10.名前つけたら聖剣が進化した
俺、ヴィル・クラフトは妖刀を聖剣に作り替えた。
森のほこらのなかにて。
「ということで、闇の聖剣ちゃんです」
俺は隣に立つ着物美女を指さし、みんなに紹介する。
しかし獣人ポロも、村長アーサーじーさんも首をかしげている。
「ど、どこにいらしてるのですか?」
「え、ほら、隣にいるでしょ。すごい着物美女が」
きれいな髪に、メリハリのあるボディ。
そして大人な雰囲気を漂わせる、美女が。
しかし二人とも困惑している。
……まさか。
「そうか。君、聖剣の剣精なのか」
「うむ、そうじゃ」
だからほかの人に見えないわけか……。
「どういうことでしょうか、ヴィル様?」
「聖剣って、選ばれた人間にしか使えないんだ。で、聖剣が使えるかどうかの条件、剣の精霊、つまり剣精が見えるかどうかが条件なの」
はて、とアーサーじーさんが首をかしげる。
「しかし声はするの」
「ええ!? まじで?」
「うむ。姿は見えぬがな」
剣精は姿も声も、所有者にしか感じ取ることができなかったはず……。
「それだけ、おぬしの作った我が特別ってことじゃろう。見事見事!」
……しかし、ううん。
俺は、納得ができない。
「ヴィル様、どうしたのですか? 聖剣を、神器を作り上げたのですよ? 目的を達したのですから、喜ばしいことじゃないですか」
ポロの言うとおり、聖剣は神器のひとつだ。
俺は神器を作るために旅をしている。
「俺がゼロから作ったもんじゃあないしな」
あくまで今回のは作りかけを完成させただけだ。
俺が作りたいのは、ゼロから、自分の納得する神器を作ることである。
「俺の悩みは、彼女のことだよ」
「む? 我のことか?」
「ああ。だって、せっかくのすごい剣を、俺以外誰にも使ってもらえないのって、さみしくないか?」
俺は副業として勇者の聖剣のメンテを担当していた。
今この世界には、六本の聖剣がある。
地のアース・シェル、水のアクア・テール。
火のファイア・パンチ、風のウィンド・ドランゴン。
雷のサンダー・ソーン。氷のアイス・バーグ。
そして、闇の聖剣。
どの聖剣も、ひとつの重大な欠陥を抱えてる。
それは、使い手が一人しかいないってことだ。
「えと、でも聖剣って、そういうものですよね? 聖剣に選ばれたから、勇者だと」
「まあな。でも……道具ってそういうもんじゃないだろ? 特定の誰かしか使えないなんて」
なるほど、とアーサーじーさんがうなずく。
「言いたいことはわかる。たとえば農具。これは農作業を楽にするために開発されたもの。農具の使い手は、女も子供も、そして老人も関係ない」
そのとおり。
本来道具とは、誰もが使えるものなんだ。
年取ったじいちゃんでも、力のない子供でも。
その道具を使うことで、使い手が楽したり、幸せになったりするために、道具って生み出されるんだ。
「特定の誰かしか使えない剣なんて、それこそ、呪いの妖刀となんら変わらないだろ」
俺は闇の聖剣の肩をたたく。
「俺は道具を使った人が笑顔になってほしいし、道具にも、自分を使ってもらえて、良かったって思ってほしい。道具だって、心があるんだ。」
……まあ元婚約者にも、弟にも馬鹿にされたけど。
「素晴らしい思想だと思います!」
「わしも同意だ。道具は使い捨ての道具ではない。大事な相棒だとわしも思う」
そして、闇の聖剣がワンワンと泣きながら俺に抱き着いてきた。
「ありがとう、我が創造主よ……!」
ということで、俺は聖剣をワンランク上のものに変えたいと思ってる。
特定の勇者だけでなく、誰もが使える。
そんな、聖剣を。
「さて、どうするかな……君をもう少し調べて、方策を考えるか……」
「我が創造主よ。できれば、名前を付けてはくれぬか?」
「名前か。そうだな」
闇の聖剣じゃ、可愛くないしなぁ。
「それと、名前を我に刻んでほしい」
「名前? 誰の?」
「作り手のじゃ」
俺のってこと?
武器に名前を刻む?
