにがわるいのよ! もう!」
シリカルが大泣きしだした。
これには、セッチンも動揺してしまう。
「な、泣くことないだろう……?」
「うるさぁい……! あんたのせいだ! あんたのせいで、今度訴えられることになったんだよお!」
「なっ!? う、訴える……? どういうことだよ!?」
シリカルはセッチンに話す。
Sランク冒険者ギルド、【天与の原石】からクレームがあったこと。
ぼろ剣をAランク剣と偽装して売ったことで、客を怒らせてしまったと。
「なんでこんな馬鹿なことをしたの!? ねえ! どうして自分の手で作らなかったの?」
「そ、それは……」
作らなかったのでは、ない。
作れないのだ。
一日に、100本のAランク剣なんて。
いや、そもそも……。
「作れないんでしょ……ヴィルが、当たり前のように作れていた剣が」
……ヴィル。
また、兄だ。
「で、できるよ! 作れるさ!」
「……じゃあ今、作って見せてよ」
「え゛……?」
シリカルがスッ、と炉を指さす。
「作って。Aランク剣。ヴィルみたいに100なんて言わないから。1本で良いから、作って……?」
……そう言われても、できなかった。
「じ、時間が……」
「いいから、作って」
「…………」
駄目だ。
作れない。
「……今までどうしてたの? スタンプが無かったときは?」
「あ、あれは……その……」
兄が出て行った後、兄が作った物が、倉庫の中にたんまり入っていたのだ。
それはヴィルが用意していたストックだ。
もし自分に何かがあったとき、客が困らないようにと、ある程度のストックがおいてあったのである。
今までは、それで納品していた。
でも……もうこないだキャロラインがきて、ストック分は全部粉々になってしまった。
新しく武器を作り出す技術は……。
Aランクの武器を作る力は……。
「……そう。あなた、馬鹿で、無能だったのね」
……いつだってシリカルが、セッチンに向けるまなざしは、恋する乙女特有の熱いものだった。
シリカルはセッチンに惚れていたのだ。
恋は盲目という。
惚れた相手の悪いところは、全部見えていなかった。
いや、見ないようにしていたというべきか。
けれど今、その恋の魔法は解けてしまった。
シリカルの目に映る自分は……。
間抜けなツラをした、ただの無能。
職人としての技術も矜持も無い、ただの馬鹿。
そう……彼女は目で語っていた。
「……もういい。わかった。あなたには、もう職人として何も期待しない」
「そ、そんな……!」
シリカルが店を出て行く。
泣きながら、とぼとぼ歩いて行く。
「……とりあえず、知り合いの工房を回ってみないと。納品が間に合わないことを謝って……それで……」
シリカルがこちらを向いてくれない。
セッチンは慌てて彼女の手を握る。
「な、なあシリカル……! 一緒に考えよう? ね、こういう危機的な状況のときこそ、夫婦力を合わせて……」
ぱしんっ!
「………………え?」
一瞬なにをされたのかわからなかった。
彼は……自分が頬をぶたれたのだと、遅まきながら気づく。
「もう、いいから。あなたは何もしないで」
「な、何もしないで……って?」
「文字通り。生産に関わらないで。私の仕事の邪魔しないで」
……それは戦力外通告に他ならなかった。
「ま、まってよ……まってよぉ……ぼ、僕も何かするよ! がんばって技術は磨くし……! そ、そうだ!」
セッチンは落ちてる偽装の呪印を手に取って言う。
「これのさ、もっと凄い呪いのアイテム、あの人にもらってくるよ! 見た目だけじゃ無くてさ、スペックも一瞬で向上させるみたいな。アイテムを一瞬で神器に変えちゃう! そんな魔法のアイテムをさ!」
フッ……とシリカルが、小馬鹿にしたような表情で言う。
「あるわけないでしょ、そんなの」
……実は存在する。
アイテムを、神器に変えてしまう存在が。
とても、身近なところに。
いや、正確にはいた。
「ああ……ほんと、私……馬鹿だったな」
シリカルは、決定打を言う。
疲れ切った表情で。
セッチンが、最も聞きたくない言葉を。
「セッチンより……ヴィルの方が、優れてたな」
どさ……とセッチンがその場に力なくうずくまる。
兄の方が優れてる。
……一番言われたくない言葉だ。
「ヴィル兄……ヴィル兄……ヴィル兄……みんな、あいつのほうがいいのかよぉお! ちくしょぉおお……! ちくしょぉおおおおおお!」
呪いのスタンプで、何度も何度も、地面をたたきつける。
彼の体からは黒い靄が発生していた。
……その様子を、スタンプを与えた男が見て、にんまりと笑っていたのだった。




