両片想いのクーデレ幼馴染に夜の公園まで呼び出されたんだけど、告白してみたらあたふたして可愛い件
カツン、コツンと硬質な石畳に靴音が響き渡るのを感じる。
ここは桜ヶ丘公園。郊外にある公園で桜の名所でもある。
周りを見渡せば他にもこの公園の夜桜を見に来た人がちらほら。
ライトアップされた桜並木の中を歩きながら、俺を呼び出した十年来の幼馴染にして親友でもある夢木葉桜のことを考える。
【いつもの場所で今夜待ってるから】
手元のスマホには簡素なメッセージ。
中二の頃。
葉桜のために初めて作ったトークアプリに彼女が送って来たものだ。
「まったく葉桜は……」
これだけで居場所がわかると思ってるんだろうか。
ぼやきつつも少し頬が緩むのを感じる。
(そんなところもあいつらしいし)
指定場所はここ、桜ヶ丘公園で間違いなし。
桜が満開になる時期に一年を振り返るのが俺たちの恒例行事なのだ。
「たぶん、大学進学を前にこれまでを振り返って、てところか」
葉桜の目的はそんなとこだろう。
それならそれで好都合だ。俺も葉桜には重大な用事があったから。
広場を前に足を止めれば一際大きな枝垂れ桜。
公園の名物にして観光客が訪れる名所でもある。
床にブルーシートを敷いて桜を見上げる観光客もそこそこ。
(約束の場所はここじゃないんだけどな)
広場から奥にある獣道にも似た細い細い道。
数分くらい歩くと、少し開けた場所に出る。
そこにあるのは俺たちの背丈より数倍程度の小さな双子桜。
そして―
「よ、葉桜。あれだけでわかると思ってるのかよ」
「現にわかっただろう?蛍」
俺の背丈ほどもある岩に座って不敵に笑う葉桜その人だった。
「ほら。いいから座りなよ」
「じゃ、お言葉に甘えてっと」
後手にちょっと力を入れてひょいと彼女の隣に飛び乗る。
「相変わらず手慣れたものだね」
微笑みをたたえて見つめる十年来の親友。
「毎年こうしてれば慣れるさ。葉桜の方もだろが」
先に来て同じように岩に飛び乗ってたに違いない。
「ま、そうだね」
葉桜がくすっと笑った後、無言の間が流れる。
不思議と苦にならない。それが俺と彼女の距離だった。
俺、桂木蛍。
彼女、夢木葉桜。
共通点を挙げるなら変わり者同士というところ。
流行に興味がない。
難しいことが大好き。
群れることが嫌い。
結構寂しがり屋。
俺達が気が合うのはひょっとしたら当然だったのかもしれない。
「相変わらずその和服似合いすぎるな。うん、可愛い」
お隣の幼馴染さんをまじまじと見つめる。
切れ長の涼し気な瞳。透明感のあるシミ一つない肌。
肩まで流したきめ細やかな黒髪に、あの時送った星型の髪留め。
桜をあしらった白地の和服。足元には下駄に足袋。
さしずめ和風美女といったところか。
「蛍。そういう率直な褒め言葉は照れるから……!」
クールに見えて結構照れ屋な葉桜。
褒めるとすぐ顔を赤くするところは昔から。
ほんとに可愛い。
「その服、気合入れたんだろ?準備も時間かかったのはわかるぞ」
涼しい顔をして何でもこなす二人組と見られている俺たち。
ただ、彼女は実のところかなりの努力家だ。
この装いも毎年変わっていて時間をかけて選んだことくらい想像できる。
「だから照れるんだけど。ま、本題に入ろうか」
「相変わらず葉桜はクーデレだなあ」
「クーデレととか止めて欲しいのだけど」
「冗談だって。でも、来月から大学か……早いよな」
俺たちは来月の四月から晴れて大学生になる。
今日の逢瀬はさしづめ卒業を記念して、といったところか。
「光陰矢の如しとはよく言ったものだよ」
ふぅと少し息を吐く憂い顔すら様になる。
美人でこういう独特のセンスなものだから、神秘的ですらある。
昔から惹かれる男子は後を立たなかっった。
女子ですら超然とした彼女に憧れてる奴は多かったっけ。
「高校生活、あっという間だったよな。ま、お前とつるむのは楽しかったけど」
「私も君と一緒にいるのは退屈しなかったよ。色々やったものだよね」
寄り添うように咲く双子の桜を見上げながら思い思いに語る。
「俺的には園芸部でやった巫女カフェがMVPだな」
