11.勇者、そして世界がヴィルを求めて動き出す
ヴィルが闇の聖剣・夜空を完成させた、一方そのころ。
氷聖剣の勇者キャロラインは、王都の自宅にて、旅の準備をしているところだった。
『ありえへん! ありえへんで!』
「……どうしたの、アイス?」
キャロラインの聖剣アイス・バーグの意思、剣精アイス。
小さな猫の姿をしたアイスが、驚愕の表情を浮かべていた。
『大変や。聖剣が、生まれた』
聖剣からは、独特な波動が発させられる。
ある程度お互いの位置がわかるのだ。
アイスは七つ目の聖剣の気配を、感じ取ったので、驚いてる。
『これはどえらいことやで!』
「……? そうなの?」
わかってない様子のパートナー。
一方で同じ聖剣であるからこそ、わかるのだ。
今回の、異常事態が。
『ええか? この世界が光と闇の女神さまによって生み出されてから今日まで、たくさんの神器が生み出されてきた。けど、聖剣は、すべて神の手で作られていたんや』
「じゃあ、今回も神の手で作られたんじゃないの?」
『ちゃう! この世界にて、生まれたんや。神の世界で作られたものが、地上に降りてきたんじゃなくて!』
現在存在する六本の聖剣。
そのすべては天上にある神々の世界で作られ、地上に落とされたものだ。
しかしアイスが感じ取ったのは、地上で新しい聖剣が誕生したという気配。
これが何を意味するか。
『人間が、聖剣を作った! 歴史上初! 世界初どころじゃないで! 歴史が始まって以来の、大事件や!』
それを聞いてキャロラインは驚き、そして、大きく笑った。
胸の中に炎が燃え滾る。
『しかし、誰や? 誰が聖剣を作るなんて奇跡、起こしたんや?』
「ふっ……」
勇者キャロラインは、余裕の笑みを浮かべる。
少しばかりの、憐みの感情が入り混じっている。
「わからないの、アイス?」
『なんや? 思い当たる節があるんか?』
「ええ。むしろアイスならわかってると思ってたけどね」
作ったと思われる人物に心当たりがない。
そのことに、少しばかり落胆してる様子のキャロライン。
相棒からのセリフ、そして、恋する乙女の表情を見て……。
アイス・バーグは理解した。
『ヴィルやんか! そうか、ヴィルやんなら、できてもおかしくない!』
アイス・バーグはヴィルを高く評価していた。
現在この世界で最も才能があり、黄金の手を持つ彼なら、作れるかもしれない。
『だとしたら、やばいどころの話やない。神しか作れん聖剣を、人間のヴィルやんが作った。これは……これは、歴史的大事件や。歴史の教科書に名前が残るレベルの偉業やで!』
愛するヴィルを褒められて、ニッコリ笑顔のキャロライン。
聖剣の意識ですら驚くレベルの出来事なのだ。
世界を揺るがすくらいの、大事件である。
『いやぁ、ほんますごいわヴィルやん。天才なんて次元を軽々と超えてはるわ』
「ええ、ヴィル様はすごいの」
ふふん、とキャロラインが誇らしげに胸を張る。
彼女はヴィルがすごいことを以前から知っていた。
世界最高の職人だって信じて疑わなかった。
この事件がきっかけで、ようやく、世界はヴィルの力を、存在を認めることだろう。
……しかし、ふと冷静になる。
「……いけないわ」
『どないしたん?』
「このままじゃヴィル様を欲して、戦争になる」
『! 確かにな……聖剣は1本で国を守れるほどの力を持つ。それを作れるとなれば、他国がこぞってヴィルやんに聖剣の作成依頼するかもな』
現在この六大大陸には、それぞれ、1本ずつの聖剣が所有されている。
それで力の均衡がとれているのだ。
そこに来て、ヴィルの存在がもし国に知られたらどうなるか?
