01.弟と婚約者に裏切られたので、絶縁します
連載版スタートです!
「【ヴィル】。ごめん。あなたとの婚約を破棄させてほしいの」
新しい工房兼、夫婦の新居となる家のリビングにて。
俺、【ヴィル・クラフト】は、将来の伴侶となるべき女、【シリカル・ハッサーン】から、婚約破棄を言い渡された。
「え、婚約破棄って……え、ええー……な、なんで?」
シリカルは、とてもまじめな子だと思っていた。そんな彼女から、こんな言葉が出てくるとは思っていなかった。
「真実の愛を、見つけたからよ」
「は、はぁ……? 真実の愛……?」
状況を、まとめよう。俺は鍛冶屋を経営してる。
職人である父と、商人であるシリカルの父は友人同士だった。
自分の息子と、娘をくっつけようと、結構早い段階で婚約の取り決めがあった。
親父が5年前に亡くなり、この店と【副業】を継ぐことになった。
そのあと、シリカルの父も亡くなり、それから2年後。
俺は21、シリカルは20になった歳、ようやく、結婚話が進むことになった。
新しい店、新しい家を建てて、さて結婚の手続きをすると思った矢先に……。
俺はシリカルから婚約破棄を言い渡された、という次第。
「真実の愛ってどういうことだ……? シリカル」
「ごめんヴィル。他に好きな人ができたの」
そういうと、シリカルは背後を見やる。リビングの扉が開いて、そこには知った顔が現れた。
「やぁ、ヴィル兄」
「お、おま……セッチン!」
セッチン・クラフト。2個下の、俺の弟だ。
俺と違って細身で、ハンサムな顔つきをしている。
一方俺は髪の毛はぼさぼさだし、手とかごつごつしてるし、顔つきも十人並みだ。
「じゃ、じゃあ、シリカルの好きになった相手って……?」
「このぼくだよ、ヴィル兄」
「まじか……」
え、なにそれ。急すぎてついてけないんだけど……。
「お、おまえらいつの間に……?」
「シリカルのお父様がなくなってからかな」
セッチンはシリカルの肩に手を回す。彼女はポッと頬を染めた。
シリカルは、結構クールな女だ。親父さんが死んだときも、人前では泣いていなかった。
そんな彼女が、恋する乙女のように頬を赤く染めているではないか!
「父が亡くなってさみしいときに、セッチンは私を慰めて、支えてくれたの。……ヴィル、あなたと違って」
「い、いや、だって自分が言ったんじゃないか。『いつまでもめそめそしてられないわ。もう大丈夫』って。それに……」
別に何もしていないわけじゃ、ない。
ハッサーン商会の会長であるシリカルの親父さんが死んで、商会は彼女が継ぐことになった。
けどシリカルはまだ経験が不足していた。経営が傾きかけていた。そこで、俺は頑張ってハッサーン商会の経営を立て直したのだ。
幸い、俺と懇意にしてくれてる王族や貴族がたくさんいたので、彼らにハッサーンの武器を買ってくれと頼んだところ、快諾してくれた。
その結果、倒産寸前だったハッサーン商会は、無事、立て直すことに成功したのだった……が。
「ヴィル兄。シリカルは女の子だよ? 父が死んで、心の中で悲しんでいるとき……あんたは何してた? 仕事ばかりを優先し、彼女を慰めてあげることはしなかったろう?」
「い、いや……だってそれは、しょうがないじゃないか。仕事増やしたんだし、それに副業もあったし……」
俺には鍛冶屋の仕事のほかに、いくつか特別な案件を抱えていた。
そっちも大切な仕事なので、ないがしろにできなかった。
その結果、シリカルと過ごす時間はどんどん減っていったけど……。
「あんたは仕事にかまけて、大事な人と過ごす時間と、そして何より彼女のことを優先しなかったんだ。こうなって当然さヴィル兄」
……まあ、確かにセッチンの言うことには一理ある。
しかし、しかしだよ。
「じゃあ、商会はどうなってもよかったのかよ。俺が頑張らなかったら、今頃ハッサーン商会は倒産してたんだぞ?」
するとセッチンもシリカルも、きょとんとした顔になる。
え、なにその顔。
「何言ってるのさヴィル兄。経営が上向きになったのは、ちょうどそのころ、大手の仕事が偶然、たくさん入ってきたからじゃないか」
「は、え、は、はぁ!? ぐ、偶然だぁ!?」
大手の仕事、確かに来たよ。でもそれは、俺が貴族たちにお願いしたからだ。武器を買ってくれって!
それをこいつ……偶然だと思ってたのかよ!
「し、シリカル……お前もそう思ってるのか? ただの偶然だって」
「いいえ、そんなことはないわ」
ああ、よかった。シリカルは、わかってくれてたんだな……。偶然じゃないって。
「父を失ってもへこたれず、私が頑張ってたから、その姿勢を評価されて、仕事が来たのよ」
……君もか。君も、理解してくれてなかったのか……。
え、だって、普通ありえないだろ。
今までなかった大口の仕事が、偶然くるなんて。
そもそも接点がないんだから、彼女が頑張ってるなんてこと、どうやって知るんだよ!