「あれね……。私は今でも根に持ってるよ」
「だってお前巫女服も似合うじゃん。客寄せに使えるのは確かだろ」
「だから、さらっと褒め言葉を言わないでくれ」
「諦めてくれ。可愛いものを可愛いと言って何が悪い」
「あーもう。あの時は色々大変だったんだぞ?」
高校二年生の文化祭。一緒の園芸部で部長副部長だった俺と葉桜が提案したのは巫女カフェ。要はメイドカフェの巫女服版だ。本音は巫女服の彼女を見たいというところだったけど、うちは伝統重視だの適当な理由をでっちあげて強引に巫女カフェを通したものだった。
「俺は俺で、先輩なら仕方ない。で諦められてたけど。何だったんだろうな」
正直、もっと反発があると思い込んでいたのだけど、部員の大多数を占める女子の反応はといえば。
「先輩の言うことだから仕方ないですね」
「そうそう。反発するだけ無駄っていうか」
「異議なし」
そんな風なものだった。
「変人だから諦められてるの。常識人の私にしわ寄せが来るんだけど」
「一人だけ常識人ぶるなよ。同類のくせに」
「ま、違いないね」
こいつもこいつであっさりと認めるんだよなあ。
そういう素直なところもまた可愛い。
「私は……やっぱり去年の修学旅行が白眉だね」
修学旅行か。俺たちが行ったのは海外の姉妹校があるスイスだったっけ。
「良かったよな。古い街並みもロマンだったし、列車からの風景も文句なしだった」
テレビ番組で見るような広大な山に草原。
あちこちにある牧場。生で見たときは本当に感動した。
「あれで長時間のフライトさえなければ完璧だったのだけどね」
あの時のことを思い出したのだろうか。
少し苦い顔で語る様を見て、俺も苦笑い。
「エコノミー席って何か間違ってるよな」
日本からスイスへは乗り換え一回、合計十五時間の長旅だった。
最初はしゃいでたクラスメイトも次第に静かになってったっけ。
「それはともかく。ローザンヌにある丘からの眺めは最高だったよ」
その言葉に当時のことを思い出す。
一泊目のローザンヌのホテルに泊まったときだった。
「ホテルを抜け出して丘に行こう」
例によって葉桜が俺にそんな提案をしてきたのだった。
「先生が見回りに来るんじゃないか?」
「同室の子に口裏をあわせてもらえばなんとでもなる」
「一理あるな。よし、乗った」
幸い、現地の治安は夜でも比較的良好。とはいえ、日本の都会みたいにどこにでも街灯があるわけでもなく、真っ暗闇の中を二人して進んだときはどこかワクワクしたのを覚えている。
「本当に誰も居ないしなあ。さすがにちょっと怖かったけどな」
「それもまた旅の醍醐味だろう?」
懐かしそうに目を細める姿は本当に楽しそうで。型破りな様ですら彼女によく似合うなんて思ってしまう。ほんと、惚れたら負けとはよく言ったもんだ。
「今日の花見で俺も言いたいことがあったんだよ。聞いてくれるか?」
きっと彼女から呼び出しがあると思っていた。
そして。今年だからこそ言いたいことが俺にはある。
「ふむ。聞こうか」
途端にキリっとした真剣な顔つきになる葉桜。
浮世離れしてるように見えて、こういうところはちゃんと見てるんだよなあ。
そんな顔つきに和服が似合う似合う。と、それはおいとこう。
「なんていうかさ。葉桜との付き合いも結構長くなって来たよな」
最初は少し遠回しなボール。
「ふむ。小学校一年の四月二十八日以来だから……6909日だね」
なんだかドン引きすることを返して来やがった。
なんで一瞬で計算できるんだよ。会った日付まで覚えてるとか。
「その記憶能力はやっぱ凄いわ」
「蛍に言われるといっそ嫌味だね。このトークアプリ、君が作ったものだろうに」
さっきのメッセージが表示されたスマホアプリ「Connecting One」の画面を見せてくる。
「そりゃそうなんだけど。
「中二の時にアプリ作ったから試してって言われた時はビックリしたものだよ」
俺は一部でそこそこ使われているトークアプリ「Connecting One」の開発者でもある。LINEは既読や未読とかやたら面倒くさい機能があって、返事しなかったからブロックしただの面倒くさい事を言う奴らが居て嫌気がさしていたのが中学生になった頃の俺。
