14.元婚約者はSランクギルドからの仕事を失い、絶望する
ヴィルが雷の勇者の呪いを解いている、一方その頃。
彼の元婚約者、シリカル・ハッサーンはというと……。
「はぁ……もう……いや。眠い……疲れた……どうしてこんなことになるの……」
シリカルは王都に住む商人だ。
ハッサーン商会という、大きな商会の会長をしている。
そこはかつては、とても繁盛していた。
しかし今は危機的な状況下にあった。
どうしてか?
「……王族からの仕事の依頼が来なくなった。あれが、終わりの始まりだったわ……」
ヴィルが出て行ってほどなく、超大口の取引先であった、この国の王族からの仕事がこなくなったのである。
理由を聞きに王城へと向かうも追い返されてしまった。
何度も何度も謝罪文を送ったが全て突っぱねられる。
どれだけ誠意を尽くして謝ろうとしても、王族は取引をしてくれなくなった……。
「その噂を聞いて、取引先の貴族達もどんどんと手を引いてくし……もう……なんなの……なんでこんなことに……」
取引先が減ってきていても、従業員数が減ったわけじゃ無い。
部下を食わせるためにはお金を作る必要がある。
そのために新しい取引先を探したり、ツテを頼ったりして、なんとか金をギリギリ工面できてる状況。
「正直……もうあと一つ、大口の取引先を失ったら……もう、今の規模で商会は維持できない。リストラ……するしかない」
と、そのときだった。
コンコン……。
「なに!? 今忙しいの後にしてちょうだい!」
最近まともに寝れていない+激務によるストレスで、気が立っているシリカルは、相手を確かめずに、ドア向こうの人物に怒鳴り散らす。
『それはすまなかったの、会長』
「! そ、そ、その声は……!?」
シリカルは慌てて立ち上がり、ドアを開ける。
「ひさしいの、シリカル」
「へ、【ヘンリエッタ】……ギルマス」
ヘンリエッタ・エイジ。
彼女はこの王都に居を構える冒険者ギルド、【天与の原石】のギルドマスターだ。
長い銀髪に、美しいかんばせ。
まだ年若いというのに、Sランク冒険者ギルドを切り盛りする才女だ。
冒険者ギルドにもその功績に応じてランク付けがされている。
そのなかでもヘンリエッタのギルドは、最高位のS。
この国の王族も彼女のギルドを頼りにするほどの……超有名ギルドだ。
もちろん、このハッサーン商会にとっても超大口の取引相手である。
「も、も、申し訳ないです! 少し気が立っておりまして……」
「そうか。すまなかったな。火急の用事があっての」
「い、急ぎの……? どういった御用向きでしょう?」
正直今この状況で相手したくなかった。
シリカルは今猛烈に精神が不安定な状況。
相手は王族に匹敵するほどの大口の取引相手。
ここで何か不用意な発言をして、相手の不興を買ってでもしたら、この商会が終わってしまう。
だが……向こうからで向いてきたのに、出直してほしいなんて言うわけにもいかない。
……どうか、難しい案件で無いように、とシリカルは神に祈る。
……しかし神を手放した時点で、それはもう遅すぎた。
「実はの、我ら天与の原石は、おぬしらを詐欺罪で訴えたいと思っている」
「……………………は?」
一瞬頭が真っ白になった。
詐欺……?
何を言ってるのだ……?
訴える……?
「え、っと……その……ど、ど、……え? な、なにを……おっしゃられてるのか、わかりかねます……」
寝不足の頭では思考がまとまらない。
とにかく、もう少し話を聞いてみないと。
「まずはこれを見ておくれ。黒銀よ」
すぅ……とヘンリエッタの後ろに控えていた男が、前に出る。
「! こ、黒銀の召喚士……! え、Sランク冒険者……の!」
ヘンリエッタが連れてきたのは、彼女のギルドに所属するSランク冒険者の男だ。
銀の仮面に、黒いマントをまとった男である。
彼がパチンと指を鳴らす。
足下に魔法陣が展開して、ずずず……と木箱が召喚される。
「これは、先日ハッサーン商会から、わがギルド天与の原石に納品されたAランク剣50本……でまちがいないな?」
シリカルが木箱を見やる。
表面にはハッサーン商会の焼き印が刻まれてる。
「は、はい……たしかに……」
「そうか……しかしこれをよく見ておくれ」
ヘンリエッタは木箱の蓋を開けて、剣を1本手に取る。
Aランク剣。
それを武装するだけで、かなりの高ランクのモンスターと渡り合えるようになる、なかなかに上等な品だ。
製作者はヴィルの弟、セッチン・クラフト。
「これは、見た目こそAランク剣じゃが……偽物じゃ」
「に、偽物!? う、うそぉ!?」
「嘘では無い。黒銀よ」
仮面の男がうなずくと、ぱちんと指を鳴らす。
空中に魔法陣が出現して、そこから1本の剣と、そして訓練用のカカシが召喚される。
「このカカシは剣の訓練に使うときのものじゃ。そして、この剣は本物のAランク剣。黒銀よ」
彼はうなずいて、自分が出した剣と、シリカルが納品した剣を手に取る。
両手に持った剣を、彼は軽く振るう。
すぱん!
がきぃん!