アーサーじーさんがぽん、と手を打つ。
「おお、聞いたことあるぞ。たしか、極東の刀剣には、刀に作り手の名前を刻むものだと」
「へー、そうなんだ」
やっぱりまだまだ、俺の知らないモノづくりの常識があるんだな。
外に出て正解だった。
「いいのか、俺の名前を刻んで」
「ああ、おぬしのような道具思いの作り手ならなおのこと。我ら道具にとって、おぬしの名前は誇り、勲章のようなもの。ぜひ、付けてほしい」
なるほどなぁ。
やってみるか。
「剣に戻れるか?」
「うむ!」
闇の聖剣がまた1本の剣の姿に戻った。
俺は神槌ミョルニルを手に持って、こつんっ、と刃の腹をたたく。
「おまえは、【夜空】だ」
錬成スキルを使い、刃に名前を彫る。
【八宝斎】と。
名前を付け、名前を刻んだ……そのときだ。
かっ! と夜空が強く光りだしたのだ。
『おおお! 力が、力がみなぎってくるのじゃー!』
夜空が今までにないほど輝くと、刀身の形がまた変わる。
西洋風だったそれが、極東の刀のような形に。
つまり、妖刀のときに近い形へと変化したのだ。
「お、おお? な、なんだ」
「我は進化したのだよ」
ぱぁ、と夜空が光って人間の姿になる。
「「だ、だれ!?」」
ポロとアーサーじーさんが目をむいていた。
って、あれ!?
「もしかして、見えてるのか? 夜空のこと」
「は、はい! 見えます、すごいきれいなお方です」
聖剣の剣精は使い手以外に見えなかったはず……。
! まさか。
「夜空。もう一回剣になってくれ」
俺の手に闇の聖剣が握られる。
もしかして、できるかもしれない。
「なあ、ポロ。夜空を持ってみてくれないか?」
「え、で、ですが……勇者様しか使えないのでは?」
「ああ。でも、夜空の姿を、おまえは見えた。なら……使えるんじゃないかって」
もしそれが本当なら、前代未聞だ。
聖剣は勇者にしか使えないのだから。
ポロはうなずいて、聖剣を受け取る。
そして、刀身を引き抜いた。
「なんと! すごいぞお嬢さん! 勇者でない一般人が、聖剣を使えている!」
俺は氷の勇者キャロラインの聖剣をメンテしたことがある。
あまりに重くて、とてもじゃないが振り回せないほどだった。
聖剣は、使い手以外が持つとはじかれたり、重くなったりするのである。
しかし……。
「や! はぁ! せい!」
ポロは夜空を軽々と扱っていた。
「おお! すごいぞ嬢ちゃん! まるで剣の達人のごとき太刀筋だ!」
「え、ええ? ぽ、ポロおまえ。剣術なんて習ってたのか?」
ポロは夜空を鞘に戻して、俺に渡してくる。
「いえ! ですが、この剣を持っていると、わかるんです。どうやって振るえばいいかって」
「なんと! 持つだけで剣の達人にまで、腕を引き上げる武器とは! そんなもの、聞いたことがないぞ! すごいなヴィル殿!」
もともとの聖剣は持ち主を選んだ。
でも俺が手を加えた聖剣は、誰でも使えるようだし、使った人を剣の達人にする。
「いったい、どうして?」
「おぬしが我に、名をつけ、名を刻んでくれたからだ」
ぱぁ、と夜空が輝き人間の姿になる。
「俺が?」
「うむ。おぬしの右手より、とてもあたたかな力が流れ込んできた。おそらくは、存在が進化したのだろう」
存在進化。
たしか、魔物に見られる現象だ。
ポロもそれで進化して、今のお姉さんみたいな見た目になった。
でも……。
「武器が進化するなんて聞いたことないぞ?」
「わしも、長く生きておるが、そんな事例は見たことも聞いたこともないの」
アーサーじーさんも同じらしい。
「つまり、そんな前代未聞、規格外のことを、ヴィル様はやってのけたということです! すごいです!」
「聖剣を超えた聖剣……超聖剣とでもいう存在へと、我を進化させたのだろう。さすがじゃな、我が創造主よ!」
まあ、なんかよくわからんが、すごい聖剣を作ったらしい。
うーん、名前を付け、名前を刻んだだけなんだが……。
黄金の手には、まだまだ、俺の知らない使い方があるみたいだなぁ。
ま、なにはともあれ、俺の理想が1個かなった。
誰でも使える聖剣が作れたのだ。
これで夜空も、もうこんな暗くてじめっとしたとこに、ひとりで閉じこもってなくても、良くなった。
すごい武器を造れたことより、夜空を幸せにできたことのほうが、俺に取っちゃうれしかったし、誇らしかったね。