必ず、2本目を欲する。
1本で国を守れるレベル。
それが2本あれば、他国に対して優位に立てるのは必定。
「アイス。このことを知ってるのって、どれくらいいる?」
『うちら六聖剣だけやな』
聖剣の誕生は、聖剣しか感じ取れていない。
今はまだ、聖剣誕生が世界に知られていないのだ。
『ヴィルやんが聖剣作ったって確信を持ってるやつはおらんやろうな。人間が作ったことだけは、ほかの5本らも気づいてるやろうけど』
アイスは口に出さなかったけれども、まだ正直、ヴィルが聖剣を作ったということに対して半信半疑でいた。
まあ他に、聖剣を作れるほどの職人がいるかといわれると、疑問符が浮かぶけれども。
アイスの中では、ヴィルが聖剣を造った可能性が一番高い人物として、認識されている。
ほかの聖剣たちも多分同じ考えだろう。
すぐには、ヴィルをめぐる国同士の戦争は起きないだろう。
だが、時間の問題である。
「……急がなきゃ」
『ヴィルやんのとこいくんか? メンテに?』
「ちがう! ヴィル様に、け、結婚を申し込むの!」
……いきなり何ばかなことを言ってるのだろうか。
アイスはあきれてしまう。
国同士の争いが起きる前に保護するとかなら、まあ理解できる。
だが我がマスターは結婚を所望ときた。
『なんでそうなんねん』
「だって! ヴィル様が聖剣を作れるくらいの、神職人だってばれたら、きっと世界中の雌どもがヴィル様に求婚してしまわれるに違いないわ! 今は、私だけのヴィル様だけど。でもいずれ絶対世界中のミーハーな奴らがヴィル様ヴィル様って言い寄ってくる! 間違いない!」
随分と思い込みの強い勇者であった。
正直ドン引きするアイス・バーグ。
しかしまあ、たしかにヴィルが聖剣の作り手だと世界中がもし確信を持ったら、そのときは本当に戦争になる。
もう注文が殺到するどころじゃなく、彼を力づくで手に入れようとする輩や、他国が力をつけるのを嫌って暗殺が起きるかもしれない。
そうなる前に、最強の勇者が近くにいたほうがいいかもしれない。
(うちはヴィルやんのこと、いっとう気に入ってるからな。ヴィルやん以上にメンテが上手い職人はおらへんし)
アイス・バーグもまたヴィルの力は認めているし、誰かにヴィルを独占されるくらいだったら、このちょっとあたまがパーな勇者キャロラインを、ヴィルとくっつけるのがいいと思われた。
『せやな。ミーハーなファンに取られるくらいなら、古参ファンであるあんたが結ばれるべきやな』
「アイスもそう思うのね!」
(思ってへんけど、ま、ヴィルやんとられるのが嫌なのはうちも同意見や。目的は一致してるやね)
よし! とキャロラインが強くうなずく。
「闇の聖剣の居場所わかる?」
『そらわかるけど、どないすんの? ヴィルやんは後回し?』
「ううん。たぶん闇の聖剣はヴィル様と行動を共にすると思われる。だから、聖剣の気配をたどれば、彼に会えるわ」
なるほど、とアイスは納得する。
『急いだほうがええわ。ヴィルやんがいるの、国の端っこ、デッドエンド村。帝国との国境や』
「! ということは、帝国の勇者が……」
『ああ。雷聖剣サンダー・ソーンと、その所有者、雷の勇者が多分、最も早くヴィルやんと接触するやね』
さぁ、と血の気が引く。
こうしてはいられない!
帝国の勇者ももちろん女だ。
というか、聖剣使いは六人全員が、比類なき美女美少女である。
「帝国の勇者……あの痴女。ヴィル様を誘惑したら、殺す!」
彼女の体から怒りのオーラととともに冷気が発せられる。
もうぐずぐずしてる暇はなかった。
キャロラインは最低限の荷物をまとめると、だっ! と部屋を出ていく。
……その屋根裏に、1匹のネズミがいた。
ネズミは使い魔だ。
見た情報、聞いた情報が……彼女のもとへ飛ぶ。
「なるほど、ヴィル様は国境付近にいるのね」
水晶を手に持ってるのは、王女アンネローゼだ。
今の会話を、ばっちりと聞いていたのだ。
アンネローゼは恋敵である、キャロラインを使い魔に見張らせていたのだ。
彼女が自分より先に、ヴィルに接触するのを防ぐために。
「ふふ、ふふふふ。ヴィル様、素晴らしい、すばらしいですわ!」
人類初、聖剣を作り出した、英雄。
今すぐにでもヴィル・クラフトを英雄として、認定して上げたい。
そうすれば、
「王女であるわたくしと、結婚していただける! 英雄と王女なら釣り合う! ああ、ヴィル様、ああ!」
彼女は呼び鈴を鳴らす。
そこへ、彼女の直属の騎士たちが集まってくる。
「急いで馬車を出して。デッドエンド村へ、ヴィル様を迎えにいくのよ!」
こうして、まだ一部とは言え、ヴィルの偉業が世に出ることになった。
聖剣を造った、人類初の神職人。
はたして、彼を手に入れるのは誰か……?
文字通り、神のみぞ知る。