作るアプリはゴテゴテした面倒くさい機能を取っ払って一対一のメッセージを簡単に出来るのが目標だった。そんな出来立てスマホアプリを誰かに試してもらえないかと考えていたところ、葉桜の顔が浮かんだのだった。ただ、それは口実に過ぎなかったのだけど。
「すっごい恥ずかしい話だけどな。あれ、実はお前の気を惹くためだったんだ」
「わ、私!?」
思ってもみない話だったんだろう。目を白黒させている。
「中学に上がった後さ、お互いなんとなくぎこちない時期あっただろ」
ちらりと隣を見る。一瞬目があったかと思えば、ふっと笑う。
「まあ、ね。思春期にありがちな性差の意識という奴なんだろうけど」
こういう風に客観的な見方をするところはほんと同年代と思えない。
「当事者がそれ言うか。とにかく!お前と話せないのが嫌だったんだよ」
どうにかして以前のように話せる口実はないか。
そう考えてたどりついたのがアプリ製作だった。
「LINEは気疲れするものだね」
群れるのが好きじゃない葉桜がいつかこぼした言葉。なら、葉桜が気疲れしないようなトークアプリを作って、ついでに試してもらうという口実を作れば。そんな思惑があった。
「君は妙に緊張していた気がして不思議だったけど。納得だよ」
どこか、照れ臭そうな、はにかんだ笑顔の葉桜はやっぱり可愛くて魅力的で。
「というわけで!思春期男子な俺はずっと意識してたわけだよ。失望したか?」
もう半ば告白に近いことを言っている。だからか。
気がつけば吐く息は妙に荒くて、顔も妙に熱い。
目こそ逸らさないようにしているけど、とにかくめちゃくちゃ恥ずかしい。
「失望、はないけど。えーとその……なんて言えばいいんだろう」
気の所為だろうか。
彼女の吐息も妙に荒くて、落ち着かないような。
顔色も照れてる時の比じゃないくらい赤い。
「言えよ。俺はすっごい恥ずかしいこと言ったんだから」
少しの間が凄くもどかしい。
「えーと、だね。まずはその……嬉しい、んだと思う」
「あ、ああ」
自分の感情が溢れてうまく表せない時。
彼女は「と思う」と言う癖がある。
それだけ、葉桜もいっぱいいっぱいなんだ。
「それと。蛍に私が好意を持っているのも、確か、だと思う」
「お、おう。それは、ありがとう?」
「男女としてのものか、友だちに対するものか。よく考えていたのだけど。服を褒められたときとか、可愛いって言われたとき。今みたいなことを言われた時の嬉しさや恥ずかしさはきっと、友だちに対するものとは少し違うんだ」
「続けてくれ」
「それに。卒業を控えて、もっと君と話したい。会いたい。そう思うようになってることにも気づいた。きっと、この気持ちは恋というものなんだ、と思う」
なんでも器用な癖に自分の気持ちにはひどく不器用な葉桜。
だから、今の言葉は彼女なりの精一杯なことがわかる。
そう思ってくれていることに胸が高鳴っていく。
「そっか。俺も実は中学の頃によく考えたんだよ。初めてアプリを作って、必死になってる時。なんでこんなにまでしてお前と話す口実を作りたいんだろうって。他の友達に対してこんなに必死にならないのになんでだろうって」
だから、そういう意味でも俺と彼女は似た者同士なんだろう。違うとしたら、気づくのが早いか遅いかの違いだけで。
「う、うん。それで?」
気がつけば葉桜も俺の方をひたすらじっと見つめていた。
目を逸らせば負けだと言わんばかりに。
「つまり、お前の事が女の子として好きだってことだよ。だから、作ったアプリでお前と色々話せるようになった時はほんと嬉しかったんだぞ」
というより、ほっとしたのかもしれない。
「私も!あの時は気まずくてなんだか嫌だったから。かなり嬉しかった」
「そ、そうか。なんか凄く照れるな」
「言わないでくれ!私ももっと照れるから」
はぁはぁと荒い息を吐きながら見つめ合う俺たち。
「ところで。これは告白というものでいいのかな」
「た、たぶん」
「はっきりして欲しいのだけど」
