13.呪いの邪眼を神器に作り替える
俺が帝国に向かう途中、雷の勇者ライカが襲ってきた。
彼女との戦いに勝利したのであった。
「ヴィル様。ライカ様とはどのようなご関係なのでしょうか?」
草原にて。
獣人のポロが俺に尋ねてくる。
さっきのバトルに負けてから、ポロはライカに敵意をむき出しにしているようだ。
「あたいと先生は将来結婚する……いわば婚約者さ!」
「違う。彼女は【邪眼】の持ち主でな。邪眼の封印具を俺が作ったんだ」
「じゃがん……ですか?」
ポロが雷の勇者の右目を見やる。
彼女の顔の右半分には、大きな黒い眼帯がつけられている。
「あたいは幼い頃、【変な野郎】に右目を無理矢理、邪眼にされちまったのさ」
「右目を無理矢理って……そんなことが可能なのですか?」
「ああ。一瞬だった。やつがとん、って顔に触れた瞬間、あたいの右目は呪われし邪眼になっちまったんだよ」
彼女には特別な力がそのときから、植え付けられた。
「【死神の邪義眼】。あたいに見られた生物は、死ぬ」
「どういうことですか?」
「文字通りさ。見られたら最後、寿命をこの目に食われて死ぬ……」
ポロが絶句していた。
まあ、ひどいアイテムだよな。
「この眼は、そいつが作った呪いのアイテムなんだとよ。呪いを解く方法はない。目を潰しても、勝手に再生する」
「文字通り完全に、呪いのアイテムなんですね……」
邪義眼は制御不能だった。
見られたら命を刈られる。
ライカは死神として周りから恐れられ、帝国の地下牢に封印される羽目になった。
「死刑にならなかったのは?」
「あたいが子供だったのと、それと……あたいがこの雷聖剣サンダー・ソーンの使い手に選ばれたからさな」
帝国は困っていた。
聖剣の使い手が、邪眼持ちでは困ると。
見た者を無差別に殺してしまう呪いのアイテムだからな。
外に出して、大量殺戮なんて……しゃれにならない。
「そこで、俺が呼ばれたんだ」
帝国は国内の技術者や聖職者たちに命令を出し、なんとかこの呪いを解除しようと頑張ったらしい。
だが、どれだけ試してもそのアイテムを取り出すことも、呪いを解くことも不可能だった。
世界最大の宗教団体にして、神の使徒である天導協会の大聖女に、解呪を頼んでも無理だったそうだ。
方々手を尽くし、もう彼女を殺すしか無い。
そうなったとき、俺にお鉢が回ってきたのである。
邪眼は、呪われしアイテムだ。
なら、俺にどうにかできないだろうか……と。
「それでどうにかなったんですね?」
「まあね。でもその当時の俺、邪眼を壊すことも、摘出することもできなかった。できたのは、彼女の邪眼を完全に押さえる、封印の魔道具を作るだけ」
それ以降、聖剣とその封印具のメンテを俺が担当していた。
ライカは交流を重ねるうちに、俺のことを好きになったらしく、会うたびに求婚してくるようになった次第。
「先生がいなかったら、あたいは殺されるところだった。先生は命の恩人なんだ。だから……あたいはあなたがほしい。でも守られてるだけの女じゃ嫌だ。あんたを倒せるくらいに強くならないと」
別に俺より強くなっても、ライカと付き合う気はないっていつも言ってるんだけどなぁ……。
「そうだったんですね……ライカさんの右目には、呪いのアイテムが……」
『なんだか不憫じゃのう。我も呪われし妖刀じゃったから、境遇が似てるせいか、他人事とは思えぬのじゃ』
……ん?
妖刀と、似てる……?