……黒銀が自分で出した剣は、カカシを切り裂いた。
しかしシリカルの剣は、カカシに突き刺さった状態で止まっている。
「同じAランク剣だ。しかも……この剣は【以前】そちらから納品してもらった物。……どういうことじゃろうな」
以前。つまり、ヴィルがいた頃に作って納品した剣ということ。
ヴィル製作のAランク剣のほうが、遙かに切れ味が良かった。
「つ、作った職人の腕が違うので……た、た、多少の差はでるかと……」
「……とぼけるつもりか。わかった。では真実を見せよう」
「真実……?」
ヘンリエッタは自分の目を指して説明する。
「わしの目は、【S級鑑定眼】じゃ」
「! S級鑑定眼……まさか……」
「そう。あらゆるものの秘めたる情報を見抜く力がある。とくと見よ」
かっ! とヘンリエッタの目が黄金に輝く。
その光がセッチン作成の剣に触れると……。
一瞬で、ボロボロの鉄くず同然の剣へと変貌した。
「な!? な、なにこのぼろい剣!?」
「ただ同然でボロの剣を仕入れて、【偽装】の魔法でAランク剣に見せていたのだろう」
「偽装……そんな……」
そんなことが、起きていたなんて。
全く知らなかった……。
だってセッチンは、そんなこと一言も言ってなかった……。
「……その様子じゃ、贋作だと知らないで仕入れたのじゃろう」
「! そ、そう……そうなんです! これは、我が商会ではなく、作ってきた側の不手際でしてぇ!!!!」
責任を逃れようとするシリカル。
だがヘンリエッタの表情は冷ややかだ。
「贋作を見抜けず、適当なものを納品したのは、貴様ら商会じゃろう。たしかに作った側にも問題あるが、責任は売りつけた側にある。違うか?」
たしかに、チェックを怠ったのは自分だ。
納品してきた時点で贋作だと見抜けていたら、こんな事態にはならなかった。
「職人は、依頼を受けて物を作る。商人は、その物を売る。今回のケースは物を売る側のチェックの不手際だと思うが、違うか?」
「…………ちが、わないです。もうしわけ、あり、ませんでした……」
やってしまった。
どうしよう……絶対怒ってる……。
シリカルの体が震え出す。
大口の取引相手を怒らせてしまったのだ。
「謝罪など不要だ。わしはこの件を許すつもりは無い。あやうく、大事な部下が大けがするところじゃった」
たしかにAランク剣だと思って装備し、モンスターと戦ったら実はボロ剣だったとなれば、怪我につながっていただろう。
「ゆえに、わしはこのハッサーン商会を詐欺罪で訴える」
このゲータ・ニィガ王国は法治国家だ。
きちんと罪に罰を与える仕組みがある。
……だが、今回のことで商会を訴えられたら信用はさらにがた落ち。
天与の原石はSランクギルドだ。
賠償金も、かなりのものになるだろう。
そんなことしたら、部下をリストラしても間に合わなくなる!
「お願いします! それだけは、それだけはごかんべんくださいぃいいい!」
シリカルはヘンリエッタの元に跪いて、土下座する。
なんとか怒りを収めてもらなわないといけなかった。
「もう二度と同じようなことが起きないよう、再発防止に努めますので! なにとぞ、なにとぞ!」
「……もうよい。頭を上げよ」
ほっ……とシリカルは頭を上げる。
良かった……許してもらえる……。
だが、ヘンリエッタの目は冷たいままだった。
「ハッサーン商会と我がギルドの取引は正式に中止とする。また、訴状は提出する」
「なっ!? な、そ、そんなぁ……!!!!!」
「そのうち出頭が命じられるじゃろう。では、いずれ法廷で」
「ま、待って! 待ってください! お待ちください……!!!」
ヘンリエッタの足にしがみついて、引き留めようとする。
涙と鼻水で、その整った顔をぐちゃぐちゃにしながら必死になって謝る。
「本当にこのたびはもうしわけありませんでした! どうか、どうかご勘弁を! 我が商会はもう……今いっぱいいっぱいで、訴えられたらもうそれこそ終わってしまいます! どうか、どうか許してください!」
……ヘンリエッタは深くため息をついて言う。
「……落ちたものじゃな、ハッサーン商会も」
「え……?」
「経営者が変わってから、あきらかに取り扱う品の品質が低下したと、業界では有名だった」
……頭が真っ白になる。
経営者が変わってから。
つまり、前会長の父から、シリカルに変わってからのことだろう。
「しかし武器だけは、違った。とても高品質で、使いやすいと評判じゃった。……以前はな」
……以前は。
つまり、ヴィルがいた頃の話をしている。
「前の職人の作る武器はとても評判が良かったよ。というか、今までおぬしの商会と取引していたのは、彼……ヴィル氏じゃったか? ヴィル氏の作る武器が、ハッサーンでしか手に入らなかったからじゃ」
「ヴィルの……武器が、評価されていただけってこと……?」
「そのとおり。武器以外は正直ゴミじゃった。じゃが……武器もゴミに成り下がった。商会の目玉にして屋台骨だった、ヴィルの武器がない以上、もうこの商会は終わりだろうな」
……ヘンリエッタはS級鑑定眼を持つ。
その目は噂では、未来をも見通すと言われている。
そんなすごいギルドの、すごい魔眼もちから、終わりと宣言された。
……だからもう、本当にこの商会は終わりを迎えるのだろう。
どうして?
簡単だ。
……ヴィルを、追い出したから。
「そんな……そんな……」
ここに来てようやく、シリカルは理解した。
ヴィルの言葉は本当だった。
彼が、この商会を支えていたのだと。
……気づいたらヘンリエッタ達はいなくなっていた。
鉄くず同然の剣の山と、真実を知って呆然とする馬鹿な女が、そこにはいた。
「あ……ああ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
シリカルは頭を抱えて、絶望のあまり、絶叫するしか無かったのだった。