「俺もいっぱいいっぱいなんだよ!お前が早く返事くれよ」
もう、むずがゆくて仕方がない。
「実質的にさっき言っただろう」
「恋だと思うとか、遠回し過ぎるだろ。はっきり言ってくれ」
じぃっと見つめて返事を催促する。
「そ、その。蛍、君の事が好きだ。恋人になって欲しい」
「あ、ああ。恋人に、なろう」
返事をもらった途端、ふっと緊張の糸が抜ける。
ちゃんと、こいつも俺のことを好きで居てくれたんだな。そんな安心。
後に残ったのは恥ずかしさと目の前の彼女が可愛くて愛しいと思う気持ち。
「ふと、思うんだ」
葉桜も安心したんだろう。
さっきまでのいっぱいいっぱいだった顔つきと少し違う。
どこか熱っぽい表情で見つめてくる幼馴染にしてカノジョ。
「うん?なんだよ」
「昔の偉人は異口同音に「恋は病である」と言ったものだけど、真実なんだろうね」
「そうだな。お前のこと考えるとやたら落ち着かないし」
「私も同じだよ。ところでその……」
急に目をつぶったかと思うとぐいっと顔を近づけて来るカノジョ。
待って欲しい。これってぶっちゃけキスしようってこと、だよな。
「待たせないで欲しい。すっごく恥ずかしいから」
「わ、わかったよ」
キスの練習くらいしてくればよかった。
ともかく、ちょうど唇が触れ合うように……慎重に、慎重に。
間違っても歯と歯がぶつからないように。
そんな事を考えながら、初めて唇と唇を重ね合った俺たちだった。
初めてのキスの味は無味無臭。間違ってもレモン味ではなかった。
「初めてのキスの味はレモン味というけど、無味無臭だね」
「全く同じ感想だった」
「本当に似たもの同士なんだから」
「違いない」
照れくさいのを誤魔化すように笑った俺たちだった。
少し火照りをさました後。
「ふと、思い出したんだ。蛍が最初にここに連れて来たときのこと」
葉桜は、双子の桜を、どこか愛しそうに見つめながら話す。
「小学校の頃だよな。穴場発見したからお前連れて来たいって感じだった気がする」
そういえば、あの時もこうして岩に二人して座ったんだったか。
「とっくに門限を過ぎているのに、夜中に抜け出そうって君が言って来たんだよ」
「そういえばそうだったような……」
「私のことを型破りなんて言うけど。君に影響されたのも大きいんだよ」
「き、きおくにございません」
「政治家答弁をしても無駄だよ。この岩に登るのだってあの時は苦労したんだから」
そういえば。今でこそ楽に座れるこの岩だけど、小学生のガキにとってはちょっとした難物だった。
「うんしょ、うんしょって感じで必死に登った気がするな」
「でもね。ここから初めてみたこの双子桜はとても綺麗だった」
だから、と。
「ありがとうね、大好きな蛍君。私に大切なものをくれて。ずっとずっと友達で居てくれて。これからは恋人としてもよろしくね」
普段の時代がかった口調じゃなくて。
女の子を意識させる口調で、どこか悪戯めいた顔で笑いかけて来たのだった。
「……こちらこそよろしく」
「照れた?これからはこっちの口調で行こうかなー。ね、蛍君?」
「お前、何のつもりだよ」
「さんざん私を照れさせて来た仕返し。私、凄く恥ずかしかったんだから」
「勘弁してくれ。俺が悪かったから」
「や。今までの分、蛍君にも照れてもらうから」
「悪かったから。ほんと」
普段の口調もいいけど、こっちの言い方だとさらに可愛い。
恋人になったばかりだというのに主導権を握られそうだ。
「どうしようかなー。うん。今後次第で考えてあげる」
「お前が小悪魔系演技も出来るって初めて知ったよ。チクショウ」
「さんざん意地悪してくれたからね。でも、こっちも悪くないでしょ?」
「否定できない」
「ふふ。じゃあ、やっぱり当分はこっちの私ね♪」
「これが因果応報って奴か」
変わり者で、いつも一生懸命で。
褒めると照れるのが可愛い、親友で幼馴染なカノジョは。
本当に嬉しそうにからかってきたのだった。
変わり者同士の恋。そんなお話でした。
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