まてよ。
そうだよ。
俺は呪いのアイテムを、神器に変えられたじゃないか。
もしかしたら……。
「どうしたんだい先生?」
「いや……ライカ。その右目、なんとかできるかもしれない」
「! ほ、本当かい!?」
ライカの右目は完全に治ったわけじゃ無い。
あくまで一時的に、封印がなされているだけ。
定期的にこの封印具をメンテしないと、右目が暴走してしまう。
俺に何かあってメンテできなくなったり、死んでしまったら、また暴走してしまう。
でも……。
「この闇の聖剣は、もとは呪われた妖刀……呪いのアイテムだった。でも聖剣に作り替えられた。ライカの右目も呪いのアイテムだとしたら……」
『そうか! 我のときみたいに、呪いのアイテムを神器に変えることができるやもしれぬ!』
そのとおり。
今は彼女をむしばむ呪いでしか無い右目を、神のアイテム……神器に変換が可能かもしれない。
「せ、先生……本当にそんなことが可能なのかい?」
「ああ……昔は、できなかった。でも……なんだろうな。今は、できるような、予感がするんだ」
ゼロからじゃないにしても、神器をこの手で作ったからだろうか。
経験を積んだことで、職人として成長したのかもしれない。
俺のなかには……いける、という強い思いがあった。
死神の邪義眼を、呪いのアイテムを……神器にできると。
「ライカ。おまえさえよければ、治させてもらえないか?」
「もちろん!」
即答だった。
一瞬の躊躇も無かった。
「お、おまえ……いいのか? 失敗したらどうなるかわからないんだぞ?」
「そんときゃ……スパッと死ぬまでよ」
にかっと笑いながらライカが言う。
そこには暗い感情が見当たらなかった。
潔いというか、割り切りがいいというか。
「あたいは、先生を信頼してる。暗い闇のそこから引きずり出してくれた、神の手を持つあんたに。もう一度……この目、この命、捧げるよ」
……そっか。
投げやりになってんじゃ無い。
俺のこと、信じてくれてるのか。
はは……なんかうれしいわ。
俺の手を、信じてくれてるのが。
「…………」
俺は躊躇する。
目の奧には脳がある。
目の修繕に失敗したら、脳まで破壊されて、死んでしまうかもだしな。
そりゃ、躊躇するよ。
……でも。
道具が、人の生活を向上させるために作られた、物が。
人の運命をねじまげて、不幸にしている。
そんなの……かわいそうすぎるだろ。
使われてる道具も、道具に運命を変えられてしまった方も。
俺はもう、昔の俺じゃ無い。
仮にも聖剣を作った職人なんだ。
この手があれば、もっと多くの道具を、道具を使う人たちを、幸せにできる。
「……俺に、命預けてくれるかい?」
にっ、とライカが男前に笑ってみせる。
俺はうなずいた。
覚悟はできた。
神槌ミョルニルを取り出して、彼女の前に立つ。
「封印具をはずして、目を閉じといてくれ」
ライカがうなずいて封印具をとり、俺の前に座る。
俺は神槌を左手に、右手で彼女の右目に触れる。
……わかる。
「わかるぞ……!」
前は、わからなかった。
この呪いのアイテムの……不具合が!
どこをどう変えれば、この呪いが祝福になるのかが!
「いくぞ……!」
その瞬間、彼女の右目の魔法陣が展開した。
俺にはわかる。
これの魔法陣が、右目に死の呪いを付与している。
ならば、この魔法陣を……書き換えればいい。
「万物破壊!」
俺はハンマーでその魔法陣を、ぶっ壊す。
壊し……そして……。
「超錬成!」
ゼロから物を作るんじゃあ無い。
この呪われた魔法陣を一度ぶっ壊して、再構成する。
不具合を正し……正常なものに。
人を傷つける呪いから、人を救う奇跡の力へ。
呪いのアイテムの構造を理解し、分解し、再構築する。
そして……。
「はぁ……はぁ……ふぅ……」
魔法陣が消える。
できた、という手応えしか無かった。
「ライカ。目を……あけてみてくれないか?」
彼女の肩が、震えていた。
強がってても、やっぱり怖いもんはこわいだろう。
彼女も右目はもう何人も命を奪ってきてるんだ。
「大丈夫。成功したよ。この俺が……八宝斎が保証する」
こくん、とライカがうなずいて、恐る恐る目を開いた。
俺とバッチリ、目が合う。
ライカの右目は、元々血のような赤い色をしていた。
しかし今は、黄金の輝きを放っている。
「せ、先生……生きてる? 生きてるよね?」
「ああ! 生きてるよ」
今までの邪眼は、見た相手を即死させていた。
でも今、彼女の右目を見ても、俺は生きてる。
「すごい……すごいよ先生! 本当に呪いを解いちまった! すごい! すごいよ!」
ばっ! とライカが俺に抱きついてくる。
泣きながら、何度も何度もつぶやく。
「ありがとう……ありがとぉお……! うわああああああん!」
ライカの背中を俺はぽんぽんと叩く。
強がってても、やっぱり女の子なんだよな。
右目に爆弾があって、ずっと怖かったんだろう。
「すごいです、さすがヴィル様!」
『うむあっぱれじゃ! まさかまたしても神器を作り出してしまうなんて!』
神器……。
そう、呪いのアイテムは今、神器に変換されているのだ。
どんなものになってるのか……。
……俺にもわからん。
だが、まあどうでもいい。
今はただ、道具の持ち主が、笑っていられる。
そのことだけで、十分、俺はうれしかった。
 




