長政様はやさしすぎる
「お館様」
「彌助か。市の具合はどうだ」
長政は薬師の彌助に訪ねた。
「はい。その・・身ごもっておられます」
「なんだと?」
「私の見立てでは2ケ月です」
「そうか。わかった。さがってよい」
「いかがなさいます」
傍らの家臣が声をかける。
「仕方あるまい。市が身2つになるまで、離縁は延期する」
「はっ」
「ああ、お方様、よかった。気が付かれましたか」
「ああ、私は・・・」
「ええ、長政様とのお話の最中に倒れられたと」
そうだった。いきなり、めまいがして・・・
「そうだわ。あかね、支度をしておくれ。尾張に帰ります」
市は侍女のあかねにつげる。
「そんな、そんなお身体では。ただの身体ではないのですよ」
「え?」
「薬師の見立てでは、2ケ月とか」
「それで、長政様は」
「離縁はしばらく延期すると」
「ああ・・やはり・・」
今、自分が尾張に帰ってしまえば、信長の怒りはこの子に向けられるだろう。それを懸念しての離縁の延期なのだ。だが、戦国の世では我が子さえも切り捨てる非常さが必要なのだ。おそらく、長政には浅井家の粛清もできないだろう。このような時、市はもう一人の兄・信行のことを思い出す。やさしい兄だった。市もずいぶんかわいがってもらった。だが、織田家の家督争いによって、信行は信長に殺されてしまった。そのとき、信長は骨肉の情を捨ててしまったのだろう。
骨肉の情を捨ててしまった信長。
骨肉の情に縛られている長政。
武略も知略も信長に劣らぬ長政の弱点はそれだけなのだ。
「長政様はやさしすぎる」
市はぽつりと漏らした。