……つまり、あれか?
彼女のために俺がしていた頑張りは、婚約者に伝わっていなかったと?
むしろ、俺のことを、婚約者をほっといて仕事にかまけるくそ野郎だと、そう思っていたと?
だから……シリカルは俺ではなく、弟を選んだと……?
「そんな、ひどすぎるだろ……なんだって、今このタイミングなんだよ。もう新しい店も、新居も、できたあとなんだぞ……?」
あとは婚姻届けを提出するだけだった。なんで、今このタイミングで……?
「悪いけど兄さん、この家から出てってくれないかな」
「は……? お、おいセッチン。お前何言ってるんだ……? なんで俺が家を出なきゃいけないんだよ」
「当たり前だろ。ここはぼくと彼女の家だ。元カレと一緒になんて住めないだろ?」
い、いやまあ、確かに元カレと同居とか、気まずくてしょうがないだろうけど……。
え、な、なんで俺が出ていく前提なんだ?
「おまえらが別のとこで住めばいいだろ?」
「それはできない」
「なんでだよ!」
「ぼく、お金ないから」
……はい? 金がない?
「王都って物価が高いだろ。新居を立てるとなったら、すごいお金がかかる。家を借りるにしてもそうだ。ぼくには住むとこを用意する金がない」
「? ?? ??? だ、だからここに住まわせろ、俺は出ていけって?」
り、理不尽すぎないか……?
「金がないなら、シリカルの家に住めばいいだろ。ハッサーン商会の建物は、シリカルの所有物なんだし」
「ぼくは一家の大黒柱となるんだよ? 嫁さんの家に手ぶらで厄介になるなんて、プライドが許さないね」
「は、はあ……え? い、一家の大黒柱、だって……?」
なんだかすごく嫌な予感がした。
弟はシリカルに近づいて、彼女のおなかを抑える。
「ここには、彼女とぼくの子供がいるんだ」
「は、はぁあああああああああああああ!?」
うそだろ!?
浮気してただけじゃなくて、子供まで作ってたのかよ!?
なんてやつらだ。
俺が、必死こいて働いてる一方で、俺の努力を認めないどころか、かくれて付き合って子供まで作ってたなんて!
「子供ができるんだから、家くらいプレゼントしてよ、ヴィル兄」
「…………」
もう、あきれて何も言えなかった。
自分勝手すぎるだろ、こいつ……。
シリカルにしてもそうだ。
なんで、俺への愛が冷めてるんだったら、別れようって言わなかったんだよ。
あれか? 俺に利用価値があるからか?
家をただで作らせたかったからか?
家ができたから、もう用済みってか。
「……ざ、けんな。ふざけんなよ!」
気づけば俺は怒りをぶちまけていた。
そりゃそうだろ。
女のために必死になって働いてたのに、裏切られたんだ!
「怒鳴るなよヴィル兄。シリカルが怯えてしまうじゃないか」
「うるせえ! くそ! ああそうかい、わかったよ。出ていくよ、出ていきゃいいんだろ! 俺はもうおまえらの顔なんてみたくない! 家も店も好きにすりゃいい!」
もうこの場にいたくなかった。俺は出ていこうとする。
「待って、ヴィル」
シリカルが俺に呼び掛ける。
「引き留めようとしても無駄だぞ、シリカル。俺はおまえらを許さない。よりを戻す気はないからな」
「そうじゃないわ。出て行ってもいいけど、店はやめないでね」
「………………………は?」
こ、この女……今なんて?
「ハッサーン商会に、この店の武器を納品してもらわないと困るもの」
「…………」
怒りで、頭が真っ白になりかけた。
この女は、堂々と浮気して子供まで作って、家から俺を追い出しただけじゃあきたらず……。
この店で、働けって言ってる。
……もう、完全にキレた。
「もう知らん! 俺は出てく! 仕事もやめてやる!」
「な! そんな、ヴィル。何をそんな無責任なことを言ってるの!」
「うるせえ! おまえらの顔なんてもう見たくねえんだよ!」
俺はリビングのドアを開けて出ていく。
「ちょっとヴィル! 待って! 話し合いましょう!」
「いいよシリカル。ヴィル兄なんてほっとこうよ。大丈夫、鍛冶の仕事はこのぼくがこなしてみせるさ」
弟がなんか馬鹿なこと言ってやがる。
おまえが、できるわけねえだろ。
鍛冶の修行をさぼってばかりで、家の手伝いの一つだってしてこなかったじゃないか。
俺がいなくなったらこの鍛冶屋も終わりだろうし、武器を卸してるハッサーン商会の評判もガタ落ちだろう。
また、大手の取引口とやらも、俺のおかげで契約が結べてるんだ。
俺を追い出したって知れば、たちまち契約は打ち切られる。
そうなったら鍛冶屋だけじゃなくて、商会も大変なことになる。
それだけじゃない。
俺が副業でやってたことを、弟に代わりが務まるとは到底思えない。
が!
もう知らん! 俺はこいつらが困ろうがどうなろうか関係ない!
こうして俺は、王都から出ていくことにしたのだった。